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第14話 公開の場(拍手は証拠じゃない)

 派手な紙ほど、危ない。


 机の上の封筒は、金色の縁取りがやたら元気で、封蝋まで「私は重要です!」みたいな顔をしていた。

 こういうの、内容が重いんじゃない。雰囲気が重い。雰囲気の照明が強い。


(はい。公開の場。台本が一番強いステージ)


 封を切る前に、私は深呼吸した。

 呼吸より先に胃が鳴きそうだったけど、今日は我慢。今日は仕事。今日は手順。


 中身は、招待状と式次第と告知文。

 全部、紙だけは立派。紙が立派だと、人は勝手に信じる。

 でも、紙が立派でも、内容が正しいとは限らない。むしろ逆だったりする。


「……見た目が強い……」


 独り言が漏れた。


 そこへクラウディアが入ってきて、封筒を覗き込むなり眉を吊り上げた。


「うわ、キラキラ! 嫌な予感しかしない!」


「当たり。嫌な予感が正解の紙」


「紙が悪いんじゃないのにね」


「紙は悪くない。使い方が悪い」


 私は式次第を広げ、指先でトントンと叩いた。

 公開の場は、拍手が証拠みたいに扱われる。

 拍手は音が大きい。音が大きいと、確認が小さくなる。

 小さくなった確認は、消える。


(消えたら雰囲気に押し切られる。押し切られたら、相手の思うつぼです)


 よし。やることは一つ。


「式次第を入口に戻す」


「入口?」


「入口。ここが入口。入口は増やさない。増えた入口は入口に戻す」


 クラウディアが真顔で頷いた。


「……何それ、かっこいい。胃に良さそう」


「胃に良いのは、整った紙だけ」


 扉が控えめにノックされ、ミレイユが入ってきた。

 無表情。無駄がない。机の上に必要な書類の束を静かに置く。


「式次第チェック表。発言申請票。証拠提出票。受領台帳。簡易議事メモ」


「好き。今の“好き”は仕事の好き」


 クラウディアが即ツッコむ。


「それ、殿下の前で言ったらダメなやつね」


「言わない」


「言っても死なないけど、胃が死ぬやつね」


「そう」


 私は式次第を読み上げながら、チェック表に赤を入れていく。


「まず、不自然。『臨時報告』枠があるのに内容が空欄」


「空欄って怖いよね。何でも入る」


「そう。台本が一番好きなスペース」


 ペン先を移す。


「次、質疑応答がない。反論の場所が用意されてない」


「やば」


「やばい。最後、司会者名が当日発表。司会が台本を握ると、質問が死ぬ」


 ミレイユが淡々と補足した。


「公開の場で質問が死ぬと、拍手が勝ちます」


「拍手は証拠じゃないのにね」


 クラウディアが腕を組んで唸る。


「じゃあ、どうするの?」


「まず、確認の流れを作る」


「流れ?」


「うん。司会台本は紙で配布して差し替え禁止。発言は発言申請票が必須。証拠は証拠提出票で受領。口頭決定はしない。決定は議事メモに記入して署名」


 クラウディアが顔をしかめた。


「堅いね」


「公開は堅くしないと雰囲気が勝つ。雰囲気が勝つと、相手の思うつぼです」


 ミレイユが小さく頷く。


「堅さは盾です」


「よし。盾を持って行こう」


 そのとき、生徒会室の扉がノックされた。


「入るぞ」


 低い声。空気が一段、固くなる。


 レオニス殿下が入ってきた。


 私は立ち上がり、式次第とチェック表をそのまま差し出す。遠慮してる場合じゃない。遠慮は胃に悪い。


「式次第に穴があります。臨時報告枠が危険です。質疑応答がなく、司会が当日固定です」


 殿下は紙を一瞥し、即決した。


「空欄を埋める。質疑応答を入れる。司会者は前日までに固定」


 速い。好き。胃が助かる。


「司会台本は、君の管理で配布しろ」


 私は一瞬、言葉を失った。


「……私が?」


「君の運用を正式に採用する。公開の場で必要だ」


 クラウディアが横で口を押さえている。

 あれは笑いをこらえる顔。つまり「距離近いぞ」って顔。


 殿下が続けた。


「壇上では、君が隣に立て」


 胸が熱い。胃が叩く。

 今は仕事。今は手順。分かってる。


「承知しました。公開ほど手順です」


 殿下の口元が、ほんの一瞬だけ柔らかくなった気がした。

 気のせいでもいい。今日はそれで胃が助かる。


◇◇◇


 当日。控室。


 礼装が強い。

 布が強い。

 装飾が強い。

 そして私の可動域が弱い。


「ねえ、これで走れる?」


 鏡の前で、恐る恐る足を動かしてみる。

 スカートが「走るな」と言っている。


 クラウディアが腰に手を当てた。


「走る必要あるの? 壇上で走るの?」


「必要が出るかもしれない」


「出ないようにしなよ!」


 ミレイユが無表情のまま私の足元を見て言う。


「動線は確保しました。幅、二人分。転倒リスク、低」


「リスクが低いって言い方が、逆に怖い」


「数字は正直です」


 クラウディアが襟を整えながら、ぼそっと言った。


「胃、大丈夫?」


「胃は……今、祈ってる」


「胃、祈るんだ」


「祈る。公開は胃に悪い」


 控室の外からざわめきが聞こえる。

 来賓、生徒、教員。空気が強い。

 強い空気は噂のご飯。今日は食べさせない。


 私は書類の束を抱え、受領台帳を確認した。

 紙は盾。紙は枠。紙は噂より重い。


◇◇◇


 大広間。講堂。


 壇上の照明が強い。視線が強い。拍手の予感が強い。


(拍手は証拠じゃない。拍手は雰囲気の音)


 司会が登壇しようとしていた。

 私は先回りして、司会者に紙の束を渡す。


「こちらが本日の司会台本です。差し替えはありません。更新がある場合は、時刻を入れて記録します」


 司会者が少し戸惑う。


「え、ええ……」


 困惑は良い。困惑は“台本どおり”じゃない証拠。


 私は壇上横の掲示板に、小さな紙を貼った。


【発言は発言申請票が必要です】

【証拠は証拠提出票で受領します】

【受領したものは受領台帳に記録します】


 ざわつきが起きる。

 でもルールが見えると落ち着く層が出る。

 人は不安より枠が好きだ。胃も同じ。


 レオニス殿下が私の隣に立った。

 距離が近い。でも今は仕事。今は手順。


「始める」


「はい」


 式は進む。

 整った挨拶。整った紹介。整った拍手。

 拍手の音は大きい。だからこそ、確認を先に置く。


 そして、来た。


◇◇◇


 式の途中。問題の「臨時報告」枠。


 司会が声を張る。


「ここで臨時の報告があります」


 前列のあたりから、勢いよく誰かが立ち上がった。

 歩き方が速い。顔が強い。

 “言い切って、拍手で固める”気配がする。


(壇上告発。既成事実化。拍手で確定。はい、台本)


 私は一歩前に出た。

 声は落ち着いて。枠は固く。


「発言申請票はありますか」


 相手が目を見開く。


「は? 今ここで言うべきだろう! 重要な告発だ!」


 周囲がざわつく。

 “告発”は空気を一気に作る言葉。

 ここで感情で反応すると雰囲気に押し切られる。押し切られたら、相手の思うつぼです。


 だから私は、淡々と言った。


「急ぎほど手順です。発言申請票がない発言は、手順上“発言として扱えません”」


「そんなものは形式だ! 真実は今、ここにある!」


 私は息を吸って、短く返した。


「本当のことは、ちゃんと確認すれば出ます。手順を崩すと、雰囲気に押し切られます」


 相手の頬が引きつる。

 空気が揺れる。揺れた空気は拍手を探す。


 拍手が出る前に、殿下が短く言った。


「従え」


 声が落ちる。

 落ちた声は跳ねない。跳ねない声は噂に混ざりにくい。


 相手は唇を噛み、乱暴に紙を受け取って記入し始めた。

 私は受領台帳のページを開く。受領時刻を刻む準備。


(よし。壇上で勝手に言い切らせない)


 そのとき、別の“刺し”が入った。


◇◇◇


 涙声。


「……わ、わたし、怖かった……」


 会場の空気が、ぐっと寄る。

 泣き声は拍手の代わりに同調を集める。

 泣けば詳細が消える。消えた詳細の上に断罪が乗る。


(被害者ムーブ。はい、台本)


 私は視線を向け、声を柔らかくした。


「大丈夫。今、確認します」


 相手は震える指で私を指す。


「あの人が……紙を入れ替えているのを……」


 ざわめき。

 “見た”は強い。強い言葉ほど枠が必要。


 私は壇上から降りるように促す。


「ここは断罪の場所ではありません。別室で、聞き取り票に沿って確認します。あなたも守ります」


 殿下が短く補強する。


「確認が先だ」


 司会者が固まっている。

 固まっているなら台本は止まっている。

 止まっている間に、確認の流れを作る。


 私は生徒と発言希望者を別室へ案内した。

 ミレイユは無言で立会い位置へ。クラウディアは水を持ってくる。

 動きが整うと空気が痩せる。胃が息をする。


◇◇◇


 別室。


 私は机の上に聞き取り票と証拠提出票を並べた。

 そして穏やかに言う。


「まず落ち着いて。水を飲んで。次に、いつ、どこで、何を見たかを順番に」


 生徒は涙を拭いながら頷く。

 だけど話は揺れる。場所が揺れる。時刻が揺れる。

 “見た”が“聞いた”へ、さらに“誰かが言ってた”へ変わっていく。


 私は責めない。ただ分類する。


「今のは“聞いた”。誰から?」


「……友だち……」


「友だちは誰?」


「……えっと……」


 視線が泳ぐ。

 泳ぐ視線は噂の匂い。良い匂いじゃない。


 そこへ、発言希望者が紙を取り出して机に叩きつけた。


「これが証拠だ! ほら見ろ、公式の書面だ!」


 紙は整っている。印もある。署名もある。

 “公式っぽい紙で殴る”やつ。形式で押して、はい有罪を作るやつ。


(紙が立派でも、内容が正しいとは限らない。さっき言った)


 私は眉ひとつ動かさず、証拠提出票を差し出した。


「提出者、提出時刻、入手経路。ここに書いてください」


「そんなもの、後でいいだろう!」


 私は声を落とした。落とした声は跳ねない。


「後回しにすると、言った言わないになります。だから今、紙に残します」


 相手が言葉に詰まる。

 詰まった瞬間、台本がよろける。よろけたら、こちらの番。


 ミレイユが淡々と受領台帳を開いた。


「受領時刻、記録します」


 相手は渋々、入手経路を書こうとして手が止まった。


「……それは……」


「書けないなら、未確認です」


 私は優しく、でも固く言う。


「未確認の紙は未確認。公式っぽく見えるだけでは、確認になりません」


 次に私は持ち込み資料の束を引き寄せた。

 閲覧記録。受領台帳。書式管理の控え。


「この書式、閲覧記録に残っていますか。誰が、いつ閲覧したか」


 確認すると、該当書式を閲覧した形跡がない。

 印影も登録されたものと微妙に違う。

 署名の癖も違う。線の抜け方が違う。


 私は短く結論を置いた。


「この書面は、現時点では未確認です。提出経路が不明で、照合も取れていません」


 発言希望者の顔が赤くなる。


「じゃあ、誰が……!」


「今は犯人探しをしません。確認が先です」


 殿下が静かに言った。


「続けろ」


 私は頷く。胸が熱い。胃が叩く。今は仕事。今は手順。


◇◇◇


 大広間へ戻る。


 空気はまだ強い。

 でも、さっきより少しだけ冷えている。

 冷えると人は考える。考えると拍手は遅れる。

 遅れた拍手は、証拠にならない。


 私は壇上に立ち、長い演説はしない。

 公開の場で長話は危険。雰囲気に飲まれるから。

 短く、事実だけ。


「臨時の発言と書面は受領しました。ただし発言申請票と証拠提出票により、根拠確認が必要なため未確認として扱います」


 ざわめきが起きる。


「未確認?」

「じゃあ、決まってないの?」

「拍手する前に確認?」


 良い。

 拍手より先に“確認”が出た。

 この瞬間、台本は痩せる。


 司会者が慌てて結論に飛ぼうとする。


「ではつまり……!」


 殿下が短く遮った。


「結論を急ぐな。記録に沿って進めろ」


 司会者の口が閉じる。

 閉じると空気が落ちる。


 私は掲示板に向かい、時刻を入れた紙を貼った。


【時刻】16:10

【事実】臨時発言と書面を受領

【根拠(種類)】発言申請票、証拠提出票、受領台帳

【扱い】未確認(経路・照合未完了)

【次の更新予定】18:00


 紙が貼られると、人の目がそこへ集まる。

 口より先に、紙を見る。

 口が入口なら、口の前に紙を置く。

 今日はそれが、ちゃんと効いている。


◇◇◇


 閉会後。


 人混みが一気に押し寄せた。

 質問、視線、ひそひそ声。

 私は呼吸を整えようとして、足が一歩遅れた。


 その瞬間、殿下の手が私の手首の近くにそっと添えられた。

 掴むでもなく、引っ張るでもなく。

 ただ、迷わないように方向を示すだけの、必要最低限。


「こちらへ」


 近い声。近い距離。

 心拍が、手順を無視して勝手に上がる。


(手順は守れたのに、心拍が守れてない)


 廊下へ抜けたところで、殿下が小さく言った。


「君のやり方は正しい。だから守る。制度として」


 私は喉を鳴らしそうになって、飲み込んだ。

 飲み込むと胃が鳴くから、今日は静かに。


「ありがとうございます。……殿下」


 殿下は一拍置いて、さらっと言う。


「セシリア」


 呼び方が軽い。

 軽いのに胸が重い。

 いや、重いのは胸じゃない。心拍だ。心拍が勝手に重い。


「……はい」


 少し遅れてクラウディアが追いついてきて、私の顔を見るなりニヤッとした。


「顔、赤い」


「赤くない」


「赤い」


「赤くない。これは廊下が暑い」


「廊下、涼しいよ」


 ミレイユが無表情で言う。


「体温、上がっています」


「測らないで」


「測っていません。推測です」


「推測が当たるのが怖い」


 クラウディアが肩をすくめた。


「公開って胃に悪いね」


「公開ほど手順です」


 私は言い切って、少し笑った。

 笑えるなら大丈夫。胃も生きてる。


◇◇◇


 夜。掲示スペース。


 私は事実掲示を更新した。

 時刻と根拠の種類だけ。

 結論を急がない。急ぐと雰囲気が勝つ。雰囲気が勝つと、相手の思うつぼです。


 最後に受領台帳へ式次第の控えを挟もうとしたところで、職員がまた封筒を持ってきた。


「届け物です」


 今度の封筒は、さっきより格式が高い。

 金の縁取りがさらに元気。封蝋もさらに「重要です!」の顔。


 私は一度、目を閉じた。

 そして、開いた。


「……次の公開、もっと空気が強いね」


 クラウディアがうんざりした声を出す。


「胃、逃げる?」


「逃げない。入口は増やさない。増えた入口は入口に戻す」


 ミレイユが淡々と言った。


「増幅器候補、来賓控室」


「……わあ」


 私は封筒を机に置き、角を揃えた。

 揃えると心が揃う。胃も少し静かになる。


 派手な紙ほど、危ない。

 でも危ないほど、手順が効く。


 私はペンを握る。


(公開ほど手順です。今日も、紙で勝つ)

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