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その日、現場の他様々なところに出向いた直樹は、夜になって帰宅した。すでに晩御飯が出来ており、姉の祐未と父親の裕樹が待っていた。
「おかえり、遅かったね直樹。手洗っておいで。すぐ食べよう」
「ただいま。先に食べててもよかったのに」
「家族みんなで食べたいだろ!」
「二人が大きくなると外に出る時間も変わってくるし、一緒に食べられなくなるだろうからね」
直樹は台所で手を洗うと席に着いた。いただきます、と手を合わせ、食事が始まる。いつもと変わらない食卓だが、直樹は密かに、裕樹が自分にしきりに視線を向けていることが気になった。
「父さん、どうかした?」
「ん? …んー、直樹、また、何か危ないことしてない?」
「…!」
「何となくね、分かるんだ。親の勘かな。…見てるからね」
父親は穏やかで人畜無害に見えて、とても鋭い。腹の内に大きなものを抱えている。親の勘と言っていたが、実際は同じ勘でももっと別のものだろう。
「…分かってるよ」
気付かれている。そう思ったが、こちらも止める気はなかった。
*
翌日、登校するべく直樹が家を出ると、隣に住むテオがアパートの入り口辺りに立っていた。直樹を認めると手を上げて挨拶してくる。
「おはよう、『兄さん』。どうしたのこんなところで」
「ここで隆弘と待ち合わせなんだ。そろそろ来る頃だと思うんだけどな」
「あの時以来、あっという間に仲良くなったよね」
「元々仲が悪かったわけじゃないぞ」
「仲良くもなかったよね」
「…お前、最近放課後倶楽部来ないけど、何かやってんのか?」
「…? まぁね」
「たまには顔出せよ」
「うん。じゃ、行くね。また学校で」
「おう」
直樹が高校の方に歩いていくのをテオはしばらく目で追っていたが、後ろから大きな影が差し、声がかかったので振り向いた。待ち合わせていたその人である。
「よう」
「おーおはよう隆弘」
「何見てたんだ」
「ちょっと危なっかしい弟をな」
「……………あぁ」
「何かまた変なことに首突っ込んでんじゃないかってお兄さんは心配でねー」
「こないだの殺人事件ってやつか?」
「そう」
「テキトーにやらせとけばいいのによ」
「でも何かあったら嫌だし、祐未も悲しむだろ」
「そっちかよ」
*
予報では一日晴れのはずだったが、昼から雨が降り出した。もう夏は過ぎたが、まだまだ暑い。みるみるうちに雨足が強くなり、昼休みが終わる頃には大雨と化した。花神楽一帯に土砂災害警戒情報が発表され、大雨注意報もじきに大雨警報に変わるだろうとして、急遽午後の授業を取りやめ、生徒たちを下校させることにした。
リリアンは職員室で外の様子を眺めていた。こうして大雨が降ると、あのときのことを思い出す。あれも台風が花神楽を襲ったときのことだった。思いを振り払うように目を閉じ、窓に背を向けた。妙な胸騒ぎを感じる。それは、あのときの感覚が甦っているせいだけではない。純粋な心配だった。スマートフォンを取り、ある番号に電話をかける。しばらく発信音が鳴るが、いつまで経っても取られる気配がない。そのうち、留守番サービスに繋がってしまった。
(あいつ、寝てるのか…?)
何度かけてみても、繋がる気配がないので、さすがに不安になってきた。と、そこにホームルームを終えた教員たちが職員室に戻ってきた。廊下が騒がしくなる。生徒たちも帰り始めているようだ。
「リリー、どうしたんだい? 何だか顔色が悪いよ」
教室から戻ってきたばかりのアレックスに言われて、自分が思った以上に不安になっていることに気が付いた。
「…深夜と連絡が取れないんだ」
「え?」




