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第三話(騙す) 5

5.


「ただいま戻りました」ドアを押し開けると同時に発した疲れた声。

 ヘトヘトだ。とても疲れた。こう蒸し暑くちゃ身が持たん。

 鞄を机に乱暴に置くとエアコンの噴出し口まで歩き、火照った自分の顔を冷気に晒す。そろそろ梅雨も近づいているのか、ここのところ蒸し暑い日が続く。

「駿平! これ見て!」

 なんだ。事務所に戻るなり呼び捨てか? うざい奴だな、それでも女の端くれか。まったくもう、毎度ムカつく女だ。無視すると喧しいことこの上ない。

「はいはい」奈津美へと振り返りながら首に纏わりつくシャツに指を突っ込む。べとつくシャツを浮かせながらネクタイも緩める。それでもその場で涼んでいた。

「先週の領収書、あれ駄目だからね。あれじゃ処理できないし、課長の承認印もないし」モニターに釘付け状態、こちらを見向きもしないで叫ぶ。

 その言い草にムッとした。そんなことぐらいで、いちいち呼び捨てるな。課長があれで処理しろと指示してきたというのに、駿平は唇を歪め奥歯を噛み締めると両手の拳に力が篭る。肩に力が――。

「なにしてるのよ? ぼーっとしてないで、早く早く!」

 お前、自分勝手な奴だな、言いたい事いって。こめかみに血管が浮き出るのが自分でも分かる。

「分かったよ」我慢して奈津美に歩み寄る。何故、おれがここまでして我慢しなきゃならないのだろうか? けれど、どういう訳だかムカつく割には奈津美に従っている自分がいる。

「見てみて! これ」

 見下ろして奈津美の指さすモニターへ顔を近づける。大手インターネット検索サイトの芸能・事件記事の画面に大きく目立つ赤文字で「相沢紀香、離婚! 破格の慰謝料?」――読み上げたと同時に後頭部をいきなり叩かれた。気持ちよい音が事務所に響く。

「何! する?」振り向き、思わず殴り返そうと首を持ち上げた。

「どこみてんのよ! ここよ! ここ、ここ」モニターの画面隅をコツコツと叩く。

 痛たー、後頭部を擦りながら睨み返した。奈津美は駿平の視線を無視して言う。

 鼻息荒く、奈津美の指さす場所に投げやりに目をやる。しつこく奈津美は指をさす。よくよく見る「いったい、なんなんだよ?」

 奈津美の指先、モノクロの男の写真がある。

 ん? これって、なになに指名手配? なんだ?

「指名手配? で、この男が?」

「ええ! わからんの? あんたって人は。――本当にうちの社員?」

「はぁ? 何いってんだよ。え!」

「いい、この男の顔。見覚えない? あんたの知っている奴だよ」語気を強める奈津美。

 もう一度、モニターの隅に映る親指ほどの男の顔をじっと見つめた――。それでも思いつかない。

 暫くして「あ!」固唾を呑んだ駿平は言葉を失った。

「分かった! そう」前から知っていたかのような奈津美の口ぶり。

「この人? え! なんで?」まるで言葉になってない。

「この男?」この男と呼び捨てしても良い、と言える犯罪に関与している男ということだ。「この男、って本当にあの人? 似た人じゃない?」なぜか信じきれないし、咄嗟のことで男の名前が出てこない。

「いや、絶対に間違いない!」言い切る奈津美の顔は強張っている。

 世の中に似たような人間は居る。それにモニターの写真も鮮明ではない。半信半疑の気分だ。しかし、もしこの男がそうだとしたら、何故ネットにまで掲載されるほどなのか。表沙汰までする必要性があるのだろうか? まさかうちの会社に関る事態になるのか改めて記事を読み直す。

 記事性としては在り来りで割とよく聞くものだが、指名手配のこの男の起こす被害数が相当なものである。恐らくその記事性としてネット検索会社の事件記事に取り上げられたものである。それも共犯者がいるようだ。

「本当にこの記事――、がせネタじゃないだろうな」

「なに、言ってんのよ。ここまで掲載するのだから、がせネタではないと思うわ」

 しかし、参ったな。これが本当なら――。でも、早急に究明しなきゃならない。本当にどうしたものか。

呻っているばかりだ。

「ところで課長は?」

「出張中よ! 中国。一昨日からよ! あんた訊いてなかったの?」呆れて言い放つ。

「は、そうか。そうか……」国際結婚の縁組の付き人で一昨日から中国に出かけたばかりだ。いつもの あのおやじの話半分しか訊いていなかったから、仕方ない。

 言葉も続かず駿平は腕を組み、虚空を見上げ顰めっ面で鼻に皺を寄せる。

 この男は俺が担当だ。

 靴先をコツコツと叩き考える駿平。考えが思い浮かばない。しかし、ことが本社に知れ渡る前に何とか手を打ち、穏便に終えなければ。

――果たして上手くいくだろうか。

「とにかくこの男の入会時の資料を取り出し洗い出す。それから気付かれないように男と接触する段取りを」

「で、その後は?」大丈夫かといった不安な目つきを奈津美は投げかける。

「いや、まだ考えてない」駿平の目が泳ぐ。

「やっぱりね。大丈夫? そんなので」駿平をたしなめる。

「このことはまだ警察には、――分かるだろ。とにかく今は自力で出来ることをやる」

「ええ、でもあまり時間をかけられないからね」いつもの口調で相変わらず俺の上司気取りか。

「急いで、課長に連絡を取っておいてくれ」


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