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第二話(応援) 6

6.


 壁の時計が十二時を少し過ぎたのに気付き、書類を纏めあげ、席を立とうとした。

 昼食に行こうと席を立つと同時にタイミング良くというか、悪いというか目の前の電話のランプが点滅を始めた。追いかけるように電子音も喧しく鳴り始める。

 はいはい、心で呟いて受話器に手を伸ばす。どうせ、あの女どもは、と毒づきながらそれでも振り返る。サッと辺りをみるが、やはり誰も電話を取ろうとしない。

 やれやれと駿平は溜息をもらすと「はい、愛のキューピット。ハッピー♪ ハッピーパートナーです」嫌でも営業の声で応える。やっぱり馬鹿げている。

 ――もしもし。

「はい、こちら愛のキューピット。ハッピー……」

 ――野呂さん!

「あ、はい。野呂ですが」

 ――あの、矢倉です。

「あ、矢倉さん!」

 ――やっぱり、野呂さんでしたね。なんとなくそんな声だと。

「そうですか?」

 ――ええ。

 矢倉さんに会ってから、あれから二週間が過ぎた。秋山さんからは連絡はないが、彼女からの連絡は、久しぶりだった。

 あの後、すぐに二人がどうなったかを知りたかったが、課長が「止しておけ。そっとしておけばいいんだ。あとは二人が決めることだ」と言われたことで連絡をしなかった。それにあの女から言われたことが一番引っかかったからだ。勝手にお節介しないで! 何が『お節介しないで』だ。大体何もしないでその言い草はないだろう。だが、そうかも知れない。男と女の背中をそっと押してあげれば、それで十分なはずだし、世話焼きすぎても。

 ――ありがとう。

「え? ああ、はい」納得していてもあの女のことを思い出しただけで腹立たしさが込上げ、しどろもどろになりかけた。

 ――あの、ありがとうございました。あの後、改めて彼から連絡を貰いました。会ってじっくりと話し合う事ができ、お互いの関係は一層深まりました。皆さんに彼への勘違いを解いて貰ったことがとても大きかったです。

「あ、そんな事無いですよ」

 ――いえ、皆さんのお陰です。それに藤原さんにも大変お世話になりました。何度かお会いしました。その時に彼の事を更に詳しく教えて貰いました。そうだ、藤原さんいます? お礼を。

 一瞬、ガクッと来た。なんと? 藤原のお陰? あの女がいったい何をしてくれたと言うのだ? 今回の件は俺と課長とで仕組んで遣り終えた、と思っていたのにあの女?

駿平たちの仕組んだことが茶番劇で、取り越し苦労していたことを思い知らされた。

「あの、藤原は今、不在で……」

 ――あれ? 訊かれてないのですか? 母の事も彼の事も。

 何の話だ?

「すみません。一体?」

 ――いいえ、こちらこそ。母の病気のことで日頃、精神的に私、参ってまして……。実は先週、母を病院に連れ立って行った時、病院で藤原さんと彼と一緒に待っていてくれました。突然だったのですが、母の手を引いて支える彼の後姿を見た時、なんと言うか、彼がいてくれるのだ、という気持ちにさせられ、とても支えられて幸せだと実感しました。 これなら、と強く実感しました。藤原さんのお気遣いがとても嬉しくて。あ、ああ、すみません。

矢倉さんは堪えて嬉しい気持ちを押し殺しながら話しているように受け取れた。

「そうでしたか」そうか、そうなんだ。あの女、勝手なまねを……。でも、洒落た粋なことを。

 ――あ、すみません。もうこんな時間。又、改めてお礼を。

「あ、いいえ。態々、そんな事大丈夫ですよ。それより、今度こそは!」

 ――ええ、わかってます。では、本当によろしく藤原さんにお伝え下さい。そうだ、あの言葉も頷きました。

「はい? なにか」なんだなんだ、あの女にって、一体なんなんだ。

 ――ええ、一人より二人。女は愛されて幸せになるのだ、と。私、なんだか頷いていました。

 少し考えた。「――そうですね。うん、そうでしょうね」そうかあ、そうかもな。あの女。

 あの女の言った台詞。なんとなく頷ける。まあ、偶には良いこと言うものだ。

 ――今度、正式に二人のこれからのことを報告に参ります。じゃ、失礼します。あ、それから、もう一つ。私、お酒を飲むとちょっと……。まあ、あの今後は自重します。

「あ、はい、ではお待ちしていますよ」

 電話を切ると椅子に深く座る。

 矢倉さん酒になにか問題あり、なのだろうか? 酒飲んで記憶無くなる、とか。酒癖?

 そうだ。思い出したように椅子から尻を浮かべながら後ろを振り向き、あの女をつい捜そうとした。

「わ!」ビックリした。退いて机に尻餅をつく。その勢いで机の書類をぶちまけた。

 目の前にいたのは課長が指二本をつき立て、歯グキを剥き出しニンマリとして突っ立っていた。

 いつもいつも、いったいどうやって後ろにいるのか? まったく気配を感じさせない油断ならないおやじだ。

「と、言うことで」短い言葉の後、山根は踵をかえすと首だけ振り返り、なにしてるんだ? 早く来い! 駿平に言いたげだ。

 何が、『と、言うことで』なんだ? まったく、どうにもこうにも。ふざけたおやじ。腹で毒づく。

 それにしても『一人より二人』か……。あの藤原の一言。

 いつもの足取りで、いつもの階段の踊り場へと煙に巻かれる為に向う山根。

 課長の後に続き、藤原の台詞を反芻しながら駿平はとぼとぼと歩く。

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