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二部 第三十四話

 先手は僕よりも早い兄さんだった。


「久しぶりだな、こうして剣を交えるのは――!」


 そんなことを言いながら体を地面にくっつくほどかがめ、下段からの抜刀術を放つ。




 ――壱刀・牙。




「ははっ、そんな初歩の初歩で僕が倒せると思ったの?」


 タケルは緩やかな――しかし無駄のない滑らかな動作でそれを避ける。


「舐めるな!」


 兄さんは返す刀で当たり前のように弐刀・断空を放ち、後ろに避けたタケルを追撃する。


 それも予測していたであろうタケルは上体を大きくそらすことで回避し、そのままバック転を行って距離を離した。


 そこに入るのが僕だ。


「いっけえええええぇぇっ!!」


 クリスタルの大剣を大上段に構え、兄さんの肩を踏み台にしてタケルの上を取る。左腕には紫色の重力球がすでに用意されていた。




 ――重剣・断頭台(ギロチン)




 地上に存在する重力以外の重力を味方につけ、驚異的な加速を生み出しながらタケルの上から真っ逆さまに剣を突き立てる。


「おっと!」


 しかし、地面に小型のクレーターすら作る威力の攻撃をタケルは無傷で避け切ってみせる。


 そしてその動きには、どこか兄さんと似通った部分があった。


「兄さん、当たらないよ!」


「んなもん当然だ! あんな大振りで月断流の人間が当たるわけねえ!」


 戦闘時特有の荒い言葉遣いで兄さんが叫ぶ。どうやら重剣は役に立たないらしい。


 兄さんはタケルが僕の攻撃を避けるのに使った時間を利用し、さらに抜刀術の姿勢を作っていた。


「この……っ!!」


 次につぶやかれた剣技を聞いて、僕は心底仰天する。




 ――伍刀・無限刃。




 抜刀すると同時に無数の刃が出現したのだ。


「天技!?」


「バカ言うな、剣技だ!」


 いや、人間にできる範囲を明らかに超えているだろう。


「はぁ……っ!」


 しかし、兄さんの放った伍刀もタケルの前では効果を成さなかった。


 今まで攻撃をひたすら避けていたタケルが初めて刀に手を添え、抜刀する。


 その瞬間、タケルに向かって殺到していた刃が一つ残らず消えてしまう。残ったのは、わずかな空間のひずみのみ。


「次元断層……!」


 天技の一つだ。予想はしていたが、こう実際に見せられると驚いてしまう。


「チッ、これがあるから……」


「僕たち月断流の勝負は厳しいものとなる……でしょ。お互い、この技があるから殆どの攻撃が無効化できる」


 兄さんの舌打ちをタケルが補足する。確かに次元断層があるのでは、お互いの防御がほぼ無敵になってしまう。


(あの防御を崩すには抜刀した隙ぐらいしか……っ!)


「そこの君は気付いたみたいだね。そう、天技・次元断層を使える人間同士の戦いは相手が納刀していない時に攻撃を叩き込むしかない。一見面倒そうに見えるが、速度に重きを置く月断流なら納刀するまでの時間は十分に隙となる」


「認めたくはないが、タケルの言う通りだ。……なあ、そろそろ体も暖まってきた頃だろ。本気を出さないか?」


 ……それは冗談ではないのか? 今までの攻防でさえ、僕にはついて行くのがやっとだったのに?


「兄さんの言う通りだね。今までは天技をほとんど使ってなかったし……。そろそろ全力で行こうか」


(…………ダメだ! これ以上は戦えそうにない……!)


 天技を使えず、かと言って代用できそうな魔法もない。身体能力だけで言えば強化で追いつける可能性もあるが、こればかりはどうにもならない。


「………………クソッ!」


 こんな時にどうして自分は無力なんだ。その苛立ちが自分の中でざわめく。


 本音を言ってしまえばここに残って戦いたい。でもそれは、ほぼ確実に兄さんの足を引っ張る結果となる。


「…………兄さん! 僕はもう戦いについていけない! 悪いけど下がる!」


 そのため、僕は苦渋の決断として戦線から退くことを選んだ。


「それでいい! 下手に戦われるよりよっぽど安心して戦える!」


 僕の判断を兄さんは褒め、すでにタケルの方に向かって瞬間移動じみた速度で動いていた。


「告死か……。でも、それは相手が殺気に呑まれないとただの夜叉だよ!」


「んなもんわかってるんだよ! だから……こうだ!」


 夜叉の状態で身体能力が異常強化されている兄さんは、その脚力を以てして地面を強くえぐり上げる。


 起こったのは砂煙ではなく、小さな礫の嵐だった。


「っしゃ!」


 しかしタケルの方もそれを夜叉の状態で大きく横に動き、軽々と避ける。だが、そこにはすでに兄さんが待機していた。


「お前のクセ、全部お見通しなんだよ!」


 兄さんはそう言って、光のごとき速さで抜刀する。




 ――陸刀(ろくとう)・閃光。




 それはまさしく光の筋だった。


 抜刀した刀から迸る光の線。それが尋常じゃない速度でタケルに迫る。


「……はっ!」


 しかし、タケルの方も同じ技で対応してみせた。


 光の線と光の線がぶつかり合い、せめぎ合う。どちらが勝つかは僕にもわからない。


 だが、少なくとも戦っている両者の間には読めていたらしく、二人はすでに動いていた。


「勝負っ!」


「空中戦? いいよ、やろうか!」


 天技・空駆(そらがけ)を使った二人が空中で目まぐるしく交錯する。


 空を駆ける術を持たない僕にはその戦いに介入することはできず、かと言って魔法も兄さんを巻き添えにしてしまう可能性があるため、うかつに放てない。


 ……そもそも、戦いのレベルが違い過ぎて僕ではもう目で追うのがやっとだ。


「はぁっ!」


「ふぅっ!」


 二人の刀がぶつかり合い、火花を散らす。そして動きは残像を残し、縦横無尽の軌道を描く刀は銀に輝く――。


(……ダメだ)


 目の前で繰り広げられる人のレベルを遥かに越えた戦いを見て、心が折れてしまう音を確かに聞いた。聞いてしまった。


 奴をこの手で倒したい気持ちはある。なのに、現実がそれを不可能だと声高に叫び、僕に叩きつけてくる。


「チクショウ……ッ!」


 歯よ砕けろと言わんばかりの力で歯ぎしりをするが、意外と丈夫な僕の歯はまったく傷つかない。


 そんな僕を尻目に、兄さんとタケルの戦いはさらに上の高みへと至ろうとしていた。


「はははっ! すごい、すごいよ! 腕を上げたね、兄さん!」


「――っ、テメェもな! 剣におんぶに抱っこのままだと思ってたよ!」


 獰猛な笑顔を交わし合いながら、二人は抜刀術と体術の混合された見事としか言えない攻撃を繰り出し合う。


(ダメだ……、もう目でも追い切れない……!)


 僕の目では二人の姿が霞んで全体像を捉えられないので、強化魔法をさらに強め、魔力を主に目に集中させる。


 どうせ僕の能力ではあの戦いに介入することは無理だ。しかし、無理だとしても僕はあの戦いを見届ける必要がある。


 目に込められるだけの魔力を込めてようやく、兄さんたちの姿がハッキリと見えるようになる。そこで二人が少しのケガを負っていることに気付く。


(兄さんは腕……。タケルは足……。兄さんが有利!)


 足を傷つけられては今までのような機敏な動きができなくなる。このレベルの戦いで機動力の低下は即敗北に繋がる。


 そこまで読み取ったところで、両者が距離を取る。そしてまったく同じ動作、タイミングで抜刀する。




 ――七刀・鳴動。




 大気を揺るがすのではなく、次元そのものを揺るがす斬撃が辺りの空間を歪め、そこにある物質を押し潰していく。


「う、うわっ!?」


 その余波で地面が激しく揺れ、立つのも難しいくらいだ。


 ……というか、これって剣技なの? 七刀、と言っていたから剣技の範疇なんだろうけど……、もはや天技の領域だろう。


 無差別に押し潰しているものと思われる空間圧縮だが、どうやらある程度の狙いがつけられるらしく、一直線にお互いの相手を狙う。


「っらぁっ!!」


「っせいっ!!」


 だが、まったく不可視の攻撃であるそれを二人は次元断層を作り出すことによってアッサリと防ぐ。


「このぉっ!!」


 兄さんはその場所から動かず、さらに刀を振り回して弐刀・断空を無数に作り出す。


 タケルはそれを空駆で上に飛ぶことで避け、上空から刀を縦に振り下ろした。




 ――参刀・陽炎。




 今度は刀身が伸び、一直線に兄さんを斬り裂く軌道を取る。


 ……もうね、ここまで来ると魔導士もビックリだよ。この人たちの方がよっぽど魔法らしい剣技を使っている。


「甘いっ!」


 兄さんは伸びてきた刀身を半身になることで紙一重で避け、あろうことかそれに足を乗せてその上を走り出した。


「そっちもね!」


 だが、タケルは空を走ることすらできるその脚力を存分に振るい、足刀だけで真空波を起こす。


「お前がな」


 しかし、タケルにできることが兄さんにできないはずがなく、兄さんは柄に手を添えていない左手を振るって真空波を起こし、タケルのそれとぶつけ合わせる。


 相殺されたそれに一瞥もくれず、兄さんはさらに速度を上げてタケルに肉薄する。


「食ら……えっ!!」


 裂帛の気合とともに抜刀し、陸刀・閃光がタケルの体を真っ二つにすべく光の速さで突き進む。


(……いや、当たらない)


 傍から見ていればわかるのだが、あそこまで追い詰められた状況にあってなお、タケルの表情からは余裕が消えていない。


 事実、僕の予想通りタケルは閃光を避けてみせた。それも上体をわずかにそらすだけ、という実に無駄のない動きで。


 しかもお互いここまでやって汗一つかいていない。つまり、この程度はまだ小手調べに過ぎないということ。


「……まあ、型にはまった天技と剣技の応酬じゃこんなもんだろ」


(これで型通り!? いや、確かにあれは綺麗だった。それ単独でも威力が高いけど、あまり実戦に向く技じゃない)


 牙は初歩の初歩過ぎて、ちょっとコツさえ掴めば誰でも扱える。断空は慣れた人間でなければ横切りしか出せない上、足を止めて抜刀のために納刀する必要がある。


 陽炎はぶっちゃけ使いどころに悩む。混戦なら役に立つだろうが、一対一の勝負だったら避けるのは容易いし、戻す手間を考えるとあまり使いたくない。


 駟刀(しとう)は……見てないからわからない。伍刀以降は正直、使える人間がこの二人以外にいるのかどうかが疑問。


「そうだね。……じゃあ、今までのは月断流の確認。兄さんも腕を上げたみたいだね」


「お前もな。……それじゃ、ここからは旅の間に鍛えた剣技で戦わせてもらうとするか」


「うん、異論はないよ」


 兄さんとタケルが別の構えを取る。兄さんは柄に手を添えた抜刀術の構えを。タケルは刀を抜き、だらりと自然体だ。


(……ここからが始まり)


 二人にとっての真剣勝負。僕の入れる余地は――ない。


 そして合図もなしに、二人はまったく同時に激突した。

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