X10X
雨が止まない東京の夜。
廃デパートの地下ホールから出た四人は、血と尿と糞の臭いをまとって路地を抜けた。
メイのジャケットの袖は切り裂かれ、赤黒い血が乾き始めている。
ミミの肩にも浅い傷が走り、茶髪が雨に濡れて張り付いていた。
マヤは優雅に髪を払いながらも、唇の端に苛立ちを浮かべ、リナは眼鏡の水滴を拭い、冷静に周囲を警戒していた。
ケンの待つ車が、路地の奥でエンジンをかけていた。
四人が乗り込むと、ケンはバックミラー越しに一瞥した。
「…生きて帰ってきたな。
緋夜の死体は確認した。
Crimson Thornのリーダーが死んだ今、残党は散り散りになるはずだ」
ミミがシートに体を沈め、息を弾ませながら笑った。
「やったよ、ケンさん!
三十人全員、片付けた!
メイちゃんの黄金シャワーで溶かして、あたしの毒便で腐らせて、リナちゃんの脚で締め上げて、マヤさんが最後座って!
完璧すぎて興奮しちゃった!」
マヤがため息をつき、ミミの頭を軽く叩いた。
「下品な自慢はいいから。
確かに勝ったけど…あの血の棘、予想以上に厄介だったわ。
緋夜一人で倒せたけど、もし本隊がもっと組織的だったら、危なかったかもね」
リナがタブレットを操作しながら、静かに報告した。
「緋夜の携帯から抜いたデータによると、Crimson Thornの総勢は五十人前後。
今夜で三十一人を殺した。
残りは十九人。
ただ、拠点は他にも三箇所あるらしい。
原宿以外に、池袋と新宿に隠れ家。
資金源の取引先も、まだ生きてる」
メイは窓の外を見たまま、呟いた。
「…根こそぎ潰す」
ケンが頷き、封筒を後部座席に投げた。
「今夜の報酬、3000万。
一人750万。
依頼主は大喜びだ。
Crimson Thornが潰れれば、Deadly Dymesのシェアが一気に跳ね上がる」
ミミの目が輝いた。
「750万!? すっごい!
メイちゃん、これでスラムのボロアパートともおさらばだね!
一緒に新しいマンション探そうよ!
殺しの後のシャワー浴びて、二人でゴロゴロしてさ♪」
メイは小さく息を吐いた。
750万。
母親の治療費がさらに半年分。
都心の1LDKなら、頭金も貯まる。
だが、心の奥で、何かが疼いていた。
もっと。
もっと金が欲しい。
もっと殺したい。
車がスラムの外れで止まった。
メイは一人降り、他の三人に軽く頷いた。
「…明日、また」
ミミが手を振った。
「おやすみ、メイちゃん!
夢の中で一緒に殺そうね!」
アパートに戻ると、母親はまだ起きていた。
布団の上で、弱々しく微笑む。
「メイ…おかえり。
今日も遅かったのね。
お金、ありがとう。
先生が、来月から新しい薬を試せるって…」
メイは無言で母親の額に手を置き、ベッドに腰を下ろした。
ジャケットを脱ぐと、傷口が疼く。
血の棘の跡は、赤く腫れていた。
彼女はポケットから黒いカードを取り出し、指で撫でた。
《Deadly Dymes》
今夜、三十一人を殺した。
緋夜の血の支配が、最後に一瞬だけ心臓を握り潰そうとした感覚が、まだ残っている。
だが、彼女は負けなかった。
黄金の奔流が、すべてを溶かした。
翌朝、事務所。
ケンが新しいモニターを投影した。
Crimson Thornの残党リスト。
十九人の名前と顔写真。
「残りは散発的な動き。
でも、一人だけ厄介なのがいる。
『棘姫』――緋夜の妹分。
スキルは『血の再生』。
傷を即座に癒し、血を武器に変える。
今、池袋の隠れ家に潜伏中らしい」
マヤが唇を曲げた。
「妹分?
ふん。
姉を殺したあたしたちに、復讐に来るつもりかしら。
面白そうね」
リナが言った。
「棘姫は単独行動が多い。
今夜、彼女が取引先のヤクザと会うらしい。
場所は池袋の廃倉庫。
ここで仕留めれば、Crimson Thornは実質壊滅」
ミミが拳を握った。
「じゃあ、今夜も行こう!
棘姫ってどんな子かな?
あたしの毒便で腐らせても、再生しちゃうのかな?
それなら、メイちゃんの酸で溶かして、リナちゃんの脚で締めて、マヤさんが座って!
完璧!」
メイは静かに立ち上がった。
「…今夜、終わらせる」
ケンがファイルを渡した。
「報酬は1500万。
棘姫一人でこれだけ。
失敗したら、復讐の連鎖が始まる可能性がある。
気をつけろ」
四人は事務所を出た。
外はまだ雨が降っていた。
メイは傘も差さず、冷たい雫を浴びながら歩き出した。
池袋の廃倉庫へ向かう道中、ミミがメイの腕に絡みついた。
「メイちゃん、棘姫ってどんな殺し方するんだろうね?
あたし、楽しみ!
だって、殺し合いって、一番ワクワクするもん!」
メイは無表情で答えた。
「…殺すだけ」
夜が落ちる。
廃倉庫の鉄扉が、錆びた音を立てて開く。
中は暗く、雨漏りが床を叩いていた。
中央に、一人の女が立っている。
赤いジャケットとスカート。
長い銀髪。
瞳が、姉と同じ赤く燃える。
棘姫が静かに言った。
「…姉を殺した女たち。
よく来たな。
今夜、お前たちの血で、姉の仇を討つ」
メイは右足を上げた。
スカートが捲れ、黄金の予感が漂う。
「…お返しは、溶かす」
棘姫の周りに、血が渦を巻いた。
再生する肉体が、すでに傷を癒しながら、棘を無数に伸ばす。
新たな戦いが、静かに始まった。
Crimson Thornの最後の棘が、
まだ、刺さろうとしていた。




