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第16話 舞踏会(ダンスは合意じゃない)

 招待状は、紙のくせに元気だった。


 金の縁取り。やたら強い封蝋。開ける前から「重要!」って顔をしてる。

 私は机の上に招待状を置き、深呼吸した。


(舞踏会。雰囲気が最強のやつ)


 舞踏会って、踊る場所だと思うじゃない?

 違う。踊っただけで「親しい」になる。笑っただけで「許した」になる。握っただけで「約束した」になる。


 紙が負ける瞬間が、普通にある。


 私はペンを握って、別の紙を広げた。

 舞踏会運用表。会場導線。控室。警備。対応窓口。緊急時の手順。


「……よし。胃の命綱、できた」


 そこへ窓がコンコンと鳴る。

 勝手に入ってきたのは、クラウディアだった。


「セシリア! ドレス、決まった?」


「決まってない。胃は決まってる」


「胃は何?」


「不安定」


「それは通常運転!」


 クラウディアは机の上の運用表を見て、目を丸くした。


「ねぇ、舞踏会って……踊る場だよね?」


「うん。私は票を踊らせる」


「えっ、票!?」


 私は机の端に揃えた紙束を指でトントン叩いた。


「ダンス申込票。持ち物預かり票。告発受付票。証言確認票。入退室記録」


「……舞踏会のロマンが、全部事務になった」


「ロマンは守るために整える」


 クラウディアが口を尖らせる。


「でもさ、踊らないと『感じ悪い』って言われるよ? この場、雰囲気に押し切られやすいよ?」


「だから踊るか踊らないかは雰囲気で決めない。理由で決める」


 そう言ったら、クラウディアが急に真顔になって、私の肩を掴んだ。


「セシリア。今、ちょっとかっこよかった。胃、鳴いてない?」


「鳴いてる」


「鳴いてるんだ……」


 クラウディアがしみじみしている間に、ミレイユが無表情で部屋に入ってきた。紙束を追加して、机の角を揃える。


「票、増えました。予備もあります」


「好き。今の好きは仕事の好き」


「さっきも言ってた」


「何回言ってもいい」


 ミレイユは淡々と頷いた。


「舞踏会は、騒ぎが起きやすいです」


「知ってる。だから準備する」


 私は運用表に大きく書き込んだ。


【舞踏会の基本】

・ダンスは申込票

・小物は預かり票(未預かりも明記)

・叫び声は受付票(勢いを止める)

・証言は確認票(証言と証拠を分ける)


「……よし。行く」


 クラウディアが小声で呟く。


「胃、大丈夫?」


「大丈夫じゃない。でも手順はある」


「それ、最強」


◇◇◇


 舞踏会場の前ホールは、きらきらしていた。


 笑い声も、音楽も、香りも、全部が「いい感じ」でできている。

 いい感じって、危ない。

 いい感じは、誰かの都合のいい感じでもあるから。


 私は紙束を腕に抱え、姿勢を正した。

 その瞬間、周囲の視線がふっと寄る。


(来た。視線の潮)


 そこへ、空気が一段固くなる足音。

 レオニス殿下が現れる。


 殿下は来賓に挨拶しながら、さらっと言った。


「本日の対応窓口はセシリアだ」


 ざわっ。


 わかりやすいざわめき。

 「え、あの子が?」のざわめき。

 胃が小さく反論する。やめて。


 殿下は続ける。


「決定事項は記録する。例外はない」


 空気の軸が一本立つ。

 軸があると、雰囲気が勝手に暴れにくい。


 私は一度だけ息を吸って、紙束を抱え直した。


(よし。窓口が固定された。これだけで入口が減る)


 クラウディアが耳元で囁く。


「殿下、強いね……」


「強い。助かる」


「セシリアの顔が“仕事する顔”になってる」


「今はそれでいい」


 ミレイユが控えめに付け足す。


「胃は?」


「後で聞いて」


◇◇◇


 開始直後に来たのは、ダンスだった。


 背の高い貴族の青年が、取り巻きを連れて私の前に立つ。笑顔が「当然」でできてる。


「セシリア嬢。ぜひ一曲」


 取り巻きがすぐに空気を足す。


「断るなんて失礼だ」

「舞踏会で踊らないなんて」

「殿下の窓口なら、なおさら」


(来た。雰囲気で押し切るやつ)


 私は笑顔で、ダンス申込票を机の上に置いた。


「承りました。お名前、時間、目的、同席者、了承の形をこちらに」


 青年の笑顔が一瞬だけ止まる。


「……目的?」


「はい。舞踏会は人が多いので、誤解が増えます。誤解を減らすために必要です」


 取り巻きが口を挟む。


「踊るのに目的なんて——」


「あります。挨拶と相談と紹介は違います」


 私は申込票の欄を指で示した。


【ダンス申込票】

・申込者:____

・相手:セシリア

・時間:__時__分〜

目的ひとことで:____

・同席者:____

・了承の形:口頭/記録どちらか


 青年はペンを持つが、目的欄で止まった。

 書けない。つまり、言えない。


「……まあ、いい。目的は“親睦”で」


「“親睦”は広いです。何を親しくするんですか」


 青年が目を細くする。


「……面倒だな」


 私は声を抑えた。静かに言う方が、空気が暴れない。


「面倒な方が誤解が減ります。誤解が減ると、あなたも困りません」


 背後でクラウディアが「強い……」と小声で震えている。


 青年はしぶしぶ目的を書いた。


「……“挨拶”。これでいいだろう」


「ありがとうございます。では挨拶として一曲。時間は今でよろしいですか」


 相手が頷く前に、私はさらっと付け足す。


「同席者は、殿下の許可のもとになります」


 青年が一瞬固まった。

 舞踏会で「殿下の許可」が出ると、空気がひとつ引く。


 青年は笑って誤魔化す。


「いや、いい。後でにしよう」


(はい、入口ひとつ閉じた)


 私は申込票を「未成立」にして、端を揃えて置いた。


◇◇◇


 次は、小物だった。


 更衣室前の廊下。人が少し混んだ瞬間。

 足元に、きらりと光るものが見えた。


 高価そうなブローチ。

 宝石が、悪い意味で元気。


 取り巻きの一人が、すぐに大きな声を出す。


「あっ! それ、あなたの!? 持ってたでしょ!」


(来た。拾わせて所持にするやつ)


 私はブローチに触れない。

 触れた瞬間、相手の思うつぼです。


 代わりに持ち物預かり票を取り出し、膝をついて、床のブローチを指さすだけで言った。


「これは未預かり、未受領として記録します」


「は? 目の前にあるのに?」


「目の前にあることと、受け取ったことは別です」


 私は票に書き始める。発見時刻、発見場所、発見者。

 周囲の視線が「拾え」「拾うな」で揺れる。

 揺れると雰囲気が増える。増えた雰囲気は、勝手に断罪に寄る。


 だから、私は枠を作る。


【持ち物預かり票】

・品目:ブローチ(外観:____)

・発見場所:更衣室前 廊下

・発見時刻:__時__分

・扱い:未預かり/未受領

・開封:なし(触れない)

・立会い:____/____


「立会いの方、こちらにお名前をお願いします」


 取り巻きが口を開けたまま固まった。

 立会いに名前を書かされると、人は勢いで叫びにくい。


 そこへ、別の方向から叫び声。


「盗んだ! その女が盗んだのよ!」


 会場の音が一段上がる。

 人の目が集まる。

 見世物が始まる。


(まずい。見世物になったら、雰囲気に押し切られる。そうなると相手の思うつぼだ)


 私は立ち上がって、受付机へ向かった。

 机の上に、告発受付票を置く。


「告発は受け付けます。今から受付として処理します」


 叫んだ女性が息を止める。


「は……?」


「告発内容を票に書いてください。誰が、いつ、どこで、何を見たか。証言と証拠を分けます」


 勢いが、そこで一度止まった。

 叫びが作業に変わると、見世物は途端に冷める。

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