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二部 第三十八話

 兄さんが死んだ。もう動かない。


 だから、今から僕が兄さんの代わりに立ち上がる必要がある。


 胸にポッカリと空いた虚無感も悲しみも、全部心の奥深くに押し込んでクリスタルの剣を作り出し、タケルの方を見据える。


「覚悟はできてるだろうな……!」


 腸が煮えくり返るという怒りをまさに実感しているのだが、表に出すことはできない。僕の体質上、あまり強い感情が表に出ると魔力が暴走しかねないのだ。


 僕の焼け付くような殺気を受けて、兄さんの抜刀が腹を斬り裂いたタケルは――




「は、はははっ……」




 笑っていた。


「……イカれたか?」


 思わずつぶやくが、どうせ関係のないことだと自分に言い聞かせて剣を構える。


「――死ね」


 僕の使える技の中で最速を誇る瞬剣を使う。


 全身を帯電させて青白い光を纏わせ、周囲の光景が線状に見えるほどの速度で肉薄し、剣を薙ぎ払う。


「っとと……危ないな。こっちもケガ人だよ?」


 だが、僕の最速は手負いの奴でも避けられる速度だったらしい。難なく回避されてしまう。


「ははっ、でもお笑いだよ……。僕はあの時、完全にやられたと思った。それぐらい君たちの妨害は見事なタイミングだったし、兄さんの抜刀も決まるはずだった。だけど、生きてる……あはは、あはははははははははっ!!」


 そこまで言うと、タケルは堪え切れなくなったように哄笑を上げる。耳障りだ。


「すごいよね、これって僕が選ばれたってことだよ! 兄さんより、僕の方が世界のためになるって選ばれた証拠なんだ! でなければあんな強運、働くわけがない! ホント、おかしいよ!」


「黙れ……」


 今すぐその口を閉じろ。


「これで僕は僕が正しい証拠を得た! もう何者にも止められるいわれはない! あはっ、あははははははははははは!!」


「黙れと言ってるのが――聞こえないのか!」


 瞬時に集めた魔力で《風神の吐息(シルフィブラスト)》を放つ。


 しかし、僕には追い切れない速度で動いたタケルはその攻撃も避けてしまう。


「……さて、やるべきことをやろうか」


 僕の真後ろからその声が聞こえ、ゾッと背筋が冷える。いつの間に!?


「……僕を殺すのか?」


「そうだね。君はこの世界のためにあってはならない存在だし……恨むなら、君を必要としなかった世界を恨むんだね」


 おそらくは僕を絶望させるために言ったのだろうが、奇しくもその言葉で僕は確信できてしまった。


 こいつ、世界のためになる行動なんて一つも行っていない。全部自分の独りよがり、あるいは何者かの指示によって動いているに過ぎない。


「ハ、ハハハハハハハハハッ!!」


 今度は僕が笑う番だった。僕が世界に必要とされていない? とんだ茶番だ。


「……何がおかしい?」


 タケルの目論見とは外れ、僕が大笑いを始めたことにタケルは低く怒りを押し殺した声を出す。どうやら、自分の思い通りにいかない相手にはかなり短気なようだ。


「おかしいね。おかし過ぎる。それは僕の正体に少しでも理解がいっていれば絶対にでない言葉だからね」


 僕は存在自体がこの世界に望まれたもの。世界の脅威を排除するため、魔力という力を与えられた一振りの剣。


 その僕が世界にとっていらない存在? 笑うしかあるまい。


「星の意志を宿して生み出された人間に、そんなセリフがほざける時点でお前の間違いは確定だってことだよ」


 思いっ切り小馬鹿に言ってやる。それほどにこいつの思い込みは笑えるものであったし、何より相手が得意そうに言っていることを逆手に取ってバカにするのは爽快だ。


「……黙れ! お前はこの世界にいちゃいけない存在なんだ!」


「誰がそれを決めるんだか……。それに、僕は誰に何と言われても生きるのをやめるつもりはない。その剣を破壊するまでは――ね!」


 動揺しているタケルの隙を突くのは容易かった。


 瞬時に振り返り、両手を貫手の形にしてクリスタルコーティングを施す。そして連続して突きを放つ。


「チッ!」


 虚を突かれたタケルは退くことでその攻撃を避ける。僕はその後を追わず、両手のクリスタルを解除する。


「追撃はしないのかい?」


「あんたが少なくとも僕より格上なのはわかってる。だから無茶をするつもりはない。……逃がすつもりもないけどね」


 手傷を負っている今こそ、奴をぶん殴れる最大のチャンス。それを手放すわけがない。


「ふふ……、確かに僕も傷を負っているから君と戦うのは遠慮したい……。君がもっと弱ければ、一瞬でケリをつけられたのに」


「そいつは残念でした。――消えろ」


 背中にかけていた二枚の鉄板を無理やりくっつけたような剣を持ち、クリスタルを纏わせて素早く大剣を作る。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!」


 暴走しても構わない心持ちで周囲に尖ったクリスタルを大量に作り、僕の周りに浮遊させる。




 ――星剣(せいけん)・結晶乱撃。




「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッッ!!」


 腹の底から発した雄叫びとともに、作り出されたクリスタルが僕の意に従ってタケルに殺到する。


「――っ!」


 タケルはそれを後ろに後退を続けることでそれらを避ける。時おりフェイントで死角を取るようにしているのだが、それすらもバケモノじみた五感で感知されてしまう。




 ――予想通りだ。




 こんなお粗末な攻撃が避けられることなんて想定済みなんだよ。本命は別のところにある。


 手元に残しておいた六つのクリスタル。属性はそれぞれ違い、全てが基礎属性を冠している。


「受けてみろ……!」


 僕は剣士じゃない。だから剣士のタケル相手に接近戦を挑んでも勝てないのがわかっている。だから向こうから距離を取らせた。


 魔導士である僕の最強攻撃、受けてみろ――!!




「《終焉(カタストロフィー)》!!」




 六属性の究極魔法を全て魔力で纏め、解き放つ。前回放った時より魔力は控えめにしたが、それでも体内のあらゆるところから魔力を奪われる感覚が走る。


 それぞれの色がごっちゃに混ぜられ、純白となった魔力の塊が射線上にある全てのものを薙ぎ払う。これならいかにタケルといえど受け切れないはずだ。




「調子に乗るな。ガキが」




 だが、それをタケルは避け切ってみせた。


「冗談、だろ……?」


 まるで悪夢だ。僕の中で最強の魔法がこんなにも簡単に避けられるなんて。


「ったく……、いいか? 何度でも言ってやるよ。お前は、いらないんだよ! 邪魔なんだよ! お前がいるからみんな死ぬんだよ!」


 先ほどまでの僕と似通った雰囲気は姿を潜め、今はただの盗賊のような雰囲気を纏っている。


 ……正直、さっきまでよりよほどやりやすい。


 だって、こいつが頭に血を昇らせれば昇らせるほど、僕は冷静になることができる。奴の言葉を分析し、読み取ることで情報を得ることができる。


 冷静になれ。兄さんがいない今、みんなを守れるのは僕だけなんだ。


「お前がいるから兄さんが死んだ! 村の人間も皆殺しになった! そうさ、僕の目的は最初からお前だけなんだよ! お前が死ねば、全ては丸く収まるんだよ!」


 タケルが何やら罵詈雑言を言っているようだが、僕はそれに気を払わずに別のことに思索を向けていた。


(いきなり口調が変わった。つまりそれは今まで以上に余裕がなくなったのと同義! 少なくともそこから確かになる事実がいくつかある!)


「へぇ、無傷じゃなかったんだ」


 ニヤリ、と唇を片方だけ吊り上げ嘲笑してみせる。


 言ってなかったが、僕はこの手の罵詈雑言にめっぽう強い。言葉というのは大抵のものがそのまま相手に翻るものだし、むしろ相手が熱くなればなるほど、こちらが誘導しやすくなって助かるくらいだ。


「……チッ」


 苛立たしげに舌打ちをするのはほぼ肯定と変わらない。僕は内心でほくそ笑みながら、次の攻撃を考える。


 非常に悔しいが、僕の最強魔法である《終焉(カタストロフィー)》も避けられてしまった以上、今の僕が向かって奴を倒すのは不可能だと言わざるを得ない。


 そして今の奴が手負いの状態とはいえ、攻勢に回ったら僕が凌ぎ切れるかは少し怪しいところがある。


 無論、命に代えても後ろにいるニーナたちは守り抜くが、決定打は与えられない。


 兄さんと旅をするようになってから再び自分に課していた、冷静であり続けるようにしている思考の一部が厳然と答えを出す。


 物理的に倒すことは不可能。ならば、こちらの余裕を見せつけてやり、向こうを撤退に追い込む。


 これが現状の僕に取れる最善の手段。


 ……この手で今すぐにでも奴の全身を引き裂いてやりたいが、グッと堪える。


 今は生きることが先決だ。生きてさえいれば、必ず奴を打倒するチャンスが訪れる。


 だから今は――この内蔵を焼き尽くしてしまいそうな怒りを押さえるんだ。


「どうやら《終焉(カタストロフィー)》はさすがに避け切れないみたいだね。……なら、何発でも撃つだけだ」


「…………」


 タケルの顔が苦々しげに歪む。その様子を見て、僕は自分の行動が悪い方向に作用していないことを確信した。


 実際のところ、あれは二発以上撃てないのだが。威力を抑えたのだって、手加減したからではなく、あれ以上は僕の意識が持たないからだ。


 それを示すかのように全身は軋み、心臓は不規則な不協和音を奏でている。血の巡りが不規則になっているからか、視界も暗くなったり明るくなったり忙しい。


「どうする? そっちが望むなら、僕はいくらでも付き合ってあげるよ。僕が奏者でお前が踊る側……。さながら死の舞踏だ」


 くくっ、と軽く笑いながら片手を突き出す。僕はいつでもお前の行動に合わせて魔法を発動できる、という意思表示だ。


「…………さすがに、君相手に手傷を負った状態で戦うのは難しいね。ここは退かせてもらうよ」


 僕が待っている間に余裕を取り戻したのか、再び僕と似通ったしゃべり方をしながら殺気を収める。


「……素直に退かせるとでも?」


 だが、ここで油断をしてはいけない。


 悟られるな。奴がこの場から居なくなることを喜んでいる自分を奴に悟らせるな!


「……今、その位置からさっきの魔法を放ったら、兄さんの遺体を巻き添えにするよ」


「……っ」


 わずかに瞳が揺れ、兄さんの方に焦点を合わせる。こればっかりは本当に意識しないで取った行動だ。


 その瞬間を見逃さず、タケルが地面に何かを投げつける。


 途端、視界が真っ白に漂白される。神経を直接握られたような激痛が目の奥に走る。


「ぐ……っ!」


 個人で携行できる閃光弾だ。さほど強い光を放つわけではないと聞いていたが、これは人の目を潰すには十分な威力だろう。


 光で潰された視界を捨て、僕は耳に感覚を集中させてタケルの動向を探った。


 しかし聴覚で相手の動向を探ることはできず、視界が戻ってもそれは同じだった。


「…………」


 つまり、僕が目を開けた時にタケルの姿は影も形も見えなくなっていたということだ。


「……ふぅぅぅぅ」


 全身が強ばっていることに気付き、力を抜く。


 そういえば今までニーナが何も言ってこなかったな、と思ってニーナの姿を探す。


 ニーナはすぐに見つかり、兄さんの遺体にすがりついて気を失っていた。静かなはずだ。


「目が覚めたら……埋葬しなきゃな」


 胸を刃で貫かれたような痛みが走り、涙腺が緩む。鼻の奥がツンと痛み、瞳に涙の膜がかかる。


 ……ダメだ。泣いちゃいけない。


 涙目になっていることを自覚しながらも決して雫まではこぼさず、僕はニーナが目を覚ますのを待つことにした。


 いつの間にか、曇天の空からは大粒の雨が降り注いでいた。




 それはまるで、世界が兄さんのために泣いてくれているようにも思えた。

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