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二部 第三十六話

 コソコソと慎重に物陰から物陰へ移動し、細心の注意を払いながら僕たちは村に近づいた。


「…………」


 村に近づいたことで思い出したのだが、ニーナは大丈夫なのだろうか?


「どうしたのよ。早く行くわよ」


「あ、うん……」


 どうやら問題はないようだ。一つのことに集中しているからトラウマが表に出る時間もないのか?


「マスター。あまり村のことは思い出させない方が得策です。ここで倒れられたら私たちも巻き添えを食らってしまいます」


 カルティアのささやきに全力で同意するしかなかった。


 ニーナのトラウマはひとまず思考の外に置き、今は目の前に迫ってきている攻撃の余波を受け流す方が重要だった。


「カルティア、防御はできる?」


 僕はクリスタルを自分の腕に纏わせ、防御の姿勢を取りながら聞く。


「はい。魔力を消費しますが、自力で防御フィールドを作れます。……ただ、あの攻撃を受け切る出力は難しいです」


 それで十分だ。僕だって防御に入るのだから。


「ニーナは攻撃の薄い部分を読んで。そこに体をねじ込ませてカルティアが防御。ヤバいと思ったら引いて僕が出る。……悪いけど、カルティアは機械の特性を存分に利用させてもらうよ」


 カルティアは多少の傷を受けても平気だし、生身の僕と違って耐久力もある。


 ……ちょっと人間扱いしないことに罪悪感があるが、今はなりふり構っていられない。ほんの少しのミスでも死に直結する状況だ。


「罪悪感を感じないでください。私は機械で、マスターに思う存分使われることこそ本懐です。武器の喜びは、大切に保管されることよりも使われることなのですよ?」


「…………わかった。そう思うことにする」


 無論、ウソだ。いくら自分が武器だと言われたところで、女の子にしか見えない奴をすぐに武器扱いできるほど割り切るのが上手いわけではない。


「……来るわよ! 左側面から空間の歪みが迫ってる!」


 そんな時、ニーナが鋭い声で僕たちに注意を呼びかける。……どういう感覚をしているんだろうか。僕には予兆すら読めなかったのに。


「……っ!」


 だが、いきなり防御不可能技が来るとは運が悪い。僕もカルティアも即座に防御姿勢を解いて、すぐに動ける体勢になる。


「避けられる場所は!?」


「……右に飛んで!」


 ニーナの指示通り、すぐさま右に身を投げる。当然、ニーナの体はこちらで抱えておく。


 飛び上がる際に巻き上がった砂が何もない空間で一点に収縮されていくのが視界に入る。コンマ五秒遅かったら死んでいたのは自分たちだと思い至り、背筋が冷えた。


「……先を急ぐよ! こんな場所、長居はしたくない!」


「了解です」


「待って! 刃がこっちに向かってくる! 全力で下がって!」


 ニーナの体を抱えたまま、何も考えずにバックステップする。


 その直後、自分たちがついさっきまで立っていた場所に無限刃で作られた刃が次々と墓標のように突き立つ。


『…………』


 突き立った刃は剣技で作られたもの。ならば消えるのではないか、という疑問のもとに待ってみるが、一向に消える気配がない。


「……よし、行こう! 防げそうな攻撃は防ぐよ! ……多分無理だろうけど」


 鳴動が来たら次元断層の使えない僕たちには避けるしか方法がないし、無限刃も防ぎ切れるか結構微妙なところだ。


 閃光は余波が飛ぶような代物じゃないし、光の速さで迫ってこられたらこっちに対処の方法など存在しない。諦めて死のう。


 僕たちは戦場を一直線に突っ切る時よりも恐怖を覚えながら、走り出した。






「ふぅぅ……」


 ヤマトは空を駆けながら、ため息のような集中の深呼吸のような空気を吐き出す。


(そろそろ疲れてきたな……)


 まだ肩で息をする、というほどまで消耗したわけではないが、尋常ならざる速度で動く手足が重くなってきたのは事実。


 だが、それは向こうも同じ、あるいはヤマトよりひどい状態になろうとしていた。


「あはは……。やっぱり、月断流相手に鎧は意味ないよね……。これ、一応魔法かかっているから、ある程度までならどんな攻撃でも緩和するんだけど……」


 タケルは地に足をつけ、頬に汗を流しながらそんなことを言う。その肩が鎧越しにもわかるほど上下しており、ヤマト以上に疲弊しているのが見て取れる。


「そんなチャチなものがオレの刀で斬れないと思うか?」


 タケルに合わせるようにヤマトも地面に降り、油断なく刀をいつでも抜刀できる姿勢で構える。


「思わないね。兄さんの剣は全てを斬り裂く。この――」


 ヤマトの自信の表れである言葉もタケルは素直に認めながら、右手に持っている有機的にうごめく剣を高く掲げる。




「――斬界(ざんかい)を除いて、ね」




「斬界……。それが名前か?」


 ヤマトの読んだ古文書の中にあの剣に関する記述はほとんどなかった。あっても微妙に真実なのか虚偽なのか判断に迷うものばかり。


「確か……、斬った人間の魂を吸って切れ味を増す、だったか……」


「あ、そういう風に伝わってるんだ。――全然外れ。この剣にそんな大それた効果はないよ」


「そ、そうなのか……」


 あの古文書ウソ書いてやがった、とヤマトは内心で当時読んだ古文書を燃やす決意をする。


 そして、一つのことがウソであったのなら、連鎖的に他の記述も怪しく思えてきてしまうのが人間だ。


「ということは……一振りで次元の裂け目を作るのも、念じればどんな形にもなるっていうのはウソなのか!?」


「いやいやいや、どこからそんな根も葉もないことになったわけ? というか次元の裂け目を作るってどう考えても次元断層でしょ」


 さすがにあり得ない内容にタケルも突っ込みを入れてしまう。その姿はやはり、どこかエクセルを彷彿とさせるものだった。


(こいつが似てるのか、エクセが似てるのか……。偶然だろうけど、あいつにはキツイな)


 両親の仇と同じ雰囲気を纏っているのだ。当人からすれば、死ぬほど苛立つだろう。


「それに後者の方もまったくの事実無根……。そんな機能があれば、真っ先に使ってるよ」


 タケルは呆れ切ったような顔をして、ヤマトの方を見る。バカにされていることが明らかな顔だったが、これに関しては否定できなかった。


「まあ、そりゃそうだ。……さて、お互いそろそろ息も整ったところだろ。――決着、付けようぜ」


「――うん。そうだね」


 兄弟同士の殺し合い。例えそれが同門で実力のほぼ拮抗した、打ち合っているうちにどんどん高みへと昇れるような楽しい時間であったとしても、本質は変わらない。


 両者の間で緊張が高まっていく。密度を増しに増していく殺気に空気そのものが恐怖しているかのような風が吹いた。


 そして、それを合図に二人の姿は霞んで消えた。






「……よし、だいぶ近づいた!」


 途中までは攻撃の余波を避けたりやり過ごしたりするのに精一杯で遅々として進まなかったのだが、少しだけ攻撃が止んだ時間があり、その間に距離を詰めることができた。


「でも……」


 ニーナは少しだけ痛ましそうな表情で辺りを見回す。


 訪れた時でさえ、焼き滅ぼされて無残な姿を晒していたというのに、今となってはその残滓すら見受けられない。


 平たく言ってしまえば、あの二人の戦闘が激し過ぎて小規模な村の残骸など、ほとんど消え失せてしまったということだ。


「あたしたちの故郷、本当になくなっちゃったんだ……」


 ポツリとつぶやくその言葉に、僕は同意できなかった。


 なんせこちとら記憶がすっぽりと抜けているのだ。この村が自分の故郷です、と言われてハイそうですかと言えるわけがない。未だに記憶も戻っていないし、正直言って実感に欠ける。


 ただ、まあ……ニーナが寂しがっているような顔をしていることだけは十二分に理解できた。


「……先、急ごう」


 もっとも、そこで気の利いたセリフなど言えない僕には、先へ行くことを促すことしかできなかったが。


「……わかってるわ」


 ニーナも頭を振って感傷を追い出し、カルティアの方を見る。


「そっちは大丈夫? 何度か際どいところがあったけど」


「問題有りません。移動しながら治癒も行ないましたので、状態も万全です」


 カルティアの体って本当に便利だな。なろうとは思わないけど。


「……ねえ、ニーナ」


 二人のやり取りが終わるまで待つつもりだったのだが、唐突に自分の死ぬイメージが脳裏に閃いたため、会話に割って入らざるを得なかった。


「なんか……嫌な予感しない? 僕でも死ぬイメージが明確に持てるんだけど」


「……っ!? 全員防御! これ、本当にヤバい!」


 ニーナの焦ったような言葉に従い、すぐさま前に出てクリスタルの障壁を展開する。そして僕のさらに前にカルティアが出て、魔力を放出した壁を作り出す。


 その直後、カルティアが吹き飛んだ。


「な……っ!?」


 どんな攻撃が来た!? まったく見えなかったぞ!?


 僕が驚愕で目を見開く中、僕の展開したクリスタルの障壁がすごい勢いで削られ始める。何がそれを行っているのかは――まるで見えない。


「ニーナ、攻撃は何!?」


 次々とクリスタルを生み出すことにより何とか攻撃を凌ぐのだが、分析ができない。このままではジリ貧だ。


「わからない! 本当に何なのかわからないのよ! でも、前に進めば攻撃範囲からは出られる! あたしの勘がそう言ってる!」


 僕の勘もそう言っていた。少なくとも、ここに居続けたら待つのは死あるのみだ。


「カルティア、動けるか!?」


「動くだけなら何とかなります! ですがこれ以降は足手まといになる可能性が――」


「ニーナ、カルティア背負って!」


 自分を置いていけ、とカルティアが言い出す前に指示を出し、ニーナがカルティアの方に駆け寄るのを見て僕もすぐさま走り寄る。


 二人がかりでカルティアを背負い、全力で前に走る。横から来る正体不明の攻撃はクリスタルをありったけ作って防ぐ。


「というか重っ……! ……ニーナ! 先に行って奇襲しやすそうな場所を見繕ってきて! 僕がカルティアを背負う!」


「了解!」


 ひょっとしたら虫のようにアッサリ死ぬ可能性をはらんだ指示なのに、ニーナは逡巡する様子もなくうなずいて走り出した。


 僕はニーナに危険な役割を与えてしまったことにほんの少しだけ後ろめたさを感じながら、カルティアを背負い直して、目にばかり施していた強化を全身に回す。


「カルティア。僕がマスターである以上、むざむざと死なせるつもりはない。機械とか人間とかじゃないんだ。ただ――そんな状況になったら体が勝手に動くんだ」


 だから置いていけ、という頼みは聞けない。誰かを助ける、という行為に関して僕は脳で物を考える前に動いてしまう癖があるから。


「…………それをしないマスターは、マスターではないのですね」


 そして、優秀なカルティアは僕の言葉足らずな説明で全てを理解してくれた。


「ん、その通り。……ニーナが見えた」


 カルティアの言葉に微かにうなずくことで応え、ニーナの待っている場所まで滑り込む。


「……暗殺者としてのあたしから言わせてもらえば、ここが最高の場所。あたしのナイフも通るし、あんたの魔法も発動できる。……ここでやるわよ」


 ニーナの説明を聞いて、自分たちがようやく成すべきことを成せる場所まで来たことを実感する。


「――うん、成功させよう」


 言葉少なにうなずき、戦闘行動はできそうにないカルティアを横たえ、僕も体内の魔力を励起させる作業に入り始めた。

ようやく二部の終わりがハッキリと見えました。四十話が終わり――つまり残り四話です。


三部は物語の中で時間が開き、二年半後の世界となります。


そのため、空白の期間を2,5部と称して書かせていただこうと思います。

こちらはそこまで長くするつもりもありませんので、すぐに終わると思いますが……。




……もう三ヶ月かぁ……早いなあ……話数がそのまま投稿し続けている日数になるから計算が楽だ(笑)

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