番外三「魔法使いの師匠」
日も暮れてきて、オーカス魔法学院の教師にして古代魔法の使い手、遺跡のスペシャリストであるフェンリー・アスクルクは、王都近郊の遺跡の調査をして家に帰る途中だった。
彼女の家は、代々宮廷魔法院に勤める貴族の家柄で、実際彼女の父や兄も勤めている。
しかし、彼女は遺跡をこよなく愛し、両親の持ってくる縁談の話をことごとく断って、学院で教師をしつつ、遺跡や古代魔法の研究をする毎日を送っている。
本当にたまにある、断れないお見合いには行くのだが、相手が彼女の容姿を見て戸惑うことが多い。
いき遅れのおばさんとの見合いかと思ったら、百四十センチに届かない身長、メガネが似合う少女がそこにいるのだから、当然の反応である。
見た目は若い、というよりも幼いと表現できるほどなので、見合いで気に入られて結婚なんて話もありそうなのだが、如何せんフェンリーは見合いの場にありがちな趣味の話題への食いつきが半端ないので、相手を遺跡愛でノックアウトしてしまい、結果見合いの戦績に白星がつく事はない。
フェンリーにしてみれば、実家が断り切れない見合いだから受けるだけで、向こうから断ってくれるなら大助かりというふうにしか思っていないのだが、親はいい加減結婚してほしいと思っている。
「ふう、少し遅くなってしまいました。まさか空に浮かぶ島の記述があるなんて・・・」
ぶつぶつと今日の成果を独り言でまとめていくフェンリー。
前も見ずに歩いていて、何かを踏みつける。
「ぐえ」
フェンリーの足元から聞こえる奇声。
「ぐえ?」
フェンリーは首をかしげて足を上げると、そこには木の棒を持った少年が倒れていた。
「え!?い、行き倒れですか!?大丈夫ですか!?」
フェンリーは膝をついて子供を揺らす。
「お、お、お、お、世界が、ゆ、れ、て、る」
やがてぐったりする少年。
「ああああ、大変です!どうしたら!!」
おろおろするフェンリーだが、少年のお腹から盛大な虫の声が聞こえ、落ち着いて自分の体を魔力で強化し、少年を家に運ぶことにする。
「ぬぐう、飯の匂いがするぅ」
ゾンビのように、ベッドから這い出て匂いのするほうへ移動する少年。
「ちょ、ちょっと待ってください」
ベッドの脇にいたフェンリーが慌てて止める。
「ぬ、俺に止めを刺した幼女じゃないか!」
少年がフェンリーを見て声を上げる。
「幼女じゃありません!あなたよりずっと年上ですよ!」
フェンリーが怒る。
「じゃあいくつだよ!」
少年もむきになって聞く。
「女性に年齢を聞くなと習わなかったのですか?」
フェンリーが嗜めるように言い放つ。
「なんという理不尽・・・圧倒的理不尽」
少年は俯いてつぶやく。
フェンリーは、メイドに用意させたご飯を少年に与え、落ち着いたところで自己紹介と事情を聞いた。
「クリス君は、騎士団に入るために王都まで来たんですね」
思案顔のフェンリー。
「おうとも!トリエ村騎士団の団長さまだからな!王都の騎士団にもきっと入れる!」
自信に満ちた顔でクリスが言う。
「と、トリエ村から一人で来たんですか!?道中魔物はどうしたんですか!?」
驚愕の眼差しをクリスに向けるフェンリー。
実際は王都から周りの村々までしっかり街道が整備されていて、危険な魔物は排除されるのだが、繁殖力の高いゴブリンなどは、定期的に駆除してもすぐに沸いてしまうので、子供一人で歩くには危険すぎるのだ。
「この聖剣があれば魔物なんて一発さ!」
そんな驚愕を他所に、木の棒を掲げ聖剣と言ってのけるクリス。
所々魔物の血らしき跡がついていて、フェンリーもクリスを運ぶときに放置しようと思ったのだが、意識の無いクリスが頑なに離さないので仕方なく一緒に持ってきていた。
「ついでに弓もあるし」
こっちは作りのいい弓なのだが、クリスにとっては聖剣のおまけのようだ。
「いやいや、それだけで子供が一人で街道を・・・ん・・・?」
クリスをじっくり見ていたフェンリーが、おもむろに立ち上がると更に近くで観察する。
「あれ?君魔法使えるんですか?」
微弱な魔力で体を強化しているように見えなくも無いクリスに質問するフェンリー。
「え?魔法?」
フェンリーの言葉に首をかしげるクリス。
それに対して、研究者の魂に火がついたのか激しく質問を繰り返すフェンリー。
結論を言うと、クリスは無意識に魔力による身体の強化を使っているようだった。
普通はありえないことなのだが、クリスが嘘を言ってるようには見えないフェンリーは、珍しく強引に自分を納得させる。
そもそも、そんな微弱な魔力での強化だけで、子供が王都まで魔物を倒して歩いてくるなんて、到底無理なのだ。
クリスに、何か言いようの無い理不尽なものを感じ取ったフェンリーは研究者魂を引っ込める。
しかし、そんな理不尽なものを感じる少年に少しやり返してやりたいと思ったフェンリーは、自分がおもっているより強烈な一撃を少年に見舞った。
「知ってましたか?騎士団って、貴族の出じゃないとよっぽどのことが無い限り入れませんよ?」
実際、平民で入ろうとすれば、戦場で目覚しい功績を上げるか、それこそドラゴンを倒せるほどの実力がいる。
天使のような笑顔で言うフェンリーを見て、一瞬目を見開き、次いで呆然とフェンリーの顔を見るクリス。
さすがに可哀想になったフェンリーはフォローをするも、クリスが再起動する様子を見せない。
どうも、クリスにはクリスなりの深い事情があるようだと察したフェンリー。
それから数時間かけて、やっと動き出したクリスに、フェンリーはあることを心に決める。
「クリス君、折角魔力を無意識にでも使えているのです。魔法使いになってみませんか?私が一からしっかり教えますよ?」
見た目幼女の魔法使いの慈愛に満ちた言葉に、魔法使い未満の少年は、なぜか母を思いだし、泣きながら頷くのであった。
それからというもの、フェンリーの周りはにぎやかになった。
なんせクリスは何をしでかすか分からないびっくり箱のような弟子である。
いろいろな事件を引き起こし、巻き込まれ、中には死ぬんじゃないかと思うことも多々あったのに、そのたびにしっかり生きて、フェンリーに何かしらの研究材料を持ってくるのである。
その後始末はフェンリーに回ってくるのだが、なぜかフェンリーはそれを楽しく処理してることに気づいく。
「子供がいるとこんな感じなのかな」
そう呟き、結婚もいいかもと思うフェンリーだった。
そして、フェンリーに弟子が出来てにぎやかになったところがもう一つある、国の魔法関係機関だ。
そもそも、古代魔法の数少ない使い手でありながら遺跡研究ばかりし、弟子を取らないフェンリー・アスクルクが弟子を取ったのである。
なまじ名門貴族の出であるために、学院も魔法関係者も弟子を取れと言いづらかったので、その弟子取りに喜んだ。
しかし、いざ箱を開けると、その弟子は破天荒すぎた。
あのフェンリー・アスクルクの弟子がよりにもよって冒険者ギルドに出入りする、それだけで関係者は卒倒する光景だ。フェンリーの弟子ならば、ただ粛々と魔法学院に通い、卒業すれば宮廷魔法院にはいれるのだ。それが彼らの弁で言う、二流三流の集うギルドになど出入りするなんて、ということである。
そして、その弟子は遺跡を崩壊させかけたり、崩壊させたり、傭兵紛いの仕事をしたり、あまつさえドラゴンキラーの称号を国から授与されている。ドラゴンの鱗は非常に抗魔力に優れ、人間の魔法ではまず倒せないのにだ、どうやって倒したかなんてのはそれまでの所業で明確である。
明らかに魔法使いとして間違っている、それが国の魔法関係者の結論であった。
どうにかクリスの方向性を修正できないかと魔法関係者は考えた。
しかしクリスは、高位の精霊と契約しており、フェンリーの弟子でもある、そしてなぜかクリス自身変な人脈を形成しており、手出しができない爆弾と化していた。
もう卒業を待って取り込むしか無い、魔法関係者はそう結論付けた。
そんな爆弾が今日も剣を下げて王都を闊歩する。
「師匠!めずらしい本もってきたよ!」
「あら!ありがとうございます、クリス君。けど、いつも思うのですが貰っていいのですか?」
「なんて言いつつ既に手が伸びている件」
「えへへ。おお!これは面白そうな本ですね!!どこで手に入れたのですか!?」
「連休中に遠出して、そこの行商人から買ったんだ。そのあと聖王国まで行ってたから少し遅くなったけど。安かったから気にしないでいいよ!」
「おおー!ありがとうございます!早速読まさせていただきたいところなんですが・・・聖王国ですか・・・」
「おっと、これからフウリとデートだったんだ」
「あの風精霊さんと仲良くやっているのは良い事ですが、逃げないでくださいね。聖王国といえば、最近、姫さまに無礼を働いた賊の手配書が回ってるようなのですが、人相書きはありませんでしたが、特徴がクリス君に似ていましてね、身に覚えありませんか?」
「無礼なんて働いてないし!!ただちょっと羽・・・ハッ!」
「ほう?ただちょっと?なんですか?」
「くっ、あばよ師匠!」
「待ちなさーい!!」
王都にじゃれあう師弟の声が響くのだった。