第三話(騙す) 7
7.
「どうしたのよ? 紗江子。何か元気ないじゃない」
「え――、そ、そんなことないわよ」
何気ない蒼井の言葉に狼狽した。
蒼井から声をかけられなくても胸の奥深いところで何かが壊れていくようなものを感じている。黒岩に言い張ったことに自信を失くしている。それどころか考えれば考えるほどやはり彼に不審感を抱き始めている。なぜだろう? あれほど詰め寄って全面的に彼を救いたい一心だったのに、今は不安の一言。
布に垂れたインクが繊維との隙間を絡まるように急速に滲んでいく。拭い去れない不安。重なる繊維に滲む液体を押さえつけても速度は落ちるもののジワジワと広がりは止められない。今は胸いっぱいに広がる前になんとか食い止める手段のなさに足掻いていた。
「ちょっとちょっと! その薔薇の茎、短すぎるんじゃない?」
薔薇の茎がテーブルに散乱している。考え事のせいで手に持つ剪定ばさみで無意識に切り刻んでいた。
「あ、すみません」ゴソゴソと慌てて両手で薔薇の茎をかき集める。
「いっ!」棘が右手の小指に刺さる。痛みが走り、思わず小声が洩れた。
「だから、紗江子。本当に大丈夫? ここ最近変よ。しっかりして頂戴。彼氏が出来て上手く言ってるからといって、もう願いよ! 来週は忙しくなるからね。分かってる?」蒼井が紗江子の横に並んで薔薇の棘に注意を払いながらかき集める。
「大丈夫。私片付けます。それから――」
「どうかした?」
「今日はもう早引きしてもいいかしら?」かき集めながら申し訳無さそうに紗江子が聞く。
「まあ、いいけど……。どこか具合でも悪いの?」
「ええ、まあ。――じゃ、これ捨ててきますね」かき集めた商品にならない薔薇の残骸を外の塵箱に流し込む。
蒼井には言えそうにない。山ちゃんに無理言ってお願いした手前、彼女の立場がない。