1
男子生徒、西野隆弘は今日も、授業をサボって屋上に来ていた。英国の名門学校に通っていた隆弘は文字通り秀才で、授業を受けずとも良い成績を取れるいわば天才であった。本人もまったく躊躇いもせずそれを認めている。視線の先には校門があり、そこには日の下できらめく金髪の女性がいる。
リリアン・マクニール。またの名を、後藤花子。
絶世の美女という言葉がぴったり当てはまる美貌を持つ彼女は、ここ花神楽高校の校長であり、隆弘の想い人である。リリアンが三十二歳という二回り近く年上の、しかも教師であることを承知の上で、である。すると、そこに、一人の白衣の男が近づいてくる。隆弘の目つきがより一層鋭くなった。その形相は大人をもひと睨みで黙らせることができるだろう。男とリリアンは楽しげに話しながらタバコを吸っている。校門前は学校の喫煙者たちの簡易喫煙所となっているのだ。実のところ隆弘も喫煙者なのだが、未成年である手前堂々と吸うわけにもいかない。こうした授業中の屋上や、とあるアパートの一室で、隠れるように吸っている。
自分があと一年でも早く生まれていたならば、自分もああしてあの人の隣で話すことができたのに。
男の嬉しそうな表情を見るたびに、羨ましさと、悔しさが、胸一杯に広がるのだ。
授業が終わるチャイムがなった。今日の授業はここまでだ。後はホームルームを経て、放課となる。ホームルームくらいは出ておくか、と隆弘は校門から背を向けた。
ホームルームで教師から小言を言われたものの難なく終えた隆弘はゆったりと昇降口へと向かっていた。その途中。
「お、西野」
さっきまで屋上から見ていた、あの男と出くわした。
深夜霧。
花神楽高校の養護教諭だ。隆弘のことも周知の事実だが、この男が、リリアン――深夜は花子と呼んでいるが――に想いを寄せていることもまた周知の事実であった。二人は歳の離れたライバルであり、どこか仲間意識さえある。それは恐らく、彼女に悪い虫がつかないようにと呪いにも近い願掛けをしている彼女の親戚の体育教師から逃れるための、共同戦線から来たものだろう。
「なんだ」
「今日、この後空いてるか?」
「は?」
「ちょっと話したいことがあるんだ」
深夜の方から誘いがあるとは、思いもよらなかった。でも、きっとあの人のことだろう。
「特に予定はねぇが。今、ここでじゃだめなのかよ」
「ここでだとちょっとな」
そう言うと、深夜は自らの部屋、保健室に足を向けた。
保健室は静まり返っていた。下校する生徒たちの話し声や、部活動をしている生徒たちの声が遠くに聞こえる。深夜がいつも自分が腰掛けている椅子に座ると、隆弘は向かいの丸椅子に腰掛けた。
「話ってのは…花子と、俺のことだ」
「そんなこったろうと思ったぜ。で?」
「…俺は、あの人から、身を引こうと思ってる」
「…………は?」
さすがにこれは、隆弘でも予想外の展開だった。




