第三話(騙す) 4
4.
二週間後の金曜日、夕方。いつもの待ち合わせ場所。
手首を返し、腕時計を見る。時計の針は午後六時を丁度さしている。久しぶりに彼と会える。昨晩、香港から帰国したばかりで疲れていないかしら。送られてきたメールを読み返す。
彼とはほとんど携帯メールで連絡を取り合っている。仕事柄、メールのほうが都合よいらしい。先週は出張でメールすら出来なかった。本当は日頃から会ったほうが良い、ゆっくりと話すことができる。それにそろそろ今後の二人のことをゆっくりと話したいと思っていた。しかし、昨日のメールでは来週からまたシンガポールへ出張するらしい。それも二週間ほどみたいだ。今度の出張は牛革製品の輸入買い付けで現地コーディネーターと終日同行らしい。当分又、メールも出来ない。
携帯をバッグに終いながら……。あれ、今日は居ないのかしら? ふと思い出したようにバス停辺りを見遣る。いつもならあのバス停の横で空を見上げいる女の子が今日は居ない。最近は知っている友達のように気にかかる。けれどいつも彼女の不可解な仕草についても気にかかっている。手をあれこれしていたことくらいしか思い出さない。それより何かあったのかしら、何もないとよいのだけれど……。
バッグに入れてある携帯がブルブルと振動して鳴り始めた。彼かもしれない。探って取り出し液晶表示を見ると一瞬見覚えのない番号に首を傾げ戸惑う。番号の記憶を呼び起こす。――そうだ、結婚相談所『ハッピーパートナー』からだ。
携帯の通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし、花田ですが」
――花田紗江子さんのお電話ですか?
「あ、はい」
――『ハッピーパートナー』の野呂です。その後お変わりありませんか?
「え? あ、はい」
――良かった。頑張って下さいね。あ、いや無理せず上手くお互いの気持ちを育んでくださいね。
「ええ、上手く。そうですね」
少しばかりのやり取りを交わし二人の状況やお互いの気持ちを野呂に伝えた。
――じゃ、吉報をお待ちしておりますよ。あ、すみません。プレッシャーな言い方でしたね。何かあれば言ってください。
通話を終えると携帯電話を握ったまま軽く溜め息を吐いた。
野呂という男は私の幸せを素直に喜んでいるようだわ。
「紗江子さん、遅れてすみません」バッグに携帯電話をしまうと同時に名前を呼ばれた。
少し驚き、振り返るとそこに黒岩が立っていた。つい腕時計をみた。午後六時を少し過ぎたところ、相変わらずの台詞と時間に正確だわ。
「すみません。時間間違えていましたか?」
「あ、いいえ」
胸を撫で下ろし「この前は本当に助かりました。隆志もほうもなんとか落ち着いて本当に助かりました」黒岩は深く頭を下げる。
「そうです、良かった」
灰色の紙袋を上着の懐から取り出し、紗江子へゆっくりと差し出した「お借りしたお金です。早くお返ししないと、と思いましてね」
「え! そんな、私。でも、大丈夫なのですか? ありがとう」
「何を言っているんですか。私こそ本当にありがとうございました。回りの目があります。早くしまって下さい」
「ええ、わかりました」目の前の紙袋を慌ててバッグの底辺りへ押し込んだ。
紗江子がバッグのファスナーを閉じるのを確認してから「じゃ、今日はなに食べますか? 大丈夫ですよ。すっからかんじゃありません。今日は遠慮しないで」上着軽く叩く黒岩は頷く。
「はい、じゃあ、お願いします」
「紗江子さんの好きなものでいいですよ。そうだ寿司でもどうです? 取引先の接待で使った店があるんですが、きっと気にいりますよ」紗江子をみる黒岩の眼差しが強い。
「接待で使うほどの店なんて、とても……」
「心配は要りませんよ。任せて下さい」
黒岩は紗江子を伴いすぐに歩き始めた。