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電車のドアが開き、人が流れる。雑踏に満たされた空間で、そこだけが、時を止めていた。人気の無くなったホームで、誰一人として動かない。声も出さない。すべての元凶に、ついに辿り着いた瞬間であったのだから。
凍りついた空間を溶かしたのは、アレックスの声であった。その視線は、津幡亜紀の背後に。
「やあ隆弘、ありがとう。間に合ったようで良かったよ」
「当然だ。俺を誰だと思っていやがる」
「……何で…ま、まさか…どうして、お前が…」
深夜は目の前で起きたことが信じられなかった。殺されたと思っていた女が目の前にいる。そして、今、自分はその女に殺されようとしていた。
亜紀はこの状況でも、表情を崩していなかった。それがより、周りには不気味に写った。
「あら…久しぶり、霧。…貴方たち、まさか私だって分かっていたの? ちょっとびっくりしちゃったわ」
「それは、僕らが突き止めたんだよ、津幡亜紀」
ホームへ下りる階段から颯爽と現れたのは暴食トリオの三人であった。五十嵐はなおも深夜の前に立ち塞がりながら言葉を繋げる。
「今回の殺人事件と、一連の深夜さんへの脅迫と被害。一見関係ないように見えるけど、貴女が生きているというなら話は別だ」
「自由に動くために死んだふりするなんて、推理小説か刑事ドラマで使い古されたネタじゃねぇですか」
「現実で実際に使う人は初めて会ったけど」
「じゃあ、あの遺体は誰かって話ですけどー」
「あれは、司法解剖とDNA鑑定の結果…分かりました。あの遺体は、貴女の妹、真美さんですね?」
「どうしてそう思うのかしら」
「あの遺体には、貴女と真美さんの違いを決定付けるものがあったんだ。…深夜さん、以前私が病室でお聞きしたこと、覚えてます?」
「え…? 確か…」
『津幡さんが、妊娠しているとか、そういう発言や素振りをしていませんでしたか?』
「そう…あの遺体は、妊娠していた。妊娠初期の死産した胎児が見つかったんです」
「津幡さん、貴女は息子さんがいながら、実家のご両親と同じ津幡姓を使っている。つまり今貴女に旦那さんはいない。シングルマザー、ですよね? お相手がいないのに新たな子供を授かることは、普通はないことです。深夜さんから、そういった素振りもなかったという証言も得ました」
「もしアンタが本気で深夜先生とよりを戻そうってんなら、既成事実をでっち上げるくらいのことはするんじゃないかな、と思ったんだけど」
「事件の一週間前、真美さんは貴女に会いたいとメールを送っていた。それは…貴女に妊娠の報告をするためだったんじゃないですか? 貴女を通してご両親に報告するために」
「…今朝、海外出張からお帰りになった真美さんの旦那さんにようやくお話を伺うことができました。…津幡真美、いや、朝比奈真美さんは、ずっと不妊治療を行っていたと。そして事件の十日ほど前に、成功したと連絡があったと、そう証言しています」
「これであの遺体が津幡亜紀ではないと疑うには十分でした。そして、発見された手首と遺体のDNA鑑定の結果、手首と遺体は一致しましたが、それらと、貴女の自宅に残された遺留品とは一致しませんでした。それどころか、手首の爪に皮膚の細胞が残されていて、そっちが貴女と一致したんですよ」
「ここから先は推測だけど、最初遺体の身元の決め手は歯の治療痕だったんだよね? 多分、アンタは歯科医にあった姉妹のカルテを丸ごと入れ替えたんじゃない? 妹は駆け落ちして出て行ったからもう実家の地元の歯科医には行ってなかっただろうし、結婚前だったら旧姓のままカルテには載ってるでしょ。朝比奈と津幡をすり替えたらさすがに不自然だけど、津幡同士なら分かりづらい」
「手首足首も、殺すときに抵抗されたか何かで痕跡が残っちゃったから、身元を隠すのも兼ねてぶった切ったんでしょうねぇ」
「私たちの言うこと、間違ってますか?」
五十嵐と暴食トリオの三人が代わる代わる言葉を畳み掛ける。亜紀はそれをじっくり聞いていたが、やがて唇に薄い笑みを浮かべた。
その姿はぞっとするほど美しく、また恐ろしかった。
「ふふふ…すごいわ。よく分かったわね。そうよ。私は真美に手をかけたわ」




