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第三話(騙す) 10

10.


 空を見上げた。

 夏の夕方、西の空はまだ明るく薄青い。

 紗江子はいつもの待ち合わせだった場所に立つ。

どうしてここへ足を運んだのだろう。ここへ来ても、もう何もないはずなのについ、足を運んでしまった。

 ふと視線を感じる。ゆっくりと首を捻るとバス停横にいつも立っていた彼女が一緒に並んでいた。いつのまに? 私の顔をじっと見て首を傾げる。そのまま空を見上げた。

 そうか、そんな時間だったわね。あなたはこの場所に毎日くるのね。これからもずっと――。

 紗江子も彼女の見上げる空に目を遣る。

「あたひ」突然、発した言葉に気付き、彼女に顔を向ける。彼女はずっと私の顔を見て笑うだけ。

ふいに真顔になる「おおこ」

「え?」

「わたいおおこ……」聞き取り難い発音で彼女は親指を突きたてる。

「なに?」耳を傾け聴きなおした。

「あ」空を見上げ、指をさす。

 噛合わない会話と続かない会話。難聴者? 彼女なりに何か懸命に伝えようとしている。

「なあない……」

「え、何?」

「ななない……」

「私の事? それって」

「さこお、なあない……」

「さこお?」

 彼女は自分の唇辺りを人差し指で差す。「さこ、さ・あ・こ」

「そっか! あなた、さこちゃんて言うの」

 初めてこの子と話した。名前も初めて知った。耳が不自由だから、その会話の言葉が聞き辛いのだ。

「なひていい。えへへへ、おかーあん、いいて。なひていいって」

「なひて? あ、そうね、おかあさん、泣いていいって」涙が滲む、鼻を啜る紗江子に差出されたタオル。紗江子はいつの間にか涙が溢れ、頬を伝っていることに気付く。

差出されたタオルは熊の絵柄がプリントされていた。その熊のプリントに懐かしさが甦る。子供の頃、母と二人で歩いたデパートでのこと。ショーウインドに飾られた動物絵柄、刺繍で縫われ、青色の色彩が鮮やかなワンピースを縋り強請って泣いた記憶を思い出していた。精彩な青色が子供の頃に焼きついている。

「ひほーひ、くも」又、空を指差し、彼女が唐突に話す。

「明日は雨かな……」そう言いながら紗江子も彼女に倣って空を指さす。見上げると青々とした空に飛行機雲が伸びている。

 そうか! なんで今頃気付いたのだろう。彼女の仕草。いや仕草ではなく手話だったことを。

「ねえ、あの時、私にしてくれた手話覚えている? 私に――」ゆっくりと、口を大きく彼女に伝わり易いように話す。

 首を傾げ、少しポカンとしていた彼女がコクリと小さく頷き、下唇をひと舐めして両肩から全身を動かし始めた。

人差し指で私を指す。親指……、人差し指と人差し指を立ててあわせる……、小指を立てると指三本。それから小指を向ける。

 何を意味しているのか分からない。手話の意味が分からないけれど、何か意味あることを私へ伝えたかったはず。

この子、もしかして予言めいたこと。直感も優れているのだろか? 彼のこともきっと早くから見抜いていたのかもしれない。だから、私に信号を送ってきていたのだろう。きっとそうに違いない。注意したほうが良い、――と。

 親指……? 小指を立てる……? 指三本……? それから小指……? 親指、小指、指三本、小指。何かを意味する手話なのだろうなあ。親指は分かる。恐らく男だろう。――そうか、気にかけていたのだろう。あの人、あの男のことに違いない。

「ありがとうね。次こそはきっといい男だからね」紗江子は彼女に向けて言う。

 一度はしまい込んでおいた気持ちだけど、やはり一人より二人だね。ささくれた気持ちばかりじゃ寂しい。

 空を指差したまま彼女は笑う。穏やかな笑顔が紗江子に目に映る。

 紗江子も又、空を見上げる。

 清んだ青色からオレンジ色へと薄っすらと変わりかけている空の境目に飛行機雲が白い線を引く。


 あり得ないようであり得る特別でない普段の話。

 綺麗な恋愛だけでなく、男と女は出会いに飢えています。コミカルに展開していくストーリーですが、少子高齢化が進む中、とても深刻な問題です。

 悪い噂があるにしても、その担い手となる結婚ビジネスは現代社会で重要な位置づけであることを伝えたいと思います。

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