崖の上
とある僕の友人が、自分を決め、その背中を押すために書いた、短編小説。
そして、僕の感情の物語。
風は、どこに吹くのだろう。
翼は、なぜあるのだろう。
決心と、抗いと、そして希望と。
そんなお話です。
潮風が、僕の鼻をくすぐった。それは塩っぽく、生き物のにおいだ。
夕暮れの岸壁、強い風が僕と、彼女の髪を流す。影が長く伸びている。
「……行くのかい」
僕の問いかけに、彼女は頷いた。
「私は、行く。そう決めた」
風に揺れる髪を抑えて、彼女は言う。
「行かねばならない。行く場所も、どうするかも決めた。あとは、行くだけだ」
そういった彼女の視線は強く、僕を射ぬく。それに応じるように、僕は彼女に銃を構えた。
「……撃つか、私を」
彼女の眼にはなにもない。ただ、意志の強さが僕を貫く。
「僕は、こうするしかできない。行く君に対して、銃を向けることしか」
「それでいい」
彼女は、俯いて笑った。
「君は、君の優しさで引き金を引け。私は私の意志で君に撃たれよう」
「何故だ!」
叫び、引き金に指をかける。何故だと言われてもな、と彼女は顔を困らせ、
「それが、君からの祝福だからだ」
そういって彼女は僕に背を向けた。岸壁の方へと正面を向けた。
「……朝が来るな」
「いや、夜が来る」
「そうだ。夜が来る。それは朝の到来と同じだ」
「暗闇の中を、行くのか」
「それしかあるまい。そして、最高の場所で、最高の朝日を見るのだ」
一歩、彼女が踏み出した。
「!行くのか!」
首だけ振り返り、
「ああ、行くさ。行くよ。だから、君に言っておこう」
彼女は両の腕を広げた。それは、風を受ける鳥のようだ。
「――聞こえるか、私の鼓動が
感じるか、私の咆哮が
見えるか、――私の意志が!」
穿たれた言葉は、天を震わせる。風が止む。
ただ、彼女の言葉を聞いた。
「望め!
唯一無二の思いを掲げろ
進め!
己が決め行く道を駆けろ
思え!
自らが為すと決意しろ」
高らかに謡われる彼女の詩は、大気を打った。
震える。
「後悔は未来に取っておけ!
躊躇いは過去に捨てていけ!
悩みを下す決心を抱け!
そして私は――」
風だ。強烈な風が吹いた。向かい風だ。立っているのもやっとな。
「私は、行く!」
走り出した。疾走だ。
強い向かい風の中、彼女は走り始めた。風を物ともせず、猛然と。
僕は、何かに駆られるように銃を構えた。指が震える。
「私は行くぞ!さあ、君はどうする!」
その叫びが僕を叩いた。体中から震えが引き、ただ、目の前を見据えていた。
ダン。
彼女が崖を飛び下りたのと、銃弾が彼女の背を撃ったのは同時だった。ただ落ちる彼女の軌跡のように、赤い糸が引いていく。
すべてが終わったように、銃を下した。ただ、視線は夕暮れの太陽を見ていた。
吹き上がる風。舞い上がる風。吹くのは、行き先を決めた風だ。
それは、突如として現れた。崖から舞い上がるように、それは現れた。
――彼女だった。
背中には純白の翼を広げ、羽ばたいていた。
彼女は笑った。高く、僕は見上げながら、その笑みを見た。何か言ったようだけど、その言葉は風がさらっていった。
そして、彼女はそのまま赤い沈む太陽へと羽ばたいていった。
「……」
銃をホルダーに仕舞い込み、彼女のいなくなった岸壁を眺めた。
ただ、ふと、焦燥に駆られるような感情が、身体を巡った。
行こう。僕も行こう。ただひたすらにそれだけが、僕を支配していた。
僕が彼女に送った、小説。
貴方は、何か得ることができたのでしょうか。