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その日、家庭科室にいる白井直樹からは、不機嫌なオーラがほとばしっていた。その姿は神前すら震え上がらせ、リアトリスと瑠美も思わず目を丸くした。
「何かあったですかー?」
「最近ずっとその調子じゃねぇですか。お茶がまずくなりますぅ」
二人の声に直樹は無言で何かをポケットから取り出し、机に置いた。何かのピンバッジのように見える。
「あれ、これって…」
「盗聴器兼発信機」
「そういえば気が付いたらあの刑事の会話聞いてましたけどいつの間にあの刑事に盗聴器つけてやがったんですか」
「最初に来たとき。僕だって向こうを信用してたわけじゃない。神前に、お茶やお菓子を出すとき隙を見計らってつけさせた。刑事なら必ず携帯するものに」
「まさか、警察手帳? よくバレませんでしたねー」
リアトリスは知ってか知らずか、直樹の不機嫌の原因となっているまさにそれを的確に踏みつけたようだった。
「あいつは知ってて野放しにしてたんだ。僕らに聞かせるために。事件を解決に導くために。だからあんなに堂々と事件のことをいろんな人に喋ってた。その証拠はこれ自体さ」
直樹は盗聴器を指で弾く。
「駅でいつの間にかあいつがいなくなってたことに気付いたとき、これが僕の足元に転がってた。僕はあいつがいた深夜先生の傍からは一番遠くにいたから、落としただけじゃ僕のところまでは来ない。つまりあいつは、これを外してわざわざ僕の近くまで転がす余裕まで見せて、その上で誰にも気付かれずに姿を消したんだ」
「今頃どうしてるんでしょうねー?」
「それからどんなに探しても、警察には五十嵐春馬なんて名前の刑事は見つからない。離島のお巡りさんだったっていうけど、そっちの形跡さえ見つかってない。僕らは存分に踊らされて、その上逃げられたんだ。まともに何も知れないまま。津幡亜紀も相変わらず行方不明のまま捜査は打ち切りだっていうし。いくら調べても、旦那に逃げられたとか尻軽だったとかそういう話しか聞かないし。今回はただの時間の無駄だったよ」
「私は探偵ごっこちょっと楽しかったですけどねー」
「僕らは探偵なんて綺麗なもんじゃないでしょ」
「言えてますぅ」
*
「何で隆弘だけ協力してたんだ? 俺たちも首突っ込んでたんだぞ」
同じ頃。メゾン・ド・リリーのノハの部屋。いつものテオ、ノハ、隆弘の三人は部屋でアイスを食べながら話をしていた。話題はもっぱら先日の事件についてだ。あの日、リリアンを通して協力の要請があったのは、三人の中では隆弘だけであった。
「あんときは頭脳派より実力行使できるやつが欲しかったんだと。何か考えるんならともかく、それじゃてめぇみたいなもやしは足手まといになるだけだろ。ただでさえあの野郎を守りながらなんだし」
「そこ。そこでござるよ。隆弘よくむっのことで協力する気になったな。アレか、愛しのリリアンからのお願いだからか? むっが刺されたときだって無関係のくせについていくし」
「隆弘と深夜先生って仲が良いのか悪いのか分からないよね」
「お互い敵対心むき出しで睨み合ってるかと思えば相手を助けることもあるし。むっはまだ分かるぞ? 隆弘は生徒だからな。でも隆弘がむっに何かする義理はないはずだ。ホント少年漫画のライバルみたいだな」
「…それは俺もよく分からねぇ。アイツがいなけりゃって思ったことはないわけじゃない。けどアイツがいなかったら校長は俺に振り向いてくれるかっつったらそれは俺次第だろ。まぁ俺ならやれるけどな。ただ…」
ズルをして勝ちたくなかったのかもしれない。
対等な立場で勝ってこそ、真の勝利だと思っていたのかもしれない。勝てる自信があったのかもしれない。
親友の恩師だったからなのかもしれない。
何度かお世話になっている先生だからかもしれない。
あの人が、懇意にしている人だからかもしれない。
複雑な思いを打ち消すように、隆弘はにやりと笑ってみせた。
「何でもうまくいったら、面白くねぇだろ?」