5.時の伯爵と侯爵令嬢
「貴様、何者だ!! 勝手に我が家の敷地に入るなど、不法侵入者か!」
「んー、確かに先触れ出してませんし、勝手にお邪魔してしまったから、ギリギリ不法侵入者、になるんですかねぇ」
父の言葉にも涼しい顔で答える姿に、父の方が顔が真っ赤だ。
「でも私はラシェル嬢に用があって来た訳なので、物盗りではないですよ?」
「お姉様に用事ですって?」
ボソリと妹が憎々しげに呟く。
私の名前が出た事で、妹が分かりやすく反応した。
あの子、自分が相手にされてないと嫌ってタイプだものね。私の名前が出た上に、会いに来たなんて許せないんだろうなと言うのが、手に取るように分かる。
あと、多分。
この男性が美形で、そんな人が私に声をかけてるのが気に食わないと言った所かしら。
緩く一つに纏めた肩までの長さの銀髪、スっと細くてやや伏し目がちな魅力のある濃い紫の瞳、整った顔立ち。身に着けている物は、旅人が着る様な服なのに、どこか気品のある仕草が、目を惹き付ける。
妹が反応しない筈がない。
「どなたか存じませんが、お姉様に用事なら、私がお話を聞きますわ? ね、私の部屋にいらして? 美味しい紅茶や茶菓子がありますの」
男性の顔立ちに惚れ、擦り寄る妹は、「お姉様なんかよりも、私とぜひお話を」と男性の腕を組もうとするけれど。
「ありがとうございます。ですが先程も申した様に、私はラシェル嬢に用事があるのであって、貴方には用事は無いですから」
組んでこようとした妹の手を振り払いながら、ニコニコとした笑みを崩さず、男性は妹に用事は無いとハッキリ伝えた。
自分に用は無いときっぱり言われたのが、妹のプライドを刺激したのか、それとも流石に気恥ずかしくなったのか、腕を振り払われ肩をプルプルと震わせた。
そんな妹を見て、今度は母が男性の前に立つと、軽くカーテシーをする。
「娘のラシェルに用事でお越し頂いたとの事、ありがとうございます。ですがラシェルは、身体が弱く、こう申しては何ですが華やかさも欠けておりまして……。妹の方が美人で気立ても良い自慢の娘なんですよ。どうぞ袖になさらずお話だけでも……」
「私はラシェル嬢に会いに来たと言っているのに、こちらの意見を聞かず、自分の意思をゴリ押ししようとしてくる人が、気立てが良いと言うのですか?」
ククッと楽しそうに笑う男性に、母の顔が赤くなった。
そんな母に、男性は母の身に付けてる装飾品に目をやると、おや、と呟く。
「貴女のそのピアスやネックレスは、西にある国の一部地域でしか採掘されないと言われる、ブラックオパールですか?」
お母様は、自慢のブラックオパールについて声を掛けられた事で、喜色ばんだ声を上げる。
「えぇ、そうなのです! やっと入手出来た物なのですよ!! 私、宝石には目がなくて、自分でしっかり見て選んだものしか身に着けないのです」
「ほう、ご自分で………」
「えぇ、それはもう! 自分の目で見ないと偽物を掴まされてしまいかねませんでしょう? 私、偽物を手に取る気などは無いのですよ。ほほほほ」
母がブラックオパールの希少性、自分の審美眼などを、つらつらと捲し立てていくが、
「それ、全部偽物ですよ」
「──え?」
ピアスやペンダントを指差しながら言われ言葉に、母がポカンとした顔で反応を返す。
「昔からある、贋作手法なんですが、オパールを砂糖を煮詰めた中に入れて、黒く変色させて、らしく見せる、という手法がありましてね。こちらのは、どれもその方法でブラックオパールに見せかけているようです。
妹君を気立てが良いと言ったり、偽物を掴ませられたり。なるほど、貴女の審美眼は、随分とユニークなセンスをお持ちのようだ」
言葉の真意を汲み取った母が、何か言い返そうと怒りの表情になるけれども、それよりも偽物を掴まされた事が信じられないのか、「本当に偽物なの……? あんなに高かったのに……」とブツブツ呟きながら、ペンダントと男性を何度も何度も見返している。
そんな母に構わず、男性は再度私の方を見ると、母達に向けた時とは違って、柔らかな暖かみのある、フワッとした笑みを浮かべてきた。
……何で、こんな笑みを私に向けるの……?
会えて嬉しいと言わんばかりの空気に、私はそこまでされる理由が分からず、軽く何度も瞬きを繰り返した。
「っ……あなた、誰? どうして私にそんな顔を見せるの……?」
「ん? だって君は私の命の恩人だよ? 会えて嬉しいに決まってるじゃないか」
「命の……恩人?」
私は時が戻る前は、ギフトが判明してからすぐに、逃げられない様に幽閉されていたから、誰かを助けるなんて出来なかったわ。
誰か他の人と勘違いしてるのかしら。
「おい、貴様。妹は家から基本出る事は無いんだ。命の恩人だと? コイツにそんな事出来る筈が無いだろ。どこのどいつか知らないが、勘違いしているだけのようなら、とっとと出ていけ!」
私の事を命の恩人と言った事で、確実に人違いだと確信したお兄様が、腕を振りかぶせながら、衛兵を両脇に従えさせつつ男性に向けて大きな声を放つ。
お兄様の言葉にも言い返す事なく、またニコニコと仮面の様な笑みを浮かべる。
「彼女は間違いなく、私の命の恩人ですよ。あぁでも、確かに私が誰か名乗っていませでしたね」
そう言えば忘れてましたと、ポンと軽く手を叩くと、男性は名前を名乗り始めた。
「私はメルガル。以後よろしく。君もね」
綺麗なボウ・アンド・スクレープを見せてから、私の方には紫色の瞳を向けてパチリとウインクさせてくる。
彼の名前を私は知らないのだけれど(閉じ込められてたし)、家族や衛兵達からは、ザワッとした、ざわめき声が上がり出していた。
……? 有名な人なのかしら?
「メルガル……メルガルだと……!? まさか、お前があの、ギルドで最短で上級魔術師ランクに到達した挙句、【時の伯爵】の二つ名を貰ったと言われてる、あの魔術師メルガルか……!?」
時の伯爵……?
そんな二つ名貰えるなんて、この人一体……。
「間違ってないけれど、そんなに驚かなくても良いんじゃないかな? 伯爵の二つ名はあっても、爵位が本当にあるわけじゃないし。私は所詮ただの魔術師でしかないのだから。大体その二つ名だって、私の得意魔法が時魔法だったから付けられただけなのだしね。正式に陛下から伯爵の地位を賜った訳ではないよ?」
「……時魔法?」
「そうだよ」
そんな魔法聞いた事なくて、思わず呟くと、メルガル様は説明をしてくれた。
「私は時を操作出来るギフトがあってね。過去や未来に行けたり、相手の時を僅かの間だけでも止めたりする事が出来るんだ」
こんな風にね、とメルガル様は軽く何か呟いてから指をパチンと弾くと、私達に突っかかって来そうだったお兄様……だけではなく再び家族も衛兵達も全員の動きが、時が止まってしまった。
そうか、さっきもこうやって動きを止めてたのね。
「凄いギフトね。過去や未来にも、自由に行けるの?」
「行けるよ。他の人も条件さえ揃えば時を戻せたりも出来るし。このギフトのおかげで、随分色んな時の世界に行く事が出来たから、中々悪くないギフトだと思うよ」
「そうね……それはとっても素敵なギフトだわ」
この世界に生まれ変わってから、狭い中でずっと閉じ込められて生きてきたから、なんて素敵なギフトかしらと思う。
私もこの家から離れたら、色んな所を見て回ってみたいなと思う。
…………それはそれとして、やっぱり私が命の恩人なのは、よく分からないけれど。
時間軸を自由に行き来できるなら、未来の私が、この人を助けたとか、そんななのかしら……??
そんな事をつらつら考えている間も、メルガル様は楽しそうに私を見つめてくる。その視線に気が付いてしまい、何だか気恥ずかしい。
「さて、君はこの後どうするんだい?」
「え?」
綺麗な銀髪の毛先をくるくると弄りながら、メルガル様は私に問い掛けてくる。
「家族への説得は、無駄だと分かって逃げようとしてたでしょ?」
「え、えぇ」
「私は手を貸そうと思って来てるからね。逃げるなら早く行こう。ほら、日本人ならこう言う時、時間が勿体無いって言うんじゃなかったっけ?」
「え?」
「ん? もしかして人間しか言わない言葉だった? 妖怪達は使わないんだっけ?」
「つ、使うのもいたとは思う、けど……どうかしら……。…………いえ、ちょっと待って、なんで妖怪って」
「だってラシェル嬢、前世は座敷童子ちゃんでしょ?」
────!?
さっきもやっぱり座敷童子って言ってたのね!?
何で私が座敷童子だった事を知ってる人が、この世界にいるの!?
私が驚いて瞳を大きく見開かせると、その反応が嬉しいのか、楽しそうにクスクスと軽く笑ってきた。
時を操るギフトなんて、そんな人初めて見てビックリなのに、その上私が座敷童子だった事を、日本の事を知ってる人なんて……。
私、座敷童子の時にそんな人と知り合ってなんて……。
そこまで考えていると、フッと、私は時が戻る前の、あの仄暗い地下牢ででの死の間際の事を突然思い出した。
──……可哀想に。君の力が分かると、すぐに幽閉の様な生活、挙句、飼殺しの様にされるなんてね
──君を救い出してみせるよ。私のこの力を使って。そして昔の、前世の君が何だったのかも、思い出して。それを思い出せば、きっと違う結果が君を待ってる
──だから、また逢おうね。約束だよ
──君と同じ星の下に生まれた者だよ。お仲間さ
そこでようやく、目の前の人物の姿が、あの時の、死ぬ時に垣間見た人物と似ている事に気が付いた。
「あ、あなた、時が戻る前に、私に地下牢で最後に話してきた、あの人なの!?」
「あれ、私の事気が付いてなかったんだ。そうだよ。どう? 十代の年齢に戻れたのは。歩けるし、声もまた出て悪くないと思うんだけど」
「え、えぇ、それは勿論、全く文句は無いんだけれど」
「うんうん、それは何より何より」
そこじゃない、そこじゃないわ。
私が突っ込みを口にしようとした所で、軽く私の口を人差し指て押さえてくる。
「さっき、私は君の前世を知ってるって言ったよね。私はね、地球にいた時も、過去にも未来にも行ける力があったんだよ。それで色んな所に時間旅行してた時、日本で君に会ったんだ。そしてその時に助けてもらったんだよ。
それもあって今回、助けに来たんだけど、前世とは言え妖怪だった人の時間を戻せるのか、そこだけは少し心配だったけど、ちゃんと時を戻せる事が出来て本当に良かったよ」
流石に実験は出来なかったからねえと、軽く笑いながら言うけれど。
……。
…………。
ちょっと待って?
私、前世で、過去も未来も自由に行き来出来てた人間なんて、一人しか知らないわよ……?
「ね、ねぇ……私、かつて住んでいた家の書物で読んだ事あるわ。時間を自由に行き来出来る力を持つ人間の伝説の話。都市伝説の類だと思ってたけれど、あなたまさか、あのサン・ジェルマ」
「私のことより」
私の言葉に被せる様に、言葉を投げ掛けてくる。
「取り敢えず、このまま逃げるかい?」
目線を合わせる様に少し腰を屈めて、私の目を覗き込みつつ、楽しそうに、でも瞳の奥には真剣な眼差しを宿らせて、私に問うてきた。
……そうね、いまの優先事項は、そっちだったわ。
「えぇ。このまま……、いえ………最後に挨拶だけ、してもいいかしら」
ここから逃げるにしても、ラシェルとしての私の部分が、気持ちにきちんとケリを付けたいとなっている。
私の答えに、メルガル様は満足気に頷いてくれた。
そして私達は、時が止まったままの家族の方へ向き直ると、彼は時を動かす為に指を弾き、止まっていた家族や衛兵達の時を再開させる。
私は持ち上げる程の布地はない服を僅かに持ち上げ、膝を屈めた。
「お世話と言う程、お世話はされませんでしたが、お世話になりました。それでは皆様、ごきげんよう」
私の言葉に、ポカンとしてきた家族が思い出したと言わんばかりに、「ふざけるな!」「そんな事許すとでも」「なんの話だ」等々、メルガル様の魔術を警戒してガアガア騒ぎ立ててくるだけだが、私はもうそれに対して返事を返すことはしない。
働く事もせず、恩恵を搾取だけしてきたのだから、もう充分富は受けたでしょ?
私がいなくなって、その反動が来るとは思うけれど、まあ最後の情けとして、頑張ってねとだけ思っておこうかしら。
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