番外十「魔法使いの嫁と暗殺者」
ディサン同盟国とオーカス王国の国境にある町、そこの協会は今日も紳士淑女で賑わっていた。
協会とは、様々な人間の首にかかっている賞金を得るために日夜頑張っている人達による健全な集まりである。
もちろん、犯罪者の首もあれば、個人的な依頼によって賞金がかかっている首もある。
依頼する人、される人、それらが集まり、金が動き、情報が行き交う。
そうして協会は裏の歴史を重ねてきたのだ。
決して表に出せない歴史を。
「おい、ランキング見たかよ!?」
「伸首ランクだろ!すげぇよな、不動の一位すぎるだろ」
協会の廊下で黒衣に全身を包み、仮面をした二人の男が興奮したように話す。
「金額もどんどん上乗せされてすごいことになってんな」
「すでにネタの域だろ、あの額は」
密かにどこかの国に狙われている冒険者の首の額がすごいことになっているのは、協会でも結構前から噂になっている。
すでに暗殺者同士の三大挨拶の一つとして使われているほどだ。
「本人の強さもネタだな。昔一攫千金を狙った馬鹿が、協会の前に全裸で括られてたらしいぜ」
「俺もその手の噂聞いたことあるな。それってオーカスの王都だろ。それで協会の位置が知れ渡って、移転したらしいからな」
協会の場所は、基本的に秘匿されているのだが、オーカス王国の王都では、一度その所在地が広く知れ渡る事件が起こり、移転を余儀なくされたことがある。
その事件の一因になった凄腕の暗殺者は、今ではすっかり農夫が板についている。
「ああ!通りで一時期オーカス方面の首の更新が遅いと思ったわ、そのせいか」
「ま、俺らみたいなしがない暗殺者は堅実にしっかり稼がしてもらいましょ」
暗殺者といっても、やはり一攫千金にはそれなりのリスクが伴う。
当たり前であるが、首の賞金が高い者は総じて難易度が高いのである。
その難易度がある一定の限度を越えると、暗殺者はその首をネタと言って、話の種にはするが、決して近づかない。
某傭兵団の団長の首にも、もちろん賞金はかかっているが、それを取ろうという暗殺者は今の所いない。
いたとしても、関係悪化を危惧する協会が何らかの策を取るであろうが。
「おう、俺今日は連続商家押し入り強盗の情報買ったからそれ行って来るわ」
「俺は西区で子供誘拐してる馬鹿の情報入ったから、さくっと殺ってくるぜ」
大抵の暗殺者の稼ぎはこういった犯罪者の首である。
これらの犯罪者は、国も暗黙の了解で暗殺を認めている。
よって協会で手続きをすれば罪にならないのだ。
これは犯罪の一種の抑止力にもなっている。
「うまくいったら酒でも飲もうや」
「おう、お互い生き残ろう」
こうして黒衣仮面の暗殺者二人は、夜の協会を後にするのであった。
「こんな小さな稼ぎじゃ、あいつらの腹が膨れない・・・」
明るく語り合っていた暗殺者の後ろにもう一人暗殺者が立っていた。
やはり黒衣に白い仮面をつけている。
「大きな仕事は無いのか・・・」
独り言を言いつつ、暗殺者は賞金首の紙が貼ってあるボードを見て歩く。
そして一つの依頼書に目が止まる。
「これだ!」
すぐさま目についた依頼書をボードから剥がすとカウンターに向けて早歩きで持って行く。
こうして一人の暗殺者は人生の転機を迎えることとなる。
白い仮面の暗殺者は孤児であった。
そして孤児を戦争に使う国があった。
使われて、使われて、壊れたから捨てられた。
しかし捨てられた元暗殺者の子供を拾う奇特な人間がいた。
そうして暗殺者は孤児院に入った。
そこでは食べる物にも困る有様であったが、暗殺者にとってはとても暖かい場所であった。
だから、暗殺者は恩返しを誓った。
例え自分の手が血に塗れようとも。
白い仮面の暗殺者のターゲットは獣人の娘であった。
同じ獣人からの依頼であり、ディサン同盟国で影響の大きい部族の娘だということだけを聞かされていた。
彼にとって、犯罪者でない人間の首を狙うのは初めてであった。
しかし後には引けなかった。
彼の育った孤児院は大きな借金をしているのだ。
その返済期限が迫っている。
それが彼を追い詰めていたのだ。
「やるしか・・・ない!」
白い仮面の暗殺者は決意を固め、暗殺の機会を窺うのであった。
しかし、獣人の娘はなかなかに上手い旅をしていた。
まるで狙われていることが分かっているかのように、団体行動をしていた。
おかげで暗殺の機会が無いまま、獣人の娘に着いていく形で白い仮面の暗殺者はオーリの町へと足を踏み入れた。
そしてチャンスは訪れた。
獣人の娘が関係の無い人間同士の喧嘩の仲裁に入ったのだ。
人ごみが出来上がる中を、するりするりと白い仮面の暗殺者がターゲットに近づいていく。
そうして、彼は獣人の娘のすぐ後ろまで来た。
懐から出した短刀を構えたとき、白い仮面の暗殺者に一瞬の躊躇いが生まれた。
何の罪も無い少女を殺すことへの抵抗、そんな少女を殺した金で誰を救おうというのか、様々な葛藤が生まれ、そして結局は力無く短刀を持った手を下ろそうとした瞬間に、彼の意識は彼方へと飛んでいった。
数瞬意識が飛んだ白い仮面の暗殺者であるが、日ごろから鍛えていたため、すぐに再起動する。
遠巻きで囲む群衆をよそに、一瞬で消えるように景色に溶け込む暗殺者。
その異様な光景に、周囲がどよめくのを余所に暗殺者は協会へと急ぐ。
「冗談じゃない、なんだあれは。ありえない。人ごみで、しかも殺意なんて微塵も無かったんだぞ、なんで気づける!?どうやって意識を持っていかれた!?」
混乱の極致である。
普通ではありえない事なのだ。
彼は暗殺者としてそれなりの教育を受け、場数も踏んできた。
そして今回はそうでなくとも、気乗りしない暗殺であり、結局のところはやめることにしたのだ。
殺意などあるわけが無い行動に気づけるとすれば、短刀を振り上げている姿を視認することである。
そこまで考え、白い仮面の暗殺者は首を振る。
ありえないことなのだ。
その状況で自分の意識を飛ばすほどの衝撃を、自分に気づかれずに与えることができる相手がいるなどと、彼は信じたくない。
それが敵に回った可能性など。
しかし、白い仮面の暗殺者が協会に逃げ込んで一息ついたときに、その可能性は向こうからやってきたのだった。
そうして、白い仮面の暗殺者はその日以降、協会で目撃されることは無くなったのであった。
後半に続く・・・のでしょうか?
ちなみに彼は彼女です。
そう考えると何かこみ上げてくるものがありませんか!