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翌朝の陽光は、スラムの窓から差し込んでも、埃と湿気でくすんで見えた。
黒澤メイは、いつものようにベッドの端に座り、スマホの画面を眺めていた。
振込通知。
700万円。
昨夜の仕事の報酬が、ぽつりと口座に追加された。
数字だけが冷たく光る。
母親はまだ眠っている。
咳は少し落ち着いていたが、顔色は土気色だ。
メイは静かに立ち上がり、ジャケットを羽織った。
今日はギルドへ行く日。
Deadly Dymesの「事務所」――渋谷の地下ではなく、今日は別の場所。
ケン・モリの私室。
渋谷の喧騒を抜け、高級マンションの最上階。
エレベーターが静かに止まり、扉が開く。
メイは廊下を歩き、指定された部屋の前で立ち止まった。
インターホンを押す前に、ドアが開いた。
「よう、新入りちゃん」
ケン・モリは、30歳そこそこ。
細身で、黒縁メガネの奥の目が優しげに笑っている。
黒いシャツにネクタイを緩め、部屋着のようなラフさ。
彼は唯一の男メンバーであり、ギルドの金庫番。
殺しはしない。
ただ、すべてを計算し、動かす。
「入って入って。
マヤとミミはもう来てるよ」
部屋は広かった。
白を基調にしたモダンなインテリア。
壁一面のモニターには、株価と暗号通貨のチャートが流れ、
もう一面には、昨夜の廃墟の監視映像が静止画で映っている。
三人の死体が、溶け、腐り、窒息した姿で並ぶ。
リビングのソファに、マヤが優雅に腰掛け、ワイングラスを傾けている。
ミミは床に座り込み、ゲームコントローラーを握って叫んでいる。
「メイちゃーん! 遅いよー!
ケンさんがお菓子出してくれたのに、もう半分食べちゃった!」
ケンが苦笑しながらトレイを運んできた。
紅茶とクッキー。
普通の生活の匂いがする。
メイはソファの端に腰を下ろした。
ケンが彼女の前に座り、ノートパソコンを開く。
「まず、昨夜の仕事の評価。
完璧。
藤堂グループの残党が動きを止めた。
依頼主は大喜びで、追加ボーナス100万ずつ振り込んだよ」
ミミが飛び跳ねた。
「やったー! 800万!
これで新しい服買えるー!
メイちゃんも何か欲しいものある?」
メイは首を振った。
「…貯める」
ケンが頷き、画面をスクロールした。
「君のランクは今、B-。
あと二つか三つ、A級相当の仕事をこなせばAに上がる。
Aランクになると、単価が平均で三倍になる。
Bランクの今でも、昨夜のは上位案件だったからね」
マヤがグラスを置いて言った。
「で、次はどうするの?
あたし、そろそろ飽きてきたわ。
もっと派手なのが欲しい」
ケンが微笑み、ファイルを一つ開いた。
「ちょうどいいタイミングだ。
今朝、入った依頼。
高額。
標的は一人。
でも、護衛が二十人以上。
場所は、六本木のプライベートクラブ『エクリプス』。
地下三階のVIPルーム。
依頼主は匿名。
報酬、合計4500万。
成功報酬制で、失敗したらゼロ」
ミミの目が輝いた。
「4500万!? すっごい!
誰なの、その標的?」
ケンが写真を拡大した。
50代半ばの男。
鋭い目つき、銀髪をオールバックにした、冷徹な顔。
「伊集院恭一。
表向きは不動産王。
裏では、人身売買と臓器取引のネットワークを牛耳ってる。
警察も政治家も買ってるらしい。
殺せば、かなりの勢力が動揺する」
マヤが唇を舐めた。
「面白そうね。
でも、二十人以上の護衛?
普通の女じゃ無理よ。
あたしたち3Mでやる?」
ケンが首を振った。
「今回は、四人。
リナも入れる。
彼女の脚締めが、群れを崩すのに最適だ」
メイは静かに言った。
「…いつ」
「今夜。
21時集合。
エクリプスの裏口から潜入。
リナがセキュリティをハックするから、カメラは死んでる」
ケンがメイをまっすぐ見た。
「メイ。
君のスキルは、狭い空間でこそ輝く。
VIPルームは密室。
伊集院を立たせて、脚を上げて狙う。
一撃で溶かせば、護衛の混乱を誘える」
メイは頷いた。
心臓が、少し速く鳴っている。
4500万を四人で割っても、一人1125万。
これで、母親を海外の専門病院へ。
スラムを出て、綺麗なマンションへ。
それが、目前にある。
ミミがメイの手を握った。
「メイちゃん、今日も一緒に殺そうね!
あたし、伊集院の顔にべっちゃりかけてあげる!
毒便で、内側から腐らせちゃうよ♪」
マヤが立ち上がり、ヒールを鳴らした。
「ふん。
あたしは最後よ。
一番苦しんでる顔に、優雅に座ってあげる。
窒息死って、芸術的でしょ?」
ケンがパソコンを閉じた。
「準備は各自で。
21時、六本木で。
失敗は許されない。
…それと」
彼は少し声を落とした。
「この依頼、Leonard Damionの名前がちらついてる。
直接じゃないけど、依頼主の裏に影があるらしい。
気をつけて」
三人は一瞬、静かになった。
Leonard Damion。
まだ会ったことはない。
だが、その名前はすでに、重くのしかかっている。
メイは立ち上がった。
「…行ってくる」
外へ出ると、夕暮れの空が赤く染まっていた。
彼女はスカートの裾を軽く払い、踵を鳴らして歩き出した。
今夜、また殺す。
今夜、また、金を手に入れる。
そして、少しずつ――
頂点へ近づく。
心の奥で、黄金色の奔流が、静かにうねっていた。




