二,五部 第二話
「ということで剣を教わることになりました」
「何がということなのかちゃんと最初から説明しなさい」
端折りまくった説明をしたらニーナに殴られた。
「……ということでハルナ師匠に剣を教えていただけることになりました。これでよろしいでしょうか、ニーナ様……」
鳩尾は勘弁してほしい。呼吸ができなくなるから。
「なるほどね……。まあ、把握したわ。どれくらいの期間になりそう?」
「師匠は二年半って言ってた。実際、あいつを追いかけるのも含めるとそれくらいが妥当だと思う」
「二年半……あたしたちもその間はここに滞在するの?」
しまった。その辺を考えてなかった。
「えっと……そうしてくれると……、ありがたいかと……存じます?」
「何で疑問形なのよ……。別に構わないわよ。あたしもちょっと自分の力不足は感じていたし……ね」
「ニーナ……」
ニーナも力を求めるのか? いや、僕が力不足を痛感するんだ。ニーナだって力を求めたって何らおかしくはない。
……でも、僕としては彼女が変わらないか心配だ。これから修行する僕が言えた義理じゃないけど。
「マスター。ニーナ様。ハルナ様がお呼びです。食事の用意ができたそうです」
ニーナの言葉について思いを巡らせていたところ、先に起きていたカルティアが僕たちを呼ぶ。
「わかった」
立ち上がり、ニーナに手を差し伸べる。ニーナがちゃんと掴んでから引っ張り上げる。
そしてそのまま、僕たちは部屋を出て食事に向かった。
「今日からエクセルを私の弟子とすることにした。二人とも、異存はないな?」
食事の席でハルナ師匠が開口一番に言ったのはそれだった。近いうちに僕のあだ名がエクセであることを教えておこう。毎回本名で呼ばれるのは何だか違和感がある。
「はい。……ただ、ハルナさん。あとで少しお話が」
「構わない。昼の前に呼ぼう」
「私はマスターの決めたことに異論はございません。今までもマスターは私の要望に十分過ぎるほど応えてくれました」
そこまで応えたつもりはないのだが……。まあ、魔法陣に関してはほぼ全て巡ったから、そのことかもしれない。
「ではカルティア君にはウチの家事全般を覚えてもらいたい。私もこれからこいつの面倒を見るから忙しくなりそうだ。ニーナ君もいいね?」
「わかりました」
「…………可能な限りやってみます」
カルティアだけ妙に不安げだったのが僕の心をざわめかせるが、気にしないことにした。大丈夫、うん、きっと大丈夫さ。
「ではさっそく修行といこう。エクセル! 私についてこい」
「はい!」
食事の片付けもそこそこに、僕は師匠についていった。本格的な修行の始まりだ。
「ってあれ? 道場は使わないんですか?」
「まずはお前の身体能力と体術を調べる。そもそも、あんな小さな道場で月断流が鍛錬などできるか。今後も基本的に鍛錬場所は砂浜かあの山だ。覚えておけ」
「了解しました」
言われてみればなるほどと納得することしかできない。確かに兄さんたちの戦いはすごかった。
というわけで僕たちは砂浜に移動した。砂浜で気付いたが、この辺は海も山もある結構有名な場所らしい。何でも時々山が吹き飛ぶのが名物だったとか。
……もしかしなくてもそれって月断流のせいだろう。
「さて……先にも言ったとおり、これからお前の能力を図る。魔法は使うな、と言いたいところだが……どんなものが使えるかによる。言ってみろ」
「はい。身体強化の魔法と、あとは戦術級魔法がほとんどです。他にも魔力を属性変換だけして、剣に纏わせる奴があります。あと、これは体質ですが、クリスタルと呼ばれる高強度の結晶を作り出せます」
こうして言葉に並べると僕の魔法ってつくづく偏ってるな。二年半は結構な期間だし、この間に弱点を減らすのも考えるか……。
「身体強化とクリスタルとやらの生成は許す。ただし、強化するのは回復力限定だ。身体能力は決して上げるな」
「わかりました」
言われた通り、強化魔法の設定を少しだけ変える。
「では、距離を取れ。私の合図で始めるぞ」
「はい」
砂に足を取られるな、と思いながら十メルほどの距離を歩く。
「この辺でいいですか?」
ここからなら僕が一息で詰められる……って強化できないのか。だったらもっと近くになるな……。
「別に構わないが……私の刀の射程範囲だぞ?」
「もっと距離を取ります!」
信じられない射程範囲だ。まあ、確かに兄さんたちも普通に百メル近い距離から恐ろしい精度で攻撃を撃ち合っていたし、普通……なのか?
自分の常識が音を立てて崩れる光景を幻視しながら、今度はかなりの距離を取る。師匠の姿がゴマ粒ほどにしか見えないほどだ。これなら一瞬で詰められることは――
「ふむ、その位置ならちょうどいいな。始めるぞ」
なぜか知らないが、こんな遠くから聞こえるはずのない師匠の声が聞こえた。
「――っ!?」
そう思った時にはすでに懐に入られていた。しかも下段に構えた刀が僕を狙っている。牙の姿勢だ。
(ヤバっ……!)
脳裏に一瞬で今までの光景がよぎっていく。もしかしなくても走馬灯だ。
ヤバいことがわかってからの行動は早かった。瞬時にいくつも策が浮かび、その都度叩き潰す。
(下がったら死ぬ! この人の射程が本当なら、僕の身体能力じゃ到底逃げ切れない! ならば――)
超接近し、抜刀も納刀もさせる隙を与えないくらい密着するしかない!
思考に結論が出た時点で、僕は師匠に近づき抜刀する腕を両手で押さえ込んでいた。
「良い判断だ。だが――」
しかし、次の瞬間に僕は空を舞っていた。
「月断流がただの抜刀剣術流派じゃないことくらい、お前も知っているはずだ」
腹を蹴飛ばされたことに気付いたのは、空で身動きがとれないところをさらに弐刀・断空で狙われた時だ。
「ご、ぼ――っ!?」
内臓がぐしゃぐしゃになるような錯覚とともに激痛が全身を駆け巡る。喉の奥から血が込み上げ、その場でのたうち回りたい衝動に駆られる。
「ぎ――っ!!」
だが、倒れるわけにはいかない。ここで意識を手放したら本当に死ぬ。
意地だけで意識の糸を繋ぎ直し、腰に差してある波切に手をかける。
「っしゃぁっ!!」
そして空中で体勢を立て直し、タイミングを合わせて断空を斬り裂く。すぐさま剣を納刀し、左手に魔力を集中させる。
「お――おおおおぉぉっ!!」
作ったのは簡素な投げ槍だ。それを左手で掴み、全力で投げる。
「悪くない。身体能力は低いが、それを補える胆力と判断力がある。しかし、惜しい」
僕の投げた槍を師匠は簡単に避けて、未だ空中にいる僕に肉薄する。空駆か!
「まだ、完全じゃない」
その一言が聞こえたと思った時、僕の意識はすでに落ちていた。
「……あ?」
目が覚めたのはそれから五分も経たない頃だった。
「お前の能力は大体把握した。……まあ、素材としては悪くないな」
「し、しょう」
すぐさま体を起こし、師匠の評価を聞く。僕には気絶している時間すら惜しいのだから。
「身体能力は低いが、これは鍛え方次第で誰でも一定の領域には辿りつける。そこから先は鍛錬次第だがな……。剣術に関しても問題はない。いくら覚えても使用する人間の胆力次第でどうにでも変わる」
「つまり……」
「才能があるとは言わないが、資質はある。お前の胆力と判断能力の高さは立派な武器だ」
「あ、ありがとうございます!」
胆力があるのかどうか自分ではわからないが、判断能力には少し自信がある。散々一人で窮地を切り抜けたりしたからね……。
「しかしまずは基礎からだ。そうだな……まずはこの砂浜を」
師匠が砂浜の向こうを指差す。……果てが見えないのだが。
「五往復してこい。重りはこれを使う」
そう言って師匠がどこからともなく用意したのは僕と同じくらいの大きさがある岩が五つ。
……え、シャレ? 僕、動けなくなるよ?
「えっと……っ!?」
何か言おうとしたところで気付いてしまった。これは試験なんだ。
始めに無茶な要求をし、僕の心を試す。ここで折れたら僕はこの程度の存在だったということになり、今後の指導は受けられないだろう。
「……わかりました。制限時間は?」
「お、そこまで求めるか。では……昼までだ。大体三時間ほどだな。その間、私が追いかけて時々攻撃するからそれも避けろ」
「はい」
岩に結びつけてある縄を腹に巻きつけ、固定する。ずり落ちないように何度か動いてみるが、意外と動ける。
「では始めるぞ。時間はいくらあっても足りないんだ。無茶して当然のことをしていくぞ」
「はい!」
後ろから迫る師匠を感じながら、僕はいつもよりかなり重い体を動かした。
「や、やった……」
正直、自分でもあそこまで追い詰めた条件をクリアできるとは思っていなかった。
「根性はある、と……。追い詰められた際の底力も上々……。なんだ。剣術や体術以外の精神的な部分から由来するものに関しては結構光るものを持っているじゃないか」
「そ、そう……ですか……」
一瞬、綺麗な小川が見えたことが三桁の回数に届くほどあるのだが……黙っておこう。どうせそれも織り込み済みのはずだ。
「それでは食事にしよう。ああ、体作りも兼ねた献立にしてあるから残すなよ?」
「……善処します」
僕、小食なんだけどなあ。
「あ、お帰り。ハルナさん。お話が……」
「む、そうだった。エクセル。カルティアを手伝って先に食べていてくれ。私が戻るまで休んでいていいぞ」
「はい」
休む気など毛頭ないが、とりあえずうなずいておく。
「お帰りなさいませマスター。食事ができております」
「ありがと。……カルティアは手伝えたのか?」
「…………今後の作業を手伝う予定です」
つまり皿洗いに回されたと。
「あはは……まあ、慣れてけばいいよ。学習はできるんでしょ?」
「はい。三日で全てを覚えてみせます」
妙なやる気を見せているカルティアを見て、何だか新鮮だなと思った。
……ただ、昼食に師匠とニーナの姿が見えなかったのが気にかかるのだが。
「……さて、話とは何だ?」
「……エクセのことです」
あたしはエクセが疲れ切った様子で帰ってきたのを見て、ハルナさんに話を持ちかけた。
「あいつのことか?」
「はい。……あいつ、何だか思い詰めているような気がして」
ここ最近のエクセは妙に鋭い雰囲気を纏っている。まるで一振りの刀のようだ。
「ふむ……。私はあいつを見てまだ間もないから何とも言えないが……気張っているんじゃないのか?」
「そう、それなんです!」
知り合って間もないくせにエクセの状態を的確に見抜いたこの人に得体の知れない戦慄を覚えながら、あたしはうなずいた。
「あいつ、兄さんの代わりにみんなを守るって言って……。そんな大それたことができる奴じゃないのに……」
あたしの頭に思い浮かばれるのは村に住んでいた頃のエクセと兄さんと一緒に旅をしていた頃のエクセだ。
村にいた頃のあいつはどちらかと言うと内気で、あたしの後ろをチョコチョコと付いてきていたイメージがある。あいつが憶えていないのが悔やまれるくらいだ。からかうネタになるのに。
旅をしていた頃はあたしの前に立つことが多かったけど、それにしたって物事を考える時は控えめな部分が多かった。一番早く真相に気付いても言わない時があったくらいだ。
その押しに弱く、内向的なエクセが変わろうとしている。うん、これは歓迎すべきことだ。わかっている。わかっているのだが……。
「今のエクセは何だか危うい気がするんです……。張り詰めた糸みたいにいつか切れたりしないか……って」
兄さんが死んだからか、エクセは誰よりも悲しみを見せずに無茶をしている気がしてならない。死んだ時にひどく錯乱したあたしが言えたセリフではないが。
「……愛されてるな、奴は」
あたしの独白を全部聞いたハルナさんがつぶやいたのはそれだった。
「愛、とかそういうのじゃないんです。ただ、今のあいつは不安定だと思っただけで」
「あいつが不安定なのを理解して、どうにかしようとしてるから愛されてる、と言ったんだ。……まあそれはさておいてだな。本題に入ろうか。君が言いたいのはそんなことじゃないだろう?」
ものの見事に見抜かれ、あたしは少しだけ羞恥に襲われる。エクセのことはあたしが何とかするつもりだ。ハルナさんに任せるつもりはない。
「はい。あたしを――強くしてください」
絶対に譲らない意志を瞳に乗せて、あたしはそう言った。
今日から合宿……とりあえず寝床と風呂さえあればあとは我慢できる……。凍え切った山小屋でのせんべい布団は勘弁……。
ともあれ、書き溜め自体はギリギリ間に合いそうなので、予約投稿で一日一投稿を続けさせていただきます。
……明日で百話! 残り二十話で約一年の三分の一を投稿し続けた計算になります!