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「深夜さん!」
五十嵐がメゾン・ド・リリーに到着したのは電話から十分ほど経った頃だった。アレックスが出迎え、部屋に入ると深夜がリビングのテーブルに付いていた。
「五十嵐さん」
「良かった…ご無事なようで安心しました…」
「さっきまではだいぶ動揺していたようだったがね」
「アレックスさんも、どうもありがとうございました」
「いやいや、問題ないよ」
「…深夜さん、状況を説明していただけますか?」
深夜は駅で起きたことを話し、切れた服を見せた。
「ナイフで裂かれたような跡ですね…その犯人たちの顔は?」
「分かりません…すれ違った方は俯きがちでしたし、トイレの方も…頭が真っ白になってしまって…同じだったか違う人だったかどうかも」
「そうですよね…」
「すいません」
「いえ! とにかく深夜さんが無事でよかった」
「これは、もしかして、例の…霧の昔の恋人が殺された事件と何か関係があるのかい?」
「現時点では分かりません。でも、急にということなら、十分可能性はあると思います」
「霧、今日はうちに泊まっていくといい」
「いや、気持ちはありがたいけどな…家に赤月がいる。あいつを一人にするわけにはいかない」
「娘さん、ですか?」
「いや、姪っ子ですよ。学校の関係で家で預かってるんです」
「そうなんですか。では、私が家までお送りします。大丈夫、これでも空手三段持ってるんですよ」
「そうなのかい? 人は見かけによらないね!」
「アレックスそれ思っても言っちゃダメなやつだ。…そうだ、このこと、花子には言わないでくれるか? あいつ、何かすごく俺のことを心配してるんだ。これ以上心配かけたくない」
「…そうだね。悲しませてはいけないね」
「……これも言っちゃマズイやつだったかな…」
「どうしたんですか? 行きましょう?」
こうしてようやく深夜は帰路に着いた。五十嵐が目を配ってくれていたおかげか、何事も無く二人は深夜の自宅であるマンションに到着した。
「ありがとうございました」
「いえいえ、何もなくて良かったです。それでは」
深夜は鍵を開けて家に入る。
「ただいま」
「あ、深夜…おかえりなさい」
「…どうした?」
出迎えてくれた姪、赤月美沙は、少し怯えたような、ずっと心細かったというような表情を隠しきれていなかった。嫌な予感がした。
「…学校から帰ってきたら、留守番電話が入っていたの。誰からかと思って、聞いたんだけど……」
そう言って、やはり怯えた目で家の固定電話を見つめた。深夜は咄嗟に玄関の方に駆け戻る。ドアを開けると、予想通りまだ廊下の向こう側に五十嵐が歩いていた。
「五十嵐さん!!」
意外と大きな声が出てしまった。あとで苦情が来たら謝っておこう。深夜がそう思っている間に五十嵐はすぐに走って戻ってきた。
「どうしました!?」
「とりあえず上がってください」
「え、あっ、お邪魔します」
「深夜、この人は…?」
「すまんな赤月、後でちゃんと説明するからな」
赤月は突然見知らぬ男が家に入ってきたことに驚いているようだった。深夜は五十嵐と共に固定電話を覗き込んだ。
「いきますよ」
深夜は留守番電話の再生ボタンを押した。ノイズと共に、変声機でゆがめられた声が流れてきた。
『怖い目に遭ったでしょう。この世界はこんなにも恐ろしいのですよ。一人では心細いでしょう。でも誰を信用していいか分からないでしょう。あの子なら、そんな貴方を救える。あの子の最期の場所にいらっしゃい。待っています』
「……なんですか、これ」
「こっちが聞きたいですよ」
「ねぇ、深夜…」
赤月が不安そうな目で見てくる。深夜はそんな赤月を優しく抱きしめた。
「ごめんな赤月、お前に不安な思いさせて。…明日も早いだろ、先にお風呂入ってきな」
「…うん」
赤月がリビングを出て行くと、険しい顔をした五十嵐が立ち上がった。
「何なんでしょう、これ。それに、あの子、というのは…」
「…まさか」
『愛も温もりも、私とならきっと取り戻せるわ。』
深夜の頭に一つの可能性がよぎったが、すぐに打ち消した。
「あいつは、被害者なんだぞ」




