X12X
雨は一晩中降り続いた。
池袋の廃倉庫から出た四人は、血と雨に濡れた体で夜の街を歩いていた。
メイの腕の傷はまだ疼き、ジャケットの裂け目から赤黒い血が滲んでいる。
ミミは腹の傷を押さえながらも、笑顔を崩さなかった。
マヤは髪を乱暴に払い、リナは棘姫の携帯を握り締め、沈黙を守っていた。
ケンの車が待っていた。
四人が乗り込むと、ケンは無言でエンジンをかけた。
バックミラー越しに、傷だらけの顔を見た。
「…棘姫、死んだな」
リナがタブレットを操作しながら、静かに答えた。
「死にました。
再生速度を上回る連続ダメージで、限界を超えた。
でも、最後のメッセージが…」
彼女は画面をケンに見せた。
《真の棘は、まだ生きている。 Deadly Dymesを、血の海に沈めるまで、追う》
ケンが眉を寄せた。
「紅葉、か。
Crimson Thornの真のリーダー。
緋夜も棘姫も、彼女の傀儡に過ぎなかったらしい。
紅葉は表舞台に出ない。
誰も顔を見たことがない。
ただ、噂だけが残ってる」
ミミがシートに体を預け、弱々しく笑った。
「噂って、どんなの?
すっごく強い子なの?」
ケンが声を落とした。
「『血の女王』。
彼女のスキルは『絶対血操』。
半径五十メートル内のすべての血液を支配できる。
自分の血はもちろん、他人の血も。
心臓を握り潰し、血管を破裂させ、血を武器に変える。
殺した相手の血を吸収すれば、さらに強くなるらしい」
マヤが唇を歪めた。
「ふん。
血を操るなんて、下品にもほどがあるわ。
あたしの優雅な窒息と比べたら、子供の遊びよ」
メイは窓の外を見たまま、呟いた。
「…殺せるか」
ケンが首を振った。
「わからない。
紅葉は今、姿を消してる。
Crimson Thornの残党十九人も、彼女の指示で動いてる可能性が高い。
今夜の棘姫戦で、Deadly Dymesの存在は完全に敵認定された。
これから、奴らは狩る側じゃなく、狩られる側になる」
リナが言った。
「棘姫のデータから、紅葉が最後に確認された場所は新宿の地下街。
巨大な廃墟ビル群の下。
そこに、Crimson Thornの最後のアジトがある可能性が」
メイの瞳が冷たく光った。
「…行く」
ミミがメイの手を握った。
傷口が痛むが、彼女は笑顔のままだった。
「メイちゃん、一緒だよ。
紅葉って子も、溶かして、腐らせて、締めて、座っちゃおう。
あたしたち4人で、絶対勝つから」
マヤがため息をつきながらも、にやりと笑った。
「まあいいわ。
女王だろうがなんだろうが、あたしの下で息絶える運命は変わらない。
今夜は休んで、明日の夜、新宿へ向かう」
ケンが封筒を後部座席に投げた。
「棘姫の報酬、1500万。
一人375万。
振り込みは明日。
…それと、気をつけろ。
紅葉が本気で動き出したら、普通の仕事じゃ済まなくなる」
車がスラムの外れで止まった。
メイは一人降り、雨の中をアパートへ向かった。
部屋に入ると、母親は眠っていた。
咳は少し落ち着いている。
メイはベッドの端に座り、傷口を消毒した。
血が止まらない。
棘の傷は、普通の切り傷より深く、治りが遅い。
彼女は黒いカードを手に持った。
《Deadly Dymes》
今夜、棘姫を殺した。
再生する体を、黄金の酸で溶かし尽くした。
その感覚が、まだ手に残っている。
殺すたびに、体が軽くなる。
心が、少しずつ冷たくなっていく。
スマホが震えた。
知らない番号からのメッセージ。
《お前たちは、私の血を汚した。
姉を、妹を、仲間を奪った。
今度は、私がお前たちを狩る。
紅葉》
メイの指が、わずかに震えた。
だが、すぐに表情を消した。
彼女は返信を打った。
一言だけ。
《待ってる》
送信。
画面が暗くなる。
外では、雨が激しく窓を叩いていた。
どこか遠くの闇の中で、紅い瞳がゆっくりと開いた。
紅葉は、廃墟ビルの最深部にいた。
赤いローブを纏い、長い黒髪が床まで届く。
彼女の周りで、血が静かに浮遊していた。
まるで生き物のように。
「…Deadly Dymes」
紅葉の唇が、ゆっくりと弧を描いた。
「黄金の酸、毒の糞、脚の絞め、尻の圧迫。
どれも、血の前では無力。
お前たちの命を、すべて私のものにする」
彼女の指先から、赤い糸が伸びた。
それは、新宿の地下街を這い、Deadly Dymesの四人を、ゆっくりと包囲し始めていた。
復讐の夜が、本当の意味で始まった。




