番外八「魔法使いと吸血鬼」
「賞金首かぁ」
クリスが一枚の手配書を見ながら呟く。
「主の顔がいつ載るか、私は毎回ギルドの手配リストを見るとわくわ・・・はらはらしています」
「本音がだだ漏れすぎるだろ!?そんなに俺を手配犯にしたいのか!?」
フウリの出かけた本音にクリスが噛み付く。
「ギルドのように正式なモノで無ければ既に・・・おっと、なんでもありません」
「どう聞いてもなんでもなくないよ!?危ない奴らに狙われてるみたいな話!?この人畜無害の俺が!?」
寸止めする気すらないフウリの台詞にクリスは勢い込んで質問する。
「主が人畜無害ですか?それはドラゴンすら人間の赤子の脅威にならない世界の話ですか?」
「どんだけ有害指定を受けているんだ、フウリの中の俺は」
フウリの例え話を聞いてクリスはげんなりする。
「どこかの国のお姫さまを口説いて挙句その国の王に討ち取られそうになるくらいには」
「ま、まぁとりあえずだ。金欠だからこの近場の賞金首を捕まえに行こうと思うんだが」
クリスは強引な話題転換と共に、一枚の手配書をフウリに見せる。
「ふむ。居場所の分かる賞金首というのも怪しいものですね。そして賞金はまぁまぁですが、詳細情報がまるで無いというのもかなり怪しいですね」
「だけど近場でこの額は魅力的すぎるだろう!」
フウリの否定的な言葉に諸事情により金欠のクリスが、目をお金の形にして叫ぶ。
「仕方ない主ですね。行くならばしっかり準備しましょう」
「はーい!フウリ先生、バナナはおやつに入りますか!?」
「主の一週間分の食料になります」
「バナナオンリー!?」
騒がしい主従が賞金首を狩りに行く準備をはじめるのだった。
「フウリ先生、大分いい所まで来たと思うんですが」
木々が生い茂る森の中を進むこと数時間、あたりは薄暗く時折魔物のうめき声がこだまする。
手配書にあった森の奥へと進むクリスとフウリ。
「手配書通りであればそろそろ出てくるとおもうのですが」
手配書にはクリスたちがいる森の奥で、人を襲う魔物が住みついていると書かれている。
幾度か冒険者も、この正体不明の魔物を狙って討伐に入ったらしいが、帰りうちにあっている。
人を襲うが、殺しはせず、襲われた人間は森に入ってからの記憶がほとんどない状態で、状態で森の入り口に放置されるのだ。
実害は返り討ちにあった冒険者と、森で狩りをする少数の民だけなので、国はその重い腰を上げようとはしなかった。
ギルドとしては冒険者が被害にあっていることもあり、賞金をかけて討伐しようとしているのだ。
「どうやら、向こうのほうに何かいますね」
フウリが道無き道の一箇所を指す。
「あいさー」
クリスは特に疑うこともせずにフウリが指した方向へと突き進む。
そうして暫く進むと、そこには小さな女の子がクリスたちの目の前に現れる。
美を頭につけて呼ぶべきほどに将来有望な少女は、暫く驚いたように目をぱちくりとさせていた。
クリスはすぐに戦闘ができるように剣に手をかけ、若干距離をあけて、コミュニケーションを図ろうとする。
「迷子か?ほら、飴玉をあげよう」
クリスは常備している飴玉を手に乗せると、少女へと差し出す。
その際の台詞はまるで犯罪者のようだ。
しかし、少女は嬉しそうにクリスに寄っていく。
だが、途中で風に遮られる。
「馬鹿ですか、主。こんな森の奥に迷子なんているわけないじゃないですか」
風を放ったフウリは油断せずに、なんとか風の壁を乗り越えようとする少女を見ながらクリスに告げる。
「いやいや!たまたま迷い込んだという可能性もあるだろう!?」
「ありえません。主に何か魔法をかけようとしていましたよ」
フウリはいつの間にか立ち止まった少女を指差す。
そこには、少女がだらりと前傾姿勢で立っている。
ふらふらとしながら、どす黒いと錯覚させるような禍々しい魔力を撒き散らしている少女に、クリスも人ではないことを理解する。
「雰囲気やばくね?」
「だから言ったでしょう。まったく主は。だれかれ構わず餌付けしようとするからですよ」
二人は揃って魔法を放つ準備をする。
「ちっ。久々の人間の血だったのだがな」
がらりと口調が変わった少女が毒づく。
「おいおい、血って。吸血鬼か」
「ご明察だよ、人間」
「ふむ。見たところまだ若いようですね」
フウリの発言に、吸血鬼が不機嫌そうに顔を顰める。
「ふん!無駄に年だけ食っている精霊ごときが!偉大なる吸血鬼であり、闇の支配者である私を見下すとは生意気だ!」
どうしてもフウリの背のほうが高いので、吸血鬼を観察している姿は見下しているようにも見える。
「あいたたた。ダブルの意味で痛いよ」
クリスが額を押さえてもだえ、フウリがアップを開始する。
クリスの反応に吸血鬼は何がなんだか分からないという顔をする。
「なんだ、その反応は・・・って!?」
フウリの尋常じゃない魔力の高まりにさしもの闇の支配者も驚き、声を上げる。
フウリは無慈悲に集まった力を解き放つ。
「消えなさい」
言葉とは裏腹に、その魔法を吸血鬼の目前でいとも簡単に消失させ、フウリは威圧感たっぷりの無表情で吸血鬼を見下す。
突然、大きな力が自分に向いたと思ったら、急に消えたことに吸血鬼はパニックを起し、泣き出す始末だ。
「わ、悪かった。ほら、飴玉あげるから、な!?泣き止めって」
クリスが慌てたように飴玉を少女に差し出す。
少女は一瞬躊躇うようにクリスを見上げ、次いでその手の平の飴玉を見て、ひったくるように取ると、それを口に含む。
途端に、泣き顔が笑顔へと変わる。
「さすが主。子供を宥め賺すのはお手の物ですね」
割り込んできたフウリを見て、怯えた吸血鬼はクリスの後ろへと逃げる。
「ふむ。嫌われてしまいましたか」
別段気にした素振りも無く呟くフウリ。
「しかし、なんでまたこんなところに吸血鬼が」
吸血鬼はその数は少ないものの、魔力や魔法を操る才能に秀でている者が多く、また怪力の持ち主としても知られ、いくつかの集落がオーカス王国にも点在し、人族とも積極的に交流をしている種族である。
魔物などの血をたまに食料とするだけで、他はほとんど人と変わりがない吸血鬼たちは、その容姿が人と限りなく近い点や、血を吸った相手の魔力を奪うことができるがそれ以外の害は無く、また理性的な種族である点で、オーカス王国では馴染み深い種族である。
人族と混じると、見分けることも難しいのだ。
「ふ、ふん!私ほどの吸血鬼になると、馴れ合いなんぞ必要ないのさ!」
クリスの後ろでふんぞり返る吸血鬼。
「つまり・・・家出?」
「家出ですね」
同じ結論に達する二人。
「い、家出じゃないぞ!?私は闇の支配者としてだな!?」
「あいたたた」
「なんだその反応は!」
クリスの反応に激昂する吸血鬼。
「まぁ、真面目な話、このままだとそのうち凄腕の冒険者が狩りにくるぞ。現に今、俺たちに勝てないだろう?お前。俺みたいな紳士じゃなかったら殺されるし、正体が吸血鬼って分かれば、同族にも少なからず迷惑をかけることになるかもしれないぞ」
急に真面目な顔で言ってくるクリスの言葉を聞いて、吸血鬼はしゅんとなる。
「ほら、今なら送って行ってやるし、ばつが悪いなら一緒に謝ってやるぞ?」
もじもじしだした吸血鬼を見て、クリスが最後の一押しを口にする。
「そ、そこまで言うなら、送らさせてやってもいいぞ!ついでに村を勝手に出たことを謝る手伝いもさせてやろう!」
無い胸を張って言う吸血鬼に、クリスが笑い、フウリが無表情に見下ろす。
「ひっ」
フウリに見下ろされ、吸血鬼は短く悲鳴を上げるとクリスの後ろに隠れる。
「ふふふ、なんだか面白いですね」
「こら、フウリ。あんまいじめんな」
クリスが吸血鬼の頭を撫でつつ、フウリを嗜める。
結局、二人は吸血鬼を集落まで送っていくことになった。
道中、フウリはずっと吸血鬼をいじって楽しみ、吸血鬼が怯え、クリスが宥める。
騒がしい三人は森を抜け、集落までの短い旅をした。
そうして、魔法使いは賞金を得ることは無く、旅費にあえぐことになったのだった。