プロローグ
この世界では、人には二種類あった。『力』を持つ者と持たない者。その見た目には全く分からない違いが人々の間に深い溝を生み出し、長く苦しい世界戦争が起こった。
終戦から二十年経ち復興が進む今も対立が消滅したわけではない。
ここ、世界最大の大陸「クレイノート」が良い見本であった。
大陸のとある町から少し離れた広い丘。そこでは盗賊たちが宴を開いていた。夜な夜な町を襲い、食料や金品を奪い取っては宴を開く、それが彼らの日常である。
そんなある日、盗賊たちがいつものように宴を開こうとしていたとき、見張りの一人が、たった一人でこの丘を通りかかっている少女を見た。
他の盗賊たちは、見張りの合図で近づいてくる少女の存在を知った。
「まだガキンチョ臭いが、女には違いねえ」
などと手下が叫ぶのを聞いて親玉と思しき大男が口を開いた。
「ちょっと物足りねえが、少しは楽しませて貰おうか。よし、お前! あのガキを連れてこい!」
「へい!」
親玉との命令を受けた盗賊の一人が、薄気味悪い笑みを浮かべながら少女に近づいて行った。
「お頭。あんなガキが好みですか?」
「別にそういうわけじゃないが、中にはそういう趣味の奴もいるだろう? だがそれ以前にあの服装、おそらく貴族の娘だろう。たっぷり身代金を要求してやる」
「なるほど、では殺さぬようにほどほどにしておくように伝えておきます」
親玉の男が「おう」と返事をした直後、男の悲鳴が辺りに響いた。
慌てて皆が近づくと、信じられない光景がそこにあった。
そこにはさっきまで、見当たらなかった深紅に輝いている槍を手にしている少女と、その槍に体を貫かれ絶命している盗賊の姿があり、盗賊たちはしばらくその場に固まってしまった。
少女は一旦、盗賊たちに目をやったもののすぐにその場を立ち去ろうとした。
それを見た親玉はハッと我に返り、
「に、逃がすな! あいつを捕まえろ!!」
と声を荒げて、手下たちに命令した。
親玉の言葉に押された部下の盗賊たちは少女たちに殺到した。それに気づいた少女は慌てることなく、盗賊たちと対峙した。そのとき彼女の持っている槍がみるみる姿を変え、双剣へと変化したではないか。
彼女は双剣を構え直し、向かってくる盗賊たちを薙ぎ払っていった。
圧倒的な少女の強さに盗賊は怯えだし、武器を捨てて逃げ出した。だが、少女は容赦なく盗賊たちを斬り捨てていく。
「う、嘘だろ……」
親玉は言葉を失った。自分の手下たちが年端もいかないような少女の前に倒れていくのだ。
自分も殺される――それは悲観的観測ではなかった。
そうして、盗賊たちを全滅させた少女は親玉に近づいてきた。親玉は逃げようとするも、腰が抜けてしまい。ただただみっともなく後ずさりするだけだった。
「ま、待て! 町から盗んだものは全て返す! だから命だけは助けてくれ!!」
しかし、少女は親玉の命乞いなどに耳を貸さずに、先ほどのように双剣を槍に変化させながら近づいてくる。
「た、頼む! この通りだ!!」
親玉は恐怖のあまり、目からは涙が溢れ、更には失禁してしまった。
気が付くと親玉の目には穂先が突きつけられていた。もはや彼の命はこの少女が握っているといっても過言ではなかった。
「ねえ……」
そのとき、少女はようやく口を開いた。
「今まで欲望のままに好き放題やっておいて、命乞いだなんて……虫がよすぎると思わない?」
親玉の顔に絶望の文字が浮かんだのと同時に、少女の槍は親玉の体を貫いていた。血が迸る。声にならない悲鳴を上げた親玉はそのまま絶命した。
それを確認した少女が槍を引き抜いた同時に、それは空気に溶け込んで消えて行った。
「自業自得よ。地獄で後悔するのね」
少女は何も言わぬ骸となった親玉に向かって呟いた。
そして少女はまた、町へ向かって歩き出した。
「……世も末ね。言える立場じゃないけど」
少女の呟きが、風に千切れた。