~決意~
(ここは…)
重たいまぶたを開け辺りを見回すと、簡易的作られたテントのような場所にグレンは寝ていたようだった。
グレンは体を起こそうとするが、身体中に痛みが走る。
「ぐっ・・・!! いってぇ~~~」
そう言いつつ、体をゆっくりと起こしテントの外に出た。
外は雲ひとつない快晴だった。
辺りを見回すといくつもの同じようなテントが立っており、コルン村の村人達がなにやら忙しそうに作業をしていた。村では見かけない人達も何人かいた。
グレンがテントの前で立ち尽くしていると、一人の男が声をかけてきた。
「グレン! 気がついたのか!」
男はコルン村で近所に住んでいた村人だった。
「お前、1週間も眠りっぱなしだったんだぞ! お前が運ばれてきたときは死んだかと思ったよ…」
「1週間…」
グレンは自分の体を見ると、包帯が身体中に巻かれていた。
(ああ… 俺、意識失ってたのか…)
「ああ・・・ グレンをここに連れてきて治療してくれたのは、ここから近くにある国の機関だよ。俺達だけじゃ怪我人は治療できないし、生活するために必要な物がないから助けを呼んだんだよ」
グレンは、飛竜から受けたダメージを考えると自分の回復力は納得した。
「だからこんなに動けるのか・・・」
国の機関だけにあって、治療魔法の効果は高かった。
「そうだ… リーネとアーチェは!?」
「あ、ああ。 二人とも無事だよ」
グレンの問いに男は答えるのを少しためらったが、グレンは続けて質問をする。
「師匠… ハウリード師匠は…!?」
「それが… ハウリードさんは行方がわからないらしい…」
その言葉を聞くと、グレンに嫌な予感が湧き上がる。
「な、なんで!? だって師匠はあのドラゴンに奥義を決めてた! 師匠は勝ったんじゃないのか!?」
「お、落ち着けって。近くで見てないからわからないが、ドラゴンがフラフラ飛んで逃げていったのは見た。あの飛び方だと逃げた… であってると思う。だから、ハウリードさんは死んではないと思うよ。ただ何でいなくなったかは…」
グレンは3人が生きていることを知るとホッとする。しかし、ハウリードの行方がわからないのは気がかりだった。
「とりあえず、リーネ達に会ってくるよ」
「い、いや、今はまだ2人とも目が覚めてないんだ、会いに行くのはまだ後でいいんじゃないか。グレンも今さっき目覚めたばかりなんだから休んでなよ」
男のためらいに疑問を持つグレンだったが、男に目が覚めたら教えてほしいと言うことを伝えてグレンはテントに入り、敷かれている布団に入る。
男はグレンが入ったテントを見ながら後悔していた
本当の事を伝えるべきだったのかと。
グレンは深い眠りから目覚めた。
明るかった外はすっかり暗く、かなりの時間眠っていたらしい。
(1週間寝てたのにまた寝てたのか… よく寝るね、俺も)
身体の痛みは、昼ほど痛くはない気がした。
(リーネ… まだ目が覚めないのか…)
グレンは男のためらいが気になっていた。
「――あ、族長の娘の事しってるか?」
テント外近くで二人の村人が会話をしているのが聞こえた。
(族長の娘って、リーネだよな…)
グレンは体を起こしテントの中から声のする方に耳を傾ける。
「族長の娘って、魔法使いの娘だろ? コルンに住んでるなら皆知ってるだろう」
「あの娘、あの化け物の襲来のときコルンに戻って化け物に襲わ・・・」
声が遠ざかっていき、声がテントからでは声が聞き取りにくくなる。二人の村人は歩きながら会話をしているようで、グレンはテントからでて二人に気付かれないよに尾行した。
「えっ! 本当かよ…」
「ああ、本当に何百年に1人ってぐらいの才能をもってて、いい子なのにな… 可哀想だよな・・・」
「これからどうするのかねぇ… やっぱり義足かい?」
「どうだろうな… 村長が泣きながら治してくれる人探してるみたいだけど…」
グレンは2人の村人の会話を聞いて、尾行をやめ飛び出してしまう。
「あ、あの!!」
「ん?」
2人の村人がグレンの声に反応し、後ろに振り向く。
「なんだいボウズ」
「そ、その、族長の娘って、い、今、どこにいるんですか?」
「ああ、ここからあっちの―――」
村人は丁寧にリーネがいるテントを教えてくれた。
「でもボウズ、今は会いに行かない方が… って? おい!」
グレンは全力で走って行った。体の痛みがまた疼きだすが、グレンは痛みを感じ止まることはなかった。リーネに会って確認したかった一身に、グレンは足を止めなかった。
リーネがいるテントの前につくと、息を整えながらテントの入り口に手をかけるが、グレンは開けて中に入る事を躊躇った。
(開けて・・・ 確認しなきゃ・・・)
テントの入り口は、1枚の布が垂れ下がっているだけだが、グレンには、まるで分厚い鉄扉を開けるかのように入り口の布は重かった。
グレンは重たく感じる布をどかし、テントの中にはいる。
「ん? 君は…」
薄暗いテントの中には族長がおり、その後ろには目を覚まさないリーネが横になっていた。
「グレンです… あ、あの… リーネは…」
「ああ… 君は確かハウリードさんの所の… 君もリーネといたのだろう? 体の方は大丈夫なのかね?」
族長の声は枯れていたが、グレンに優しく話しかける。
今はグレンと話せる力も、他の人を心配する余裕もないほど疲れきっているように見えたが、族長はグレンを追い出そうとはしなかった。
「俺は大丈夫です… それより、リーネは…」
族長はグレンの質問にすぐに答えてくれたが、グレンには村長の答えを聞くまでの間はかなり長く感じられた。
「命に別状はないよ。やっぱり若いな、君も、もう1人の女の子も、全く問題無いのだから」
もう1人の女の子。それはアーチェだった。
「リーネも…? リーネもどこも問題はないんですよね!?」
グレンは、族長に自分の不安をぶつけるかの声を荒げて質問する。
「そうか・・・ 君は知っているからここに確認しに来たんだね・・・ なら、隠しても仕方ないな…」
グレンの不安はこの瞬間確信に変わった。族長が次に言う言葉もわかった。
わかっていても聞きたくはなかったが、グレンは、耳を閉じぬように拳を作り、手のひらを力強く握り閉めた。
そして、族長は静かに答えた。
「この娘は・・・ 足を失った」
その答えに、グレンの視界が大きく歪む。
「この娘の足を治す方法は、今の所ないらしい・・・」
グレンは最大限の覚悟で言葉を聞いたつもりだった。しかし、その覚悟は親友であるリーネが失ったものを受け入れるのにはグレンにはまた幼かった。
「そ… そんな…」
流さないとした涙が、容器から溢れるように流れ落ちる。
「グレン君…」
グレンの脳内で、自分をかばうリーネの姿がよぎる。
「この娘が歩けなくても…」
族長の声はもう、グレンには届いていなかった。
グレンは頭の中で、ただ自分を攻め続けた。
「友達でいてくれるかね…」
族長が言い終わるとグレンは頷き、ゆっくりと横たわっているリーネに近づく。
俺が師匠と一緒に戦えれば師匠はいなくならなかったんだーーー
俺があの時、ドラゴンに恐れずに逃げていればリーネは足を失わなかったーーー
俺にもっと力があれば皆を守ることができたーーー
もっと力があればーーー
もっと俺が強ければ!ーーー
グレンはリーネの前に立ち、涙を堪え、口を開く。
「誓うよ…」
グレンの体は震えていた。だが、その震えを押さえるように拳をさらに強く握る。
「俺はもっともっと強くなる! 何にも負けないくらい強くなって… 俺は…!」
「―――皆を守れるような強い男になってやる!!」
グレンはその言葉をリーネに言い残すと、テントをでていった。
夜が明けると、グレンのテントにあった服と剣はなくなっており、誰もグレンを見なかったーーー
~2年後~
「おい知ってるか、最近この国の傭兵に1対1の喧嘩売りに来たガキがいたらしいぜ」
「へぇ~ まあ喧嘩売るぐらいだからそれなりに強いんだろうなぁ」
「それがまだ10歳ぐらいでよ! 相手にすらならなかったらしいぜ!」
「10歳!? そりゃあとんだ田舎から来たかただの馬鹿なガキンチョなんだろうなぁ~」
「確かに、いくらこの国が小さいからって10歳の子供に負ける傭兵が守ってたら大変だな」
~5年後~
「お、おい!! 聞いたか!?」
「ああ… 聞いたぜ… 2軍は全滅だろ…」
「2軍って言っても、2軍の上位はそれなりの実力者だぞ!」
「おいおい・・・ 傭兵達が戦ってるのは本当に13歳のガキなんかぁ・・・!?」
~7年後~
「知ってるか? 最近、隣の機関の奴らが、たった1人少年の奴に負けたそうだぞ」
「ほぉ、すごいな。その少年ってのは最近噂になってる『執念の獅子』だろ? でも俺たちカルド機関に勝てる奴はそうそういなぜ」
「まあ、あの機関は大して強い機関じゃないしな!」
「そうそう! 俺達にゃ勝てねぇよ!!」
~9年後~
「おい! 大変だ! カルド機関のリーダーがついに負けたらしい!!」
「マジかよ… カルド機関のリーダーって相当な剣の達人ってことで有名じゃん…」
「話を聞くと、負けても負けてもいつまで1対1を申し込むんだとよ」
「負けてもって… 1度負けたら2度と戦いたくないぜあんな奴・・・」
二人の民衆が会話をしていると、低い老人の声が遮る。
「おい、ヤッコさん達。その話はちと古いのぅ。 あの小僧はカルド機関のやつらには1度も負けてないそうじゃ」
~10年後~
荒野の荒地に、1つの酒場営業していた。
薄暗く、少し砂が床に撒かれている酒場に1人の女性店員と老人がカウンターで話していた。
「あ~サキさんお酒ぇ~」
「あんた金ないのによく遠慮せずに飲めるわねぇ!!」
「しょーがねぇじゃろ、今じゃヨボヨボの爺、戦えんわ」
老人はグラスを女性店員にぐいっと突き出し、アルコールを要求する。
「ない」
女性店員は老人の言葉をあっさり返し、計算を始める。
「はぁ~ お客さん来ないと何もできないわぁ~」
「わしがいるじゃろ! わしが!」
「アンタは金がないのにいつもの様に飲んでるだけじゃない!」
「昔はいろいろ資金提供してやったじゃないか!!」
2人が言い荒らそいをしていると、店の扉が軋んだ音を立てて開く。
「あら、いらっしゃい!! 好きなところに座ってよ!」
入ってきたのは、赤い瞳の青年だった。
青年は誰もいない店に少し戸惑っていたが、女性店員はメニューを持って青年を案内する。
「いいからいいから、好きなとこ座って! 誰も居ないからアンタの貸切だよ!!」
女性はそう言うが、青年は酒場のカウンターに座らせられる。
「へぇ~ 君若いねぇ、こんな何もないところに若者が来るなんて珍しいよ」
女性店員はそう言いながらメニューを青年に渡す。
「ねぇ、何してる人なの?」
「俺は…」
青年は少し考え答える
「旅…?」
「旅人!? へぇ~、若いのに旅人やってんの!! 歳は?」
「18」
「18!? 18で旅人かい!」
青年は自分の言った言葉が少し違う気がしたが、あまり気にしなかった。
「名前は?」
青年は渡されたメニューを1枚1枚めくり料理を確認しながら自分の名前を言った。
「グレンだ」