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さすがのリリアンもこの行為には少し驚いたようだ。
「西野…?」
「…てめぇのことだから、あのクソ保健医と何かあったんだろ。たまぁに上の空になるの、見てたぜ」
「…………ごめん」
「…あの野郎は言うなって言ったけどな、俺は元々あんなやつの言うことなんか聞く気はねぇ。だから言うぞ」
「…? な、何を?」
「…俺は、あいつから、お前を託された」
「え?」
「目のことを話された。自分はもう傍にはいられないとかほざいてたぜ。…言われなくても、あっちが譲ってくれるってんなら離す気はねぇ。ぜってぇ離さない。一生大切にするぜ。…悔しいけどよ、俺がこうやってマジで考えてるから、あいつもあんなこと俺に言ったんだろうよ」
隆弘の目に、決意の色が宿った。リリアンを抱きしめる腕が、ほんの少し強くなる。
「好きだ。好きだぜ先生。いや、リリアン」
「西野…」
「何度だって言ってやる。リリアン…好きだ。愛してる…!」
「西野…!」
「あいつはどうせ戻ってこねぇ。忘れられないってんなら、俺がそれ以上の幸せで上書きしてやる…!」
そのまましっかりとリリアンを抱きしめた。リリアンが目を見開く。間近にある隆弘の顔が、夕日か否か真っ赤に染まっているのを見て、抱きしめられている腕がほんの少し震えているのを感じて、リリアンは、何故か申し訳ないような気分になった。
以前見た夢を思い出した。
見知った白衣の後姿が、自分に背を向けて歩いていく。後ろにいる自分がいないかのように、ただ淡々と、歩みを進めて、自分から離れていく。何故か、その先に行かせてはいけない気がして、必死で追いかけて、手を伸ばそうとしても、片腕を何かが掴んで離さない。振り向いてそれを見ると、それもよく見知った長身だった。その深緑の瞳が自分の目をじっと見ていて、その姿に何故か、どうしようもない罪悪感を覚えた。
その瞳があまりにも、真剣な光をしていたから。
そして、きっと自分はこの腕を振り払って、あの人を追いかけてしまうと、分かったから。