ep.
別れは突然訪れることもあれば、あらかじめ決まることもある。
大学時代、可愛がってくれていた祖母が突然亡くなった。心臓発作だった。俺は大学で都会に出ていたから、大急ぎで駆けつけても、ようやく対面できたのは、葬式の棺桶越しだった。一言すら交わすこともできず、すでに疎遠気味だった実家とさらに縁遠くなるきっかけにもなった。
突然の別れは、何も与えなかった。ただ心を傷つけるだけだった。
その痛切な別れを、今度は自分がする側になるなんて思いもしなかった。別れがつらいのは、相手との思い出があまりにも強いからだ。だから、今度は、花子にあのときの俺と同じ思いをさせたくなかったから、事前にしっかり準備をしようと思った。でもそれは、ただ別れを事前に告げておくことではなかったんだ。
折角、残りの時間が与えられたのだから、残り少ない時間を嘆くよりも、この時が、一生の思い出になるように、大事に、精一杯過ごせばいい。それが、何かを与えてくれる別れだ。
そう思えたのは、お前が本当に大切だからだ。お前との思い出をずっと抱いていたいと思ったからだ。
*
深夜とリリアンが花神楽高校に戻ってくると、学校は放課後にも関わらずにわかに騒ぎ立っていた。
「何だ?」
「あ、そういえば隆弘の許婚が来るとか何とか」
「は!?」
校舎に入るとさらに騒ぎは大きくなっていた。黄色い声やら野太い声やらが渦巻きひどい喧騒と化している。その音源はどうやら応接室のようだった。これにはリリアンも驚いた。
「おい勝手に応接室使うなよ!」
「いいだろ滅多に使われねぇんだからよ」
答えたのは応接室のソファに我が物顔で座る隆弘。しかしその顔には不機嫌さが溢れんばかりだ。この騒音と、隣で腕を絡ませている女性に原因があるようだった。
光沢のあるストロベリーブロンドの髪を高い位置で結い上げ、飾りのような帽子を身に付け、厚い絹でできた薄緑のワンピースドレスを着ていた。フランス人形を思わせる長い睫毛と青い瞳は明らかに彼女が外国人であることを示していた。彼女はリリアンを認めるとソファから立ち上がった。
「まぁ、お話には聞いておりましたが本当に英国の方ですのね? ご機嫌麗しゅう、わたくし、ディアナ・ステュアートと申します」
「あ、あぁ…これはまたご丁寧に。花神楽高校の校長をしておりますリリアン・マクニールです。はるばる日本までようこそお越しくださいました。ありがとうございます」
「まぁ、そんなに堅苦しくなさらないで。いつもタカヒロがお世話になっている方なのでしょう? それに、わたくしがここに来たのはタカヒロのためですもの。最近なかなか会えなかったものね?」
「会わない方が良かったぜ…」
ディアナが英語であるため基本的に会話は英語で行われていた。そのためその場にいた深夜には何を話しているのかほとんど分からなかったのだが、隆弘が日本語でぼそりと呟いたのを聞いて、どうやらあまりディアナを歓迎していないようだった。まぁこのディアナが本当に隆弘の婚約者であるならば、リリアンに一途な隆弘にとっては正直邪魔な存在だろう。
「驚いたな、お前に婚約者がいるなんて」
「俺は認めちゃいねぇがな」
「このまま結婚しちまえばいいのになぁ」
「てめぇ諦めたんじゃねぇのかよ」
「そんなこと誰が言った。俺も自分に素直になることにしたんだ」
二人の顔には、どこか満足したような笑みがあった。
この後ディアナが学校中を引っ掻き回すひと騒動を巻き起こすのだが、それはまた別の話である。




