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午後の日差しが、久方ぶりに屋外に出た深夜の肌を刺す。
事情が事情なだけに、別に医師や看護師に見送られるわけでもなく、迎えに来た五十嵐について外に出ただけだった。感慨も何も無いが仕方がない。外に出ると、そこには一人の見知った顔があった。金髪に、快活そうな笑顔。鍛え上げられた身体。
「アレックス先生?」
「やあ霧、退院おめでとう。一旦家まで帰るのかい?」
「そうだな」
「駅まで私も付き添うとしよう。…別に君たちを信用していないわけではないさ。ただ、落ち着いて学校で待っていられなくてね」
五十嵐が少し不満そうな視線を向けてくるのに対しアレックスは苦笑いしながら弁解する。
「霧だって、話し相手が欲しいだろう? 少し気が滅入っているんじゃないかい?」
「…そうかもしれないな。ここ数日で、色んなことが起きすぎて」
「それじゃあ行くとしよう!」
三人は連れ立って病院に最寄り駅に向かって歩いていった。アレックスは終始笑顔で深夜と他愛のない会話をしているが、その中でも油断なく辺りを見回している。一見穏やかな五十嵐も同様だった。そうこうしているうちに一行は駅に到着する。深夜が住むマンションはここから一駅行った先だ。バスを待つ人がちらほらといるロータリーを突っ切り、改札を抜ける。ホームに下りてくると、先程通ったばかりのバスロータリーが、反対側のホームの柵越しに見えた。そこに数台バスが入ってくる。バスから人が一斉に降りてきて、皆吸い込まれるように駅に向かっていく。結構な人数だ。
「どうやら近くのビルで会議か会合か何かがあったようだね。服装は様々だが皆一様に同じバッジらしきものをつけているよ」
「見えるんですか? ここから?」
「結構目がいいんだよ」
「すごいですね!」
バスの乗客だったらしい背広やフォーマルな服装をした老若男女がホームにやってくる。アレックスの言う通り、同じバッジを胸元につけていた。元からいた人とあわせて、ホームはそこそこの混雑となる。三人は乗車待ちの列の中ほどにいた。
*
『電車がまいります。白線の内側までお下がりください』
アナウンスとチャイムが鳴る。階段を駆け下りる。思ったよりギリギリになってしまった。しかし、しっかり捕捉はしていた。これ以上逃すわけにはいかない。何度もチャンスはあったのに、幾度となく失敗してきた。今度こそ、成功させなければ。
列の中ほどにいる後ろ姿を捉える。その後ろを通り抜けようとするふりをして、間近まで迫る。そこで、身体の全体重を、その背中にぶつける。
「おい」
はずだった。
傾きかけた身体がぐっと持ち直される。正しくは、腕を掴まれて引き戻されたのだ。屈強な男の手だった。自分の力では到底引き剥がせないだろう。ただ振り向いて、睨むことしかできない。
電車がホームに滑り込んでくる。
「てめぇ今、何しようとしてた」
その背後の存在に、前の三人も気付いた。振り向いて様々な表情を浮かべている。特に。
今自分が事故に見せかけて殺そうとしていたこの男は。
この世のものでないものを見ているかのような、驚愕と恐怖に溢れていた。隣の日本人の男が、毅然と叫ぶ。
「やっぱり、貴女だったんですね………津幡亜紀さん!」




