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第六章 駆け引き

 ジャミーラの話を聞いた護衛たちは一様に眉を顰めた。

「この時期に祭りは禁止されています。それなのに、なぜ祭りが開催され、そこにターミル様が足を運んでいるのです?」

 壁に掛けられた蝋燭とテーブルの上の蝋燭に火が灯されていた。そこに浮かぶのは五つの顔。四人の護衛と一人の美しき姫である。口を開いたのは、その5人の中、ソファにふかぶかと腰掛けたジャミーラに向かい合わせに座った護衛隊チーフである。蝋燭の光に照らされる中、その切れ長の目が細められた。

「そんなこと私が分かると思いますか? 祭りのことはともかく、ターミル兄様が足を運んでいる理由を知らないあなたたちは、本当にお兄様の護衛なの?」

 ジャミーラの小さく嘲笑う顔が明かりの中に浮かび上がった。

「確かに、これは我々の不手際です。チーフ」

 立って聞いていた護衛の一人が言った。護衛隊チーフは肩を落とす。

「でも、お兄様が足を運ぶ理由は分かりますわ。女性です。それも、飛び切り美人」

 男は分かりやすい、と言ってジャミーラはソファーの背にもたれた。

「こんな時期に!」

 護衛隊チーフの横に座っていた男が声を荒げた。

「こんな時期だからこそです。死の蔓延した生活から逃げ出したいと思うのは人間の心」

 髪をかきあげてジャミーラは言う。

「ところで、ジャミーラ様はなぜそのようなことを知っているのです? それに、なぜ我々に知らせてくださったのでしょうか? ターミル様はあなた様の敵のはず」

 チーフは膝の上で手を組み、明かりに照らされるジャミーラの表情を注意深く窺った。ターミルの敵なのだ。裏があるに違いない。

「ターミル兄様の後を付けました。残る兄弟でアサド兄様を攻略できるのはターミル兄様だけど考えています。なので、あなたたちにはターミル兄様をこのゲームへ連れ戻してもらわないとなりません」

 ジャミーラはすがすがしいほどに女王然として足を組んだ。その尊大な態度はいっそ賞賛を得るほど毅然としていた。女性でありながら死のゲームへの参加を表明しただけのことはある。だが、賞賛の前に護衛たちは首を傾げた。

「待ってください。あなたはアサド様と組んでいるはず。ところが、あなたの物言いはまるでターミル様と手を組み、アサド様を裏切るような言い方ですね」と、護衛隊チーフ。

「アサド兄様と組んでいるですって?“組む”というような対等な立場ではありません。私は猫です」

 護衛たちは息を呑んだ。目の前にいるジャミーラはアサドに泣いて命乞いをし、もっぱらアサドの意のままだという噂だ。ところが、本当のところは全て計算づくされたものなのかもしれない。猫の皮の下は狐といったところか。

 ジャミーラは長い睫毛に縁取られた目を狐のように細めた。

「アサド兄様が冠を頭に乗せれば、この国は破滅です。外の国の領土にしか目を向けないあの人はこの国の脅威です。けれど、このままではあの人がこの“ゲーム”に勝利するのは目に見えています。策が必要なのです」

「では、お聞きしますが、ターミル様の毎夜の家出をアサド様はご存知でしょうか?」

 護衛隊チーフが尋ねる。彼の額に汗が輝いた。

「いいえ。私の知らないところで情報を入手していれば別ですが、その様子はまったくありません。夜は、あの頭の中はベッドの楽しみばかり」

 ふふ、とジャミーラは笑った。全てを知っているような超越した笑みであった。男は分かりやすい、とまた呟きが聞こえてきそうな笑みだった。

「ということは……失礼ですが……今、アサド様はどうしていらっしゃるのです?」

 護衛隊チーフの隣に座っていた面長の護衛が言う。

「寝酒を楽しんで寝入ってしまいました」

「ですが!」

 護衛隊チーフがすぐに反論する。 

「寝酒だけで寝入ってしまうような方ではない!」

 けれど、ここでジャミーラは余裕を見せた。足を組み換え、正面から護衛隊チーフの目を見据えた。

「少し工夫をすれば、だれでも眠ってしまいますよ」

 彼女は立ち上がって、分厚いカーテンが閉められた窓へ向かった。

「夜の町に出かければ、工夫の仕方は幾通りもみつかります」

「薬を仕込んだのですね?」

 護衛隊チーフがジャミーラの背に声をかけた。

「そうよ、簡単なことでしょ?」

 ジャミーラは腕を組んで、護衛隊チーフを振り返った。

「それで、わが陣営にあなたと組めというのですか?」

 護衛隊チーフも立ち上がり、ジャミーラの前に壁をつくった。

「アサド兄様を止められるのはあなた方だけなので、そのために情報を流そうと申し出ているのです」

 ジャミーラは再びチーフに背を向け、カーテンに手をかけて、ゆっくりと開いた。

「そんな話、我々が信じるとお思いですか? それに、もしあなたが情報を漏らしているとアサド様が知ったら、あなたの身も危険ではないのですか?」

「確かに、その心配は否めませんが、男を操るのは簡単です」

 彼女はカーテンが開いたバルコニーへ歩み出た。月が明かりをバルコニーに落としている。そこに足を踏み入れた彼女は、薄いネグリジェを着ているのみ。ネグリジェは月光を通し、その光の中でジャミーラは妖艶なシルエットを誇っていた。もはや、笑顔を振りまいていた可憐な少女の面影はない。

 護衛たちはみな男。思わず目を見張った。バルコニーに現れたその像は、伝説の人食い族の美女を思い起こさせた。その美女たちは月の輝く夜に薄布を着て、もしくは裸で、この世のものとは思えない美しい声で歌を歌い、男を誘って食ってしまうという。

「みなさん、こちらに来てください」

 ジャミーラは部屋の中を覗き、護衛たちを呼んだ。

 四人の護衛はしぶしぶバルコニーに出てきて、チーフがジャミーラの横に並んだ。

「あの西の方角に見える森。ぼんやりと赤く光っていますでしょ?あそこで、祭りが行われています」

 ジャミーラは右手で遠くを指し示した。その先にはほんのり赤く輝いている一体がある。真夜中であるから、明かりはほとんど点いていない。だからこそ、その赤が目立った。そこが例の祭りが行われている場所だった。

「あの町外れの森ですね? でも、なぜあんな森で?!」

 チーフは顎を撫でた。

「一度踏み込めば二度と戻れない。そんな怪談話が絶えず、国民はあの森に近づこうとしない。それなのに、祭りが行われていると言うのですか?」

 ジャミーラより背の低い、童顔の護衛が言った。

「ええ、私はそこまで見に行きました。ですが、祭りというより、儀式かもしれません」

「儀式、と言いますと?」

 チーフが尋ねる。

「なんとなくの勘です。なんだか、人間でないものと交わるためのもののような。はっきりと理由は言えませんが、恐ろしい何かが起こりそうな気がします」

 ジャミーラは一歩、二歩、と静かにさがり、部屋の中へ戻っていった。少しでもあの森から遠ざかりたいとでも言うかのように。ただ、彼女ははっきりとこう言った。「それでも楽しそうな祭りです」

「ジャミーラ様。あなたの話が嘘であれ本当であれ、明日にはあの森を訪れてみることにします。その後、我が陣営があなたとどのような関係を持っていくか結論を出すことにしましょう」

 ジャミーラの後にしたがい、護衛隊チーフも部屋の中へ入ってきた。

「分かりました。良い結論が出たなら、祝い酒でも持ってきましょう。お兄様は現実から逃避したいらしいから」

 ジャミーラはベッドサイドテーブルに置かれた一冊の本を手に取った。それは神々と怪物たちの伝説・伝承が収められた本だ。

「お酒を飲んで、一時でも嫌なことは全て忘れてくれるといいですわ」

 彼女はしおりがはさまれたページを開いた。ちょうど新しい章が始まるページで、題名は「シュドラの宴」というものだった。

「本といったら、現実的な本を読んで、神話・伝説といったものは読まなかったものを、最近になってそういったものを読み出したのです。気を張り詰めて、お疲れになっているのでしょう」

 ジャミーラの横に並び、護衛隊チーフがこぼした。

「でも、こういった本だって素晴らしいアイデアを提供してくれます。例えば、シュドラは美しい女性の姿で宴を開き、そこに迷い込んできた男を心行くまで楽しませて、男がすっかり気を許したところで食べてしまう、という怪物。ならばこれを手本に、ターミル兄様が行動を起こすまで、私は美女を集めてアサド兄様を喜ばせ、兄様の警戒心を緩めておきましょう。そうすれば、事も運びやすい、というものです」

 ジャミーラは本を閉じて、サイドテーブルに戻した。

「あなたを敵に回したくありませんね」

 感心したように護衛隊チーフが言った。

「では、これで私は」

 ジャミーラは僅かに頭を下げ、扉へ向かった。その背に、護衛隊チーフが幾ばくかの憂えを込めて、声をかけた。

「くれぐれもお気をつけ下さい。ターミル様があなたの身を案じていました」

 


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