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二,五部 第一話

 兄さんの故郷――ジパングまでは一月ほどで到着した。


 その間、僕はみんなの体力を考えて休憩を提案したり、リーダーとしての指示に追われたりして大変だった。


「やっと着いたか……」


 一週間ほど乗り続けた船から降り、思いっ切り体を伸ばす。


「結構近かったわね。一月で行ける場所にあったなんて……」


 僕の後ろから降りてきたニーナが少しだけ痛ましそうな顔で手に持っているもの――遺髪に目を向ける。


「こんな近くにあったんなら、一度くらい里帰りしても良かったのに……」


「……ほら、行くよ。ここからはしらみ潰しに聞き込んでいくしかない」


 ここまでは順調に来れたものの、兄さんの師匠――つまり月断流の師範がどこにいるのかまではさすがに知らなかった。


 兄さんの話し振りからも両親がいないことはわかったし、遺髪を届けるならそこしかないのだが……本当に当てのない旅になりそうだ。


「カルティア、地図作成は頼んだ。とりあえず北から回っていこう」


 そして最近、口調が変わってきた気がする。今までみたいな相手に同意を促していく話し方ではリーダーとして纏められないのだ。そう思った時にはすでに変わり始めていた。


「了解です。マスター」


 カルティアも全快した体を軽快に動かしながら、僕の指示にうなずいてくれる。


「それじゃあ……行こうか!」


 その号令で出発したのが二ヶ月前だ。






「ここが月断流の……」


 僕たちは目の前に存在する小さな道場を見て、ため息を漏らす。みんなの脳裏に浮かぶのは言うまでもなく、これまでの苦労だ。


 路銀が尽きて三人で必死になってお金を稼いだこと。なぜか知らないが行く先々で野盗に出くわして泣く泣く戦ったこと。他の大陸では見ないモンスター(この国では妖怪と言うらしい)に夜襲をかけられたりしたこと。


 ……おかしいな。最後の部分はこの国に住み人たちでも滅多に襲われないらしいんだけど。


「長かったね……」


「そして辛かったわ……」


「苦しい道のりでした……」


 三人でそれぞれあの日の苦境を思い、遠い目をする。しかもこの国では妙に人間もモンスターも強いのだ。野盗のくせに洗練された剣術を使ってきた時は戦闘中であることも忘れて突っ込みかけた。


「…………ま、まあ結果的には生きてるんだからいいよね!」


「そ、そうよね! 何事も前向きに考えないとダメよね! うん!」


 僕とニーナは無理やり気持ちを前向きにし、とりあえず笑っておく。笑う門には福来る、だ。


「……私たちの旅が散々だった事実は変わりませんが」


 空気の読めない発言をしたカルティアに対して、拳を握ったのは両者同時だった。


 頭に大きなたんこぶを二つ作ってその場に倒れ伏しているカルティアを放置し、僕は目の前の道場に足を踏み入れる。


「確か靴は脱ぐんだったな……」


 この国で過ごして二ヶ月になるため、多少の礼儀は理解できるようになっていた。


 ……というか、ここまで長い間滞在した場所なんてティアマトを除けば初めてじゃないのか? ニーナとかは兄さんについていったから、どの街にもあまり長い間滞在したようには見えないし。


「すみません、ここに月断流の師匠がいると聞いたのですが……どなたかいらっしゃいませんか?」


「腰低っ!」


 うるさいよ。別に道場破りするわけじゃないんだからいいだろ。


 僕の出した声は道場に虚しく響き渡るだけだった。返事はない。


「おかしいな……。いないのか?」


「それもあるんじゃない? まさか霞を食べて生きてるわけじゃあるまいし、畑にでも行ってるんじゃ――」




「ん? 誰だお前たち?」




 ニーナが笑いながら言おうとしたセリフの途中で、いきなり後ろから声をかけられる。


 ……っておいおい、冗談だろ!? まったく気配を感じなかった!?


「ニーナ!」


 すぐさまニーナをかばうようにして前に立ち、背中の剣に手を添える。


 全体像を把握したところ、どうやら女性みたいだ。兄さんの髪色によく似た濡れ羽色の黒髪を背中の中ほどまで伸ばし、こちらを見つめるメノウのような瞳は抜き身の刃のごとく鋭い切れ長。


 端的に言ってしまえば美人だった。僕の苦手なタイプではあるけど。


「ほぅ?」


 女の人は僕の対応にその顔を面白そうなそれに変える。


 ……この人、底が見えない。おまけにこの間合いは明らかに相手の土俵。勝てる要素はゼロだ。


「……すみません。もしかしてここの道場の方ですか? だとしたら失礼なことをしました。申し訳ありません」


 勝ち目がないと理解した僕の行動は早かった。負けられない勝負というわけでもないし、サッサと謝ってしまうのが一番だ。


「いや、私も村以外の人と会うのは久しぶりでね。ついからかってしまった。悪いのはお互い様さ。見たところ、君たちは旅人かい?」


「はい。……ヤマトの縁者です」


 縁者というのは真っ赤なウソだが、僕たちと兄さんの間にあった絆はそれに近いものがあると思う。


 事実、僕の言ったことに女の人は反応し、わずかに眉を上げてみせた。


「……中に入ってくれ。客人に茶を出すくらいの余裕はあるつもりだ」


 女の人は感情の読めない表情でそう言って、僕たちを道場の中に誘った。






 道場の奥にはそこそこ大きな家があり、そこの客間と思われる部屋で僕たちはお茶をいただいていた。


「……まずは自己紹介をさせてもらおうか。私はハルナと言うもので、君たちの察しの通りヤマトの剣の師匠でもある」


「エクセルです。兄さ――ヤマトさんには命を助けてもらいました」


「ニーナです。こちらのエクセルと同じく、私もあの人に助けられました。彼がいなければ今の私たちはありません」


 僕が自己紹介し、頭をさげるのに合わせてニーナも一人称を他人用に切り替えて話す。


「カルティアと申します。ヤマト様にはマスターがお世話になっておりました」


「マスター? ……エクセル君、だったかな? まさかその若さでそんな……」


「こいつは機械人形……平たく言ってしまえば動く人形です」


 あらぬ誤解を受けた気がするので急いで訂正するが、僕の言葉にハルナさんが咎めるような目線を送ってきた。


「その言い方は良くないな。彼女はこんなにも魅力的じゃないか」


「いや、そういうことじゃなくて……ああもう、この人を納得させる言葉が浮かばない……!」


 この際僕がどのように見られているかはどうでもいい。本題に入ろう。


「……それで、用件というのはヤマトのことです」


「……あいつ、死んだのか?」


 僕たちが佇まいを正したことで内容を察したのか、ハルナさんが目を伏せる。


「………………はい」


 僕はあの瞬間のことを思い返し、心臓を直接刃でえぐられるような思いでニーナに視線を投げる。


「……こちらが遺髪です」


「遺髪を……? それはこちらの文化で……いや、あいつが教えたのか」


 ニーナが差し出した遺髪を見てハルナさんは驚いた顔をしたが、すぐに納得の表情になった。


「…………」


「…………」


 僕たちも、遺髪を大切そうに包み込むハルナさんも、誰もしゃべらない。


 しばらくその時間が続いたあと、最初に口火を切ったのはハルナさんだった。


「……あいつは、タケルと戦って死んだのか?」


「……はい」


 その言葉に僕は殴られること覚悟で説明をする。


「奴は……僕たちの村を滅ぼした仇でもありました。でも、僕たちが足を引っ張ったせいで……!」


 膝に乗せている手がギリギリと力を増していく。いっそ骨まで突き破ってほしいくらいなのだが、悲しきかな僕にそんな握力はない。


「……あいつは最期、笑っていたか?」


「…………はい、エクセルに全部託して……笑ってました」


 言葉に詰まった僕の代わりに答えたのはニーナだった。……よく見ていたな。


「……そうか。どうやら君たちは、彼に心から信頼された人間のようだな」


 ハルナさんは柔らかな微笑みを僕たちに向け、そんなことを言った。兄さんの死はもちろん悲しんでいるが、それ以上に兄さんの遺志を継いだ人間がいることが嬉しいようだ。


「もうじき日も暮れる。今日は三人とも泊まっていけ。なに、一人で暮らすには余計なほどの部屋がある」


 ハルナさんの提案に、僕たちは一も二もなくうなずいた。






 その夜、ハルナさんお手製のジパング料理を堪能してニーナたちが寝静まった頃、僕は布団から体を出す。


「あー……久しぶりだな。まともな寝床」


 ここしばらく野宿続きだったし、ニーナたちもフカフカの布団でぐっすり眠っていることだろう。


「……さて、行くか」


 僕はここに来たもう一つの目的を達するため、静かにあてがわれた一人部屋から出た。


 寝間着として渡された着流しというのは妙に風通しがよく、風がスースーする。


 ……気に入ったんだけどね。


 あわよくば普段からの日常着にしたいところだが、旅から旅の根無し草にそれは難しい。ということで今夜一晩はこれを堪能しよう。


「ってそれはどうでもいいんだよ……」


 僕の寝間着談義なんて心底どうでもいい。重要なのはハルナさんだ。


 庭に直接面した渡り廊下(縁側、だったか?)を裸足でペタペタと足音を立てながら歩く。


 少し歩くと、月明かりに照らされた一部でハルナさんが酒を飲んでいた。


 僕の着ている着流しと同じく、質素なそれはこの人の持つ雰囲気に恐ろしいほど合っており、月明かりに照らされた容貌も相まって一枚の絵のように見えた。


「ん……? ああ、エクセル君か。どうした? (かわや)なら向こうだぞ」


「違いますよ。僕の用件はあなたです」


 ハルナさんの隣に正座の姿勢で座る。


「……何だ?」


「……僕が兄さんから託されたのは、タケルが持ち出した剣の破壊です」


「まあ、別にそれは構わない。もともとウチにあったものだが……私自身、あれに価値を見出していたわけではないのでな」


 よかった。これを止められたら僕に為す術はなかった。この人相手に力で勝てるとは思えないし。


「……回りくどいのは苦手なので単刀直入に言います。僕に剣を教えてください」


「なぜ?」


「兄さんとの誓いを果たすため。自分の意地を貫くため」


 僕のお願いに対して投げかけられた質問に即答する。


「僕には力が足りません。正直、タケルと相対してもなぶり殺しにされるのがオチです。……せめてあいつを正面から下せる力がほしい」


「……難しいだろうな、それは。あいつも剣の天才だ。それにお前よりも幼い頃から学んでいる。年季が違う」


「承知の上です」


「……もし、嫌だと言ったら?」


 ハルナさんの言葉に対し、僕は無言で地面に手をつける。


「何だ、それは?」


「この大陸を消します。僕たちごと」


「できるのか?」


 言っていることに驚くというよりも、面白そうな顔で僕に詰め寄る。僕は凪のような心境でうなずいた。


「僕は魔法に関しては誰にも負けない自覚があります。ですがそれは遠距離からの攻撃に限ります。……それじゃみんなの盾になることができない」


「ふむ……確かにお前の目的は理解した。教えてやることもやぶさかではない」


「本当ですか!?」


「ウソをついてどうする。……時にエクセル君。君はヤマトから剣を教わっていたか?」


「弐刀までは習得しました」


「習得にかかった期間は?」


「半年ほど」


「非才だな」


「自覚してます」


「どれほどの期間がいい? 時間制限があった方が鍛えるにも効率が良い」


「あなたの見積りでタケルに追いつけるのは?」


「二十年だな。それも奴があの頃から成長していなければ、だ」


 長過ぎる。奴の全盛期が過ぎてしまうではないか。


「では二年で」


「死ぬかもしれない――いや、死ぬ確率の方が高くなるぞ?」


「奴を倒してからも生きるつもりです。こんなところで死ぬつもりは毛頭ありません」


「……途中で投げ出すつもりは?」


「あるわけない」


 きっぱりと告げる。こればかりは譲れないのだ。


「……私のことは以後、師匠と呼べ。お前のこともエクセルと呼ぶ」


「それじゃあ……!」


「明日から開始だ。ニーナ君たちにはお前から話しておけ」


 僕の頼みを了承してくれたハルナさん――いや、師匠に頭を下げる。


「はい! 師匠! よろしくお願いします!」


「やれやれ……強引で決めたら引かないところはヤマト譲りかもしれないな……」


 師匠は僕の頼み方にそんなことを呆れた様子でつぶやいた。

投稿するのがちょっと遅くなりました、申し訳ありません。


……あと、実は私この後入っているサークルの合宿が立て込みます。


その分のストックを書きためている最中なのですが、間に合わない可能性もありそうですので、ご了承ください。

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