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二部 第三十七話

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」


「はあああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」


 ヤマトとタケル。両者の刀が激しくぶつかり合い、火花を散らす。


 お互い地面に足をつけ、体重を全て乗せた重い斬撃を放ち、それによって崩れた体勢すら利用してさらに攻撃を行う。


 ヤマトが袈裟懸けに斬り下ろせば、タケルはそれを残像すら残さない速さで横に回り込み、胴体を切り離す薙ぎ払いを放つ。


「ふっ……!」


 己の刀を地面に突き刺すことによってヤマトはその攻撃を防ぎ、そのまま柄を支点に体を浮かせて回し蹴りをタケルの顔面目がけて叩き込む。


 しかし、それはタケルの持ち上げた左腕によって防がれ、おまけに鎧に覆われた部分を蹴ったため鈍い痛みが足に走る。


「いっつ……」


 思わず目に涙が浮かび、そんなうめき声が漏れてしまう。もっとも、刀はすでに抜いて距離を取っていたが。


「こっちもね……」


 だが、ヤマトの音速じみた移動を可能にする脚力を存分に振るって放たれた蹴撃は、タケルの腕にも鎧越しに衝撃を与えていた。


 ひょっとしたら骨にヒビくらいは入ったかもしれない、とタケルは攻撃を受けて痺れる左腕を振りながら分析する。


「隙だぞ。それは」


 こちらから視線を外し、思索にふける時間を与えるほどヤマトは甘い相手ではない。




 ――鉢刀(はちとう)・黄昏。




 言ってしまえばただの斬り下ろしと斬り上げなのだが、ヤマトの持つ尋常ならざるスピードによってほぼ同時に放たれるそれは斬り下ろす時は太陽の光を受けて白に、斬り上げる時は地面の影によって黒く光るそれはまさに黄昏という言葉がぴったり当てはまる。


 七刀や陸刀、伍刀のような範囲はないが、斬り下ろしと斬り上げの重なった範囲にいる物はどんな物体でも斬り裂く特性を持っている。


 そう、たとえ次元断層で防ごうとしても、その中にいたら防げない攻撃なのだ。


「はっ……!」


 これは受け切れない、と即座に脳が答えを出したタケルは浅い息を吐く。まともに食らったら確実に致死。しかし、無傷で避け切ることはほぼ不可能。


 白と黒の牙がタケルの体を引き裂くまでの瞬きにも満たない刹那の時、タケルの戦闘慣れした脊髄反射じみた思考は驚くべき答えを出した。




 前に出たのである。




「な……っ!?」


 これにはヤマトも驚愕を隠せず、だが攻撃の速度は緩めずに黄昏を最後まで放つ。


 タケルはほぼ何も考えないままただ己の勘に従って前に進み、右手に持っている刀を思いっ切り振り下ろす。


 その攻撃は黄昏の一部である斬り上げとぶつかり合う形になり、二連撃を行うヤマトと一撃に全てを込めているタケル、どちらが勝つかは言うまでもなかった。


「ぐっ!」


 上から思いっ切りかかった負荷にヤマトも顔を苦痛に歪め、その場からバックステップで退く。


「ははは……、生きてるとは思わなかったよ……」


 タケルもタケルで自分が五体満足であることに驚いているようだ。


「……チッ、手応えはあったんだがな」


 だが、無傷というわけには済まなかったようで、黒い鎧の右肩部分がバッサリと斬られて血が流れていた。


「鎧がなかったら右肩が吹っ飛んでたよ」


 ヤマト、タケル双方ともに剣を振った衝撃波だけで相手を斬り裂くことができる。ゆえに、鎧が衝撃波を軽減していなかったら右肩が消えていたということだろう。


「……なるほどね。鎧もバカにできないな」


「まあ、刃が鎧の方に少しでも喰い込んでいれば終わってたけどね……。どうやら今日の僕は運が良いみたいだよ」


「それはいいね。その運を活かして賭場でも行って来い。大儲けできるかもしれないぞ」


「ははっ、僕が金銭に興味を示すと思う?」


「思わねえ。昔っからお前は妙に達観したところがあった」


 なんてことのない兄弟の会話。しかし、双方の間に流れる空気は物理的に重さを感じてしまうほど密度を増している。


「さすが兄さん。僕のことをよく理解してる。……ねえ、兄さん」


 臨界点まで増した緊張が爆発するかに思われた瞬間、タケルは唐突にヤマトへと声をかける。そこには今までの飄々とした感じとは違い、真摯な響きがあった。


「何だよ」


 ヤマトも伊達にタケルと幼少期を過ごしていたわけではなく、その響きを見逃さずに対応した。無論、警戒は解いてないが。


「これは本当に心からのお願い。――僕と一緒に来て」


「……冗談で言ってんのか? だとしたら笑えないな」


 ヤマトはタケルの言葉に本気の怒りが見える低い声で応えた。


 タケルのやったことは到底許されることではない。エクセルとニーナの故郷を焼き、大勢の人々を殺し続けた人間と一緒に行く?


 冗談ではない。ヤマトはどんな理由があろうとタケルのしでかしたことを許すつもりはないし、共犯になるつもりもない。


「最初に断ったはずだよ。心からのお願いだって。……僕は本気で言ってる。兄さん、一緒に来て。僕が昔から意味のない行動はしないってことを知ってる兄さんなら、僕の真意を読み取ってくれる」


「ハッ、ずいぶんと高く買われたもんだな。……オレのことをよく知っているお前なら、オレがどういう返事をするかもわかっているんじゃないのか?」


 懇願にも近いタケルの言葉をバッサリと断ち切り、ヤマトは今までとは違う怒りを露にした顔で睨みつける。


「……そうだね。兄さんなら僕のことを許さないって言うだろうね」


「ご名答。……世迷言はもう十分に言っただろう? もう言い残すことはないか?」


「待って! 兄さん、僕のやっていることは本当に世界のためになるんだよ! むしろここで生きていたって何にもならない! 世界の役に立つこともなく、歴史に名を刻むようなこともなく! ただただ無為に命を削るだけ! そんな人たちに世界の役に立てるようしてあげたんだよ。むしろ感謝してほし――」




「黙れ」




 低く、押し殺した声がヤマトの口から発せられる。込められた想いは――怒り。


 そして弟とは未来永劫わかり合えることはないことをヤマトは確信してしまった。


「お前がどんな目的を持ってあんなことをしたのかオレには正直理解ができないし、するつもりもない。一つ確かなのは――」


 ヤマトはあえて抜刀し、剣先をタケルに突き付ける。




「お前は大勢の人を殺して、大勢の人を泣かせてきたってことだ」




「……そう、だったね。兄さんは昔っから大局的に物事を見れなくて……、本当に――愚かしい」


「言ってろ。……だがな、どんな高尚な理由があったところで、正当化される殺人は存在しない。オレはそんなもの――認めない」


 物事を大局に見れば自分のやっていることは有益だと語るタケルに、たとえどんな理由があったとしてもタケルのやったことを認めないヤマト。


 二人の会話はどこまでも平行線で、兄弟の道がハッキリと分かたれた瞬間だった。


「……ダメだとわかっているが、最後だ。――武器を捨てろ。オレはお前を殺したくない」


「兄さんこそ、ずいぶんと都合の良いことを言ってるよ。――断る。僕にも僕の考えがある」


「……………………………………………………そうか」


 ヤマトの口から漏れたつぶやきは、本当に哀しそうな色を秘めていた。


 静かに瞑目し、ヤマトは頭の内側をめぐる様々な思い出や感情を全て断ち切る。




「――さよならだ。我が弟よ」




「そっちこそさよなら。僕の尊敬するたった一人の人」




 二人はその場から動かず、今の自分にできる最高の技を放った。






「……どう? 何を言ってるのかわかる?」


 僕とニーナ、カルティアの一行は村だったものの残骸に身を潜めながら、チャンスを伺っていた。


 三人の中で一番こう言った細々していることに向いているのはニーナだ。読唇術も使える彼女は何やら唇を噛み締めて、二人の方を凝視していた。


「あいつ……。自分のやったことが世界にとって有益……? ふざけないでよ……!!」


 ああ、うん。どんな会話が交わされていたのか予想ができてしまった。そりゃニーナが怒るのも当然だろう。僕だって腹が立つ。


「ふざけないでよ……! あたしたちはあそこで生きるのが幸せだったのよ……! お母さん手伝って料理を覚えたり、みんなと遊んだり……! それが何の役にも立たない……?」


 隠れているため表立って叫ぶことこそないものの、ニーナの心は相当に荒れていた。


 そして僕も予想を上回る会話内容に臓腑が煮え立つような怒りを感じる。


「あああぁぁ……。腸が煮えくり返る……! 今すぐあいつの口引き裂いてやりたい……!」


 普通にグロいよそれは。そんな光景見たくない。


「……エクセ、魔法の準備はできてる?」


 ニーナの荒れっぷりに内心ビビっていたのだが、さすがに役割まで忘れることはなく、僕に魔法の発動準備を聞いてきた。


「いつでも大丈夫。指示さえあれば今すぐでも撃てるよ」


 すでに発動魔法も決まっている。今回は時間稼ぎが目的だが、当然ダメージも与えられるに越したことはない。


「カルティアは?」


「眠ってる。どうにも自己再生促進のためだとか言ってたけど」


 要するに寝れば治りが速くなるものだと理解させてもらった。とりあえず今は戦力外なのは確か。


「そう……っ! 来るわよ。空気が変わった」


「うん、僕でもわかった」


 かなり距離を開けている僕たちでもわかるほどに高まる緊張感。実際に相対しているわけじゃない僕たちでも息が詰まりそうだ。


「……タイミングはあたしが指示するわ。絶対に、失敗させないでね」


「――必ず」


 体の内側で爆発しそうなくらい高まる魔力に抗わず慎重に、それでいて素早く術式を刻んでいく。


 すでに極度の集中により目は見えなくなっており、耳がかろうじてニーナの声を拾うだけとなっている。それほどに深く自己へと埋没し、魔法という僕に許されたたった一つあそこに介入できる力を磨く。


「………………今!」


 ニーナの言葉と同時、僕は内側に溜め込んだ術式を解放する。




 ただし、一つではなく二つを。




「《巨人の創世(タイタンフィスト)》!! 《風神の吐息(シルフィブラスト)》!!」


 一つ目の魔法で地割れを起こし、タケルを空中に浮かせる。同時に二つ目の魔法で起こした真空波の乱舞がそれに追撃をかける。


「――っ!?」


 まったく気を払わなかった場所からの攻撃にタケルも兄さんも、両方とも驚愕を露にした顔をする。


「っしゃあぁっ!! 一泡吹かせてやった! 兄さん、今!」


 タケルの驚いた顔を見て気分がスカッとするのを感じながら、兄さんに攻撃するように言う。


「お――おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 兄さんが雄叫びを上げながらタケルへと肉薄し、抜刀しようとする。僕の放った二つの魔法への対処で体勢を崩したタケルにそれを避ける手段はないはず。


 誰もが勝利を疑わなかった。自分で自分を褒めたくなるくらい完璧なタイミングと場所だったし、実際タケル相手でも効果はあった。


 なのに、どうしてだろう。




 どうして、タケルの剣が勝手に伸びて兄さんの胸を貫いているんだろう。




「え……?」


 それが誰の声なのか、僕にはわからなかった。ニーナが漏らしたものかもしれないし、僕が自分でも知らないうちに漏らしたものかもしれない。ひょっとしたらタケルが予想もできない結果に驚いて出した声かもしれない。


 ただ、確実なのは兄さんが口から血を吐きながら、抜刀したこと。


『なっ!?』


 そこで驚き、グチャグチャになっていた思考に一定の冷静さが戻る。


「が、はっ……!」


 鎧ごと腹の部分を斬られたタケルも血を吐きながら地面に降り、その場に膝をつく。


「兄、さん?」


 そして僕たちは、兄さんが力なく倒れている光景が信じられず、呆然とその場に立ち尽くしていた。




「いや……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!」




 ニーナが錯乱し切った状態で兄さんに駆け寄る。僕もそれを見て、ようやく呆然としている状態から脱することができた。


「兄さん……兄さん!!」


 カルティアのことなど歯牙にもかけず、強化魔法を使うことも忘れて兄さんに駆け寄る。


「兄さん、兄さん、兄さん! 死なないで! 止まって! 止まってよおおおおぉぉぉっ!!」


 僕より先に駆け寄ったニーナが兄さんの胸に手を当てて、あふれ出る血を止めようとしている。だが、流れる血は一向に止まる気配がない。


「兄さん!」


 パニック状態に陥っているニーナとは逆に、僕はほんの少しだけ冷静でいられた。とは言っても、頭の中はグチャグチャだが。


「ニーナ……、エクセル……」


 兄さんの目がわずかに開き、焦点の合わない瞳が僕の方を見据えて手が伸ばされる。


「なに!? あたしはここにいるよ!」


 ニーナはすぐさま伸ばされた手に飛びつき、胸の中にかき抱くように握り締める。


(わり)ぃ……お前らの……願い、叶えられなかった……」


「そんなこといいから! エクセ、どうしよう!? 血が止まらないよ!」


「………………」


 ニーナのすがるような視線に、僕は何も言うことができなかった。


 心の中で暴れ狂う感情を必死に押さえつけ、泣き叫びたくなる衝動を抑えるので精一杯なのだ。


 ここで僕まで泣いたら兄さんを…………看取る人がいなくなる。だから耐えろ。その一念だけで、僕は感情を殺していた。


「……二人とも、悪いけど……、オレは死ぬみたいだ……」


「ウソ! ウソよ! こんな傷、ちょっと寝て休めばすぐに治るから……お願いだから目を開けてよぉ!!」


 泣き叫びながら兄さんにすがるニーナ。僕はニーナとは対岸の位置に膝をつく。


「エクセル……」


 それを感じ取ったのか、兄さんの残った腕の方が僕に伸ばされる。


「うん。――ニーナは僕が守るよ。絶対に」


 言いたいことは何となくわかっていたので、兄さんの手を握りながら先にそれを言わせてもらう。


「はは……、相変わらず……察しのいい奴……。もう一つ……頼んでも……いいか……?」


「当然」


「お前に頼むのは……筋違いかもしれない……。でも、頼む……!」




 あの剣を、破壊してくれ……!




「剣、を?」


 ちょっと予想とは異なる頼みのため、少しだけ驚く。


「あの剣……、オレたちの勝負を……汚しやがった……。宝剣だろうが……知ったことか……。勝負を汚した……報いを……ごぼっ、がはっ!」


『兄さん!!』


 僕とニーナの声が重なり、腕をかき抱く手に力を入れる。


「わかったよ! 絶対にやってみせる! だから、だから……!」


 目をつむり、次に言うべき言葉を探す。


 本音を言えば生きていてほしい。それがどんなに苦痛であったとしても、僕は兄さんの生を願う。


 でも、もう……兄さんの目は安らかなものになっていた。願いをちゃんと人に託せて、安心している人のそれだ。


 僕は……僕はっ!!




「ゆっくり、休んで……。兄さんの想い、全部引き継ぐから……」




 そして指を微かに動かし、兄さんの瞼を閉ざしてやる。


「ああ……安心だ……。お前は……昔から……、決めたことは……迷わない……からな……」


 僕の決意を聞いた兄さんは、心から安心したような声を出した。


 迷わない? 冗談だろう? 僕はいつだって迷っている。今だってそうだ。ワガママに兄さんに生きていてほしいと叫べばよかったんじゃないか、と思ってしまっている。


「エクセ……ニーナ……。頼んだ……ぞ…………」


 その一言を最後に、兄さんの生命活動はゆっくりと終わりを迎えた。






「兄さあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁん!! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!」


 兄さんの死を知ったニーナが先ほどよりなおひどく泣き喚き、動かなくなった兄さんの体にすがりつく。


「…………」


 僕は冷たくなる前に兄さんの温もりを覚えておこうと、両手で力いっぱい兄さんの手を抱き締める。


 しばし抱き締め、肌に、脳に、心に温もりを刻みつけてから立ち上がり、タケルの方を見る。


「……正直、僕は今まであんたに特別強い恨みがあったわけじゃないんだ」


 タケルは斬られた腹から血を流していたが、止血の作用かすでに止まりかかっている。……あの調子なら死ぬことはないだろう。


 だから――




「今から僕が……お前を殺してやる!!」




 頭の中が真っ赤になるような怒りに心を満たしながら、思いっ切り叫んだ。

とうとうヤマトが死亡しました。思えば私はこのキャラを活かし切れたのか……ちょっと不安です(笑)


そしてようやくエクセルの成長物語が始まります。今までも身体能力や戦闘技術などは上がっていたのですが、精神面的な強さはあまり変わっておりません。基本的にヤマト至上主義でしたから(笑)


もうすぐ二部も終わり、そこからは三部に移るまでの空白の二年半を投稿させていただくこととなりますが、最後まで目を離さず見てやってください。

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