番外十一「魔法使いの嫁と元暗殺者」
「協会にいれば安全だが・・・はぁ、どうするか・・・」
中庭の隅で丸まって座る白い仮面の暗殺者。
彼は今後のことを考えていた。
依頼を降りたとしても、違約金は発生するし、孤児院の借金の返済期限も獣人娘の旅にくっ付いていたためにすぐそこである。
八方塞な状況に頭を抱える。
そこで、轟音が鳴り響く。
急いで音の方向に首を向ける。
そこには女神と見紛うほどの美女が浮いていた。
その美女は、首を巡らせると、白い仮面の暗殺者に視線を固定し、地面に降り立つと、つかつかと近づいていく。
すでに、音を聞きつけた協会の暗殺者が武器を手に囲んでいるが、何故か手が出せない。
否、理由ははっきりしている。
威圧感が半端ではないのだ。
まるで、近寄れば切り刻まれる自分の姿が幻視できるような威圧感を撒き散らす美女に、暗殺者は一定距離以上近づけない。
そして、白い仮面の暗殺者も訳も分からず逃げようともがくが、何かに足を取られ上手く歩けない。
そうこうしている間に美女は白い仮面の暗殺者の前まで来る。
「私の質問に正直に答えなさい。そうすれば半分くらいは生かしてあげます」
いきなりの美女の言葉に、暗殺者は驚き、しかしその理不尽な内容に反骨精神が沸いてくる。
先ほどまでの恐怖はどこかへいき、ただ目の前の存在に一撃入れることだけに頭が支配されていく。
隠しナイフを袖から取り出すと、白い仮面の暗殺者は美女目掛けて切りかかる。
「取った!」
思わず声を出してしまうほどに興奮した様子の白い仮面の暗殺者。
しかし次の瞬間、その顔は驚愕に歪む。
「ふむ?何を取ったのですか」
美女には傷一つ無く、ナイフは半ばから折れている。
そして白い仮面の暗殺者の仮面はいつの間にか空中に有り、目の前で細切れになる。
眉一つ動かさない美女によって成された所業に、囲む暗殺者も、そして何より元白い仮面の暗殺者は恐怖する。
しかし、美女の顔にも変化があった。
「ふむ、てっきり男性かと」
白い仮面の下には一目で女性と分かる顔があったのだ。
つまり、彼は彼女であった。
「くっ」
美女が驚いている間に逃げようとする彼女。
しかし、そんなことが可能であるわけがなく、彼女は結局捕獲されることとなった。
美女に捕獲された女暗殺者は、人のいないところに連れ込まれた。
「依頼について話しなさい。後、何か依頼者を特定できる物はありますか?」
「あんたは私に暗殺者を辞めろと?」
依頼者を売ることは、暗殺者としては致命的である。
「ふむ。命よりも職が大事ですか?」
「くそ!」
平和的な解決を望む美女に、毒を吐く女暗殺者。
「どんな事情があろうと、罪もない子供に刃を向けた事実は無くなりません」
「・・・」
平和的に道徳を説く美女に、沈黙する女暗殺者。
「しかし、我が主ならば、そういった人も助けたいと願うことでしょう」
「は?」
逆説的に主人を語る美女に、懐疑的な女暗殺者。
「我が主は最近変わられましたので。よって、あなたの事情を聞きましょう。悪いようにはしません。まぁ、話す話さないはあなたの判断でいいですが」
「私の、事情?」
「ええ、どうも獣人の娘に刃を向けたことを後悔しているようですし。何かよっぽどの事情があるならば、幾許か力になろうかと」
美女はその容姿にふさわしい、女神のような慈愛に満ちた顔で女暗殺者を落としにかかる。
「あ、あんたにはなんのメリットも無いのに?」
「ええ。先ほども言いましたが、私は主の意で動いています。そしてその主が手を貸すであろうことに先回りしておくことも、また私の務めです。他意はありません」
「えっと・・・」
結局、その優しげな顔に負けて、全てを話してしまう女暗殺者なのであった。
「事情は分かりました。それでは私があなたに個人的に依頼を出しましょう」
「え?」
美女の提案に驚く女暗殺者。
「依頼です、簡単とまではいきませんが、今までやってきたこととあまり変わりません、ただ暗殺ではなく護衛です」
「護衛?」
「ええ、あなたが殺そうとした獣人の娘の護衛です」
「っ!?」
美女の依頼内容に女暗殺者は言葉を無くす。
「丁度いいではありませんか、罪滅ぼしではないですが、しっかり守って上げてください。と言っても別行動が大半です、情報収集などが主ですね。あとオーカス国内のみで結構です」
「・・・分かった」
まるで美女が自分に気を使ってその依頼を出したのでは無いかと思え、女暗殺者は了承する。
「報酬は先渡ししましょう。それを持って孤児院に向かいなさい。その後の合流でいいです」
「ありがとう。どうやって合流すれば?」
孤児院の事情を聞いた美女は、そちらを優先的に処理できるように気を使う。
「あとで移動ルートを書いた地図を渡しましょう。それを辿って後を追ってきてください」
「分かった。けど私がお金だけ貰って合流しなかったときは?」
そんなことする気もないのに女暗殺者は興味本位で質問する。
「大丈夫です」
「えっと・・・なるべく早く合流します」
まるで一片も疑っていないような目で美女に見つめられ、顔を赤くしながら合流を約束する女暗殺者。
「はい。あと先ほどの証拠の件ですが、あるなら渡してもらいます。その代わりあなたに護衛が終わった後の職を紹介しましょう」
「職?」
「ええ、オーカス王国に今度情報を扱う機関ができますので、そこに口利きしましょう。腕の立つ人間は歓迎とのことですから」
よく情報のやり取りをしているオーカス王の信も厚い男に、美女は少し早い結婚祝いに部下をプレゼントしようとする。
「えっと、だけど私・・・」
「大丈夫です。我が主はオーカス王とも親交があります」
「!?」
自分の出自で言いよどむ女暗殺者を安心させるように美女は微笑む。
「信じる信じないはあなたの勝手ですが。信じても損はないと思いますので」
「分かった」
美女の微笑みに決心がついた女暗殺者。
「それでは、宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
美女と女暗殺者は握手をする。
「しかしよかったです、あそこには一人送っておきたいと思ってましたので」
「え!?」
手を握ったまま発せられた美女の言葉に、女暗殺者はただただ驚くばかりである。
有体に言ってダブルな間諜である。
美女的には、自分が送り込むのだから先方もある程度了解していることは織り込み済みであるが、なんとなく女暗殺者の反応が面白いためにそれは黙っている。
「しっかり情報収集をお願いします」
「!?」
結局真相は教えられずに、二股に悩まされる女暗殺者が、上司になった男に真意を聞かされたのは大分経ったころのことであった。
こうして、一人の暗殺者は転職し、国家を守る諜報員として働くこととなった。
「私はあれを暗殺しようとしてたのか」
孤児院に寄って、お金だけ置くと踵を返した元暗殺者。
そしてやっと追いつき、街道沿いの森から盗賊と獣人の娘の戦いを見て、驚きながら呟く元暗殺者、現護衛。
そこには、人を軽々と、文字通り、殴り飛ばす娘の姿があった。
そして視線をずらすと、元暗殺者の現依頼人である美女が、主らしき男と話している姿が目に入った。
その主らしき男を見て、どうにも美女が言うほど凄い男には見えないといった感想を持つ元暗殺者。
その感想が、どれだけ間違っていたのかを知るのは、もう少し先にある国境の町でのことである。
そしてその町では、一行より先行して情報収集することになる。
情報の収集といっても、美女の命令により、デートスポットや美味しい食べ物屋についての情報だったが。
「人間が、竜人、しかもギバルの団長と打ち合ってるだと・・・、ありえない、夢か」
その後、美女の主が協会でこれから伸びる賞金首ランキング不動の一位であることを知って、やはり驚きに言葉を失う元暗殺者がいたとかいないとか。
元暗殺者の苦労はまだまだ尽きる目処がつかずにいるのであった。
苦労人な元暗殺者。
いいですよね。