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二部 第三十三話

 ガウスの故郷ロウニードを旅立って一ヶ月が経過した。


 僕たちは現在、僕とニーナの故郷に向かって最短距離を突き進んでいる最中だ。


 ……いや、ロウニードからでは距離があるんだよ。さすがに森とかは迂回した方が安全だし、深い谷なんかは迂回せざるを得ないのだが、まさかここまで時間がかかるとは思わなかった……。


「あそこで手紙をもらったんだから、向こうもあまり待たないとは思うけど……」


「何言ってんのよ。今さらあいつに対して遠慮する必要があるわけ? むしろいくらでも待ちなさいっての」


 ニーナの神経がどんどん尖っていくのがわかる。あまりに尖らせ過ぎて折れないことを心配するばかりだ。


「兄さんだけでも先に行く……のはダメか。そんなことしたら僕たちが村の入口から奥に入れなくなる」


 今まで見てきた赤の他人の村でも、焼け落ちた跡を見たら吐き出すほどだったのだ。本当の故郷ではどれほどのひどさになるか、まったく予想がつかない。


「まあ、ゆっくり着実に行けばいいさ……。道半ばに倒れて、一番無念なのはオレたちなんだからな」


「そうだね。それに途中で死んだら奴はそれこそ待ち惚けだよ」


 兄さんの言葉に肩をすくめてうなずき、先頭に立って歩き出す。その後ろではニーナがぶつぶつと何かを言っていた。


「……それも悪くないわね」


『ちょっと!?』


 ヤバい、ニーナが何か変な方向に吹っ切れている。


 とまあ、こんな感じで僕たちは故郷を目指していた。目的はただ一つ。




 ――タケルに会うために。







「……見えてきました」


 カルティアが僕たちの中でも卓越した視力を持って、村の姿を的確に捉える。


 村に近づいた。それだけの事実が腹に重くのしかかる。すでに胃の中はゴロゴロと鳴り始めているくらいだ。


「……確かにな」


 兄さんもカルティアの言葉のすぐ後に同じことを言う。


 僕はまだ気分が悪くなる程度で済んでいるが、ニーナの方がすでに危険域に入っていた。


「ニーナ、大丈夫? 唇真っ青だよ」


 ダメそうなら休もう、と続けようとしたのだが、ニーナによって遮られる。


「大丈夫なわけないでしょ。今にも吐きそうで吐きそうでたまらないわ。……ああ、休みとかはいらないから。どうせ休んでどうにかなるものでもないし」


「わ、わかりました……」


 言いたいことを全て言われてしまい、僕としてはうなずくより他ない。


「というか……、あんたこそ人を心配する余裕があるわけ? あんただって顔色悪いわよ」


「う……。まあ、僕は別ということで」


 上手い切り返しをされてしまった。僕も自分の体調は村に近づいているから起きる現象であると当たりをつけている。


 それなら村から離れてしまうのが一番手っ取り早い治療法なのだが、それを行う気が僕とニーナ、どちらにも一切ない。


 ならば、体調が悪いのもサッサと受け入れて進むしかない。


「はぁ……。そうだね。サッサと行ってサッサと終わらせよう」


 胃液が逆流を始めているのがわかる。今日はご飯を食べられなさそうだ。


「……マスターの体調状態がほぼ全て最悪の値を示しています。ついでにニーナ様も。あまり芳しくない状態であると進言しますがどうします? ヤマト様」


「あたしはついでかしら……?」


 カルティアのついで発言にニーナのこめかみに青筋ができる。しかし顔色自体が非常に青いため、どうにも迫力がない。


「休み休み行きたいのは山々だがな。まだ朝になって時間もそれほど経ってないし、何よりこいつらの体調は休んでよくなる類じゃない。一気に行くべきだろうさ」


 兄さんの言葉に僕とニーナは言葉にせずうなずく。ちょっと今腹の調子が危険域に……!


 大きな休憩こそ取らなかったが、僕やニーナが吐く時間を確保するためちょくちょく休みながら、僕たちは村の中へと入って行った。






「……っ!」


 焼け落ち、七年の間に風化し、すでに村の面影を見ることすらできない場所に、一人の男性が佇んでいる。


 それを認識した瞬間、心臓が肋骨を突き破る勢いで拍動を始め、内臓が引っ掻き回されるような気持ち悪さを感じる。


 今まで、いくらかこれと同じような村を見てきた。その度に耐性がついていき、以前よりは遥かにマシな方なのだが……、それでもこのザマだ。


「ぐぶっ!? ごほっ、がはっ、げぇっ!!」


「ニーナ!?」


 そしてニーナはすでに血反吐を吐き散らしていた。こっちも重い体を引きずって背中をさするが、一向に止まる気配がない。


「ニーナ! ねえニーナ! しっかりして!」


 どんどん思考が焦りに染まっていき、しかし打開策も思いつかない。ああもう、どうすれば!?


「マスター、私にお任せを」


 そんな時、ニーナの背中にカルティアの手が添えられた。


 一見すると、さっきまでの僕と大して変わらない行動なのだが、ニーナの容態が目に見えて落ち着いていく。


「これは……?」


「精神状態を安定させる音波を送り込んでます……と言ってマスターは理解できますか?」


「これっぽっちも」


 時々カルティアの言葉がわからなくなる。まあ理解する気もあるわけではないのだが。どうせ古代の技術だし。


 僕の即答にカルティアはほんの僅かにため息をつき、こちらをジト目で見てきた。


「……とりあえず、私の手に触れている人間を落ち着かせることができる、とでも思ってください」


「それならわかった。……兄さん。僕たちは大丈夫だから」


 ニーナもカルティアの補助があればしっかりと相手を見据えられるようだし、僕は非常に気持ち悪いが、吐くほどには至らない。


「……わかった」


 兄さんは入口の方で待っている黒い鎧に身を包んだ人間に近づいていく。


「……っ!」


 黒い鎧。焼け落ちた村。この二つの要素が僕の頭に頭痛を容赦なく送り込んでくる。脳みそに直接スプーンを入れてかき回されているような激痛。


(これ……はっ!?)


 そして脳裏にチラつく一枚絵のような村の光景。本当に一瞬だけしか見えないため、どんな光景なのかまでは判断ができない。


 僕が頭痛に堪えている間に兄さんは男の前まで歩み寄り、口を開いた。


「……十年ぶりか。愚弟」


 そして兄さんの言葉に、鎧の男は思いのほか優美な声で応えた。


「十年ぶりだね。兄さん」


 その声にひどく苛立つ自分がいた。なぜなら、彼の言葉遣いは僕とほとんど同じだから。


「……兜くらい脱いだらどうだ? というか、そっちから呼び出しておいて顔見せもしないのは礼儀に反すると教えなかったか?」


「ああ、そうだったね。ゴメン。今脱ぐよ」


 チクショウ、苛立つ。僕と同じ感じの話し方はやめてくれ。


 僕の内心での苛立ちを無視し、タケルは兜を取る。


 そこには、兄さんと瓜二つと言ってもいいくらいそっくりな顔が現れた。


「これでいいかな? さすがに鎧まで脱ぐのは時間がかかるから勘弁してほしいけど」


「そこまでは求めないさ。……どうして、あんなことをした?」


 今までの知人同士の会話みたいな雰囲気から一変し、兄さんは後ろにいる僕たちからでもわかるほどの迫力をみなぎらせながら問いかける。


「あんなことって?」


 しかし、タケルはそんな兄さんの威圧感をサラリと受け流し、訳がわからないといった顔をしてみせた。呆れた胆力だ。


「とぼけるな! どうしてこの村を焼き捨てた! お前はそんなことをする奴じゃなかっただろ!」


 思わず首を縮めてしまうような怒気とともに、兄さんの声が周囲に響きわたる。


「そんなことをする奴じゃない……。アハッ、アハハハハハハハッ! 兄さんったら、ずいぶんと面白いことを言うね!」


 兄さんの言葉にタケルは心底おかしそうに笑う。その際の笑顔はハッキリ言って狂っていた。


「この刀を奪う時に何人も殺したんだよ、僕は。なのにそんなことをする奴じゃないって……、ホント、お笑いだよ! アッハハハハハハ!!」


 グチャリ、と僕の中で何かが潰れた。それが理性だったのか、最後までこいつから情報を引き出そうとする打算だったのかどうかは定かではない。


「――死ね」


 そして幸か不幸か、それが潰れた瞬間に僕の体調はいつも通りになっていた。


 クリスタルを荒削りした短剣を二本作り出し、投擲する。


「おっと」


 タケルはそれをロクに確認もしないで指に絡め取り、地面に捨てる。


「危ないなあ……。兄さん、息子の躾はちゃんとした方がいいよ」


「オレにこんな年の近い息子がいてたまるか。……この村の、生き残りだ」


「へぇ?」


 タケルはそこで初めて僕たちに視線を向けた。


 顔立ちは兄さんとほぼ同じな精悍な作り。髪の色も同じ黒で、それを短く刈り込んである。


 ただ一つ。兄さんと違う点があるとすれば、それは瞳の色だった。兄さんの目は透き通った琥珀色なのに対し、こちらは禍々しい赤であることくらいか。


「君がさっきの……。なるほど、君は早めに殺しておくべきだね」


 そのセリフと同時にタケルの姿は霞み、 次の瞬間には目の前で刀を突き出していた。


「……っ!」


 それを避け切れたのは我ながら奇跡だったと思う。


 体を半身にしながら右手を掌底のように広げ、刀の横部分に当てて受け流す。自分でもビックリするくらい滑らかな体の動きだった。


「……へぇ! 避け切れないと思ったんだけどね!」


 僕の動作にタケルはわずかに目を見開き、すぐさま追撃の薙ぎ払いに入る。そこでようやく、僕はこいつが人を殺してまで持ち出すほどの刀の全貌を把握した。


 兄さんの使う銀色の刀身が輝く波切とはまったく違う。有機的にうごめく鈍色の刀身。


 ……というか、これは剣なのか? 剣だとしたら僕は剣の定義に異を唱えたくなるのだが。


「っしゃぁっ!!」


 そんな疑問を思考の果てまで放り投げ、僕は横から体を両断すべくやってくる刀身を左手で鷲掴みにする。


 当然、そんなことをすれば僕の腕は斬り落とされるだろう。しかし、それは生身であった場合の話だ。


「手をクリスタルで……」


 掴む腕をクリスタルコーティングし、それで斬撃を防いだのだ。


 さすがにこれには驚いたらしく、タケルは退いて僕の様子を伺う。


「……やっぱり、君は殺すべき人間だよ。あの時殺さなかったことが悔やまれる」


 そう言いながら、刀は僕に向けられている。すでに兄さんのことは眼中になく、僕だけが狙いになっているようだ。


「タケル! ……お前、どうしたんだよ! 何がお前をそんなにしたんだよ!」


 そんな弟に対し兄さんの悲痛な声が響く。その声を聞いて、奴は本当に兄さんに愛されていたことを感じ取り、どうしようもない嫉妬を覚える。


「うるさいなあ……そんなに騒ぐと兄さんから殺しちゃうよ? 兄さん、僕を殺せる?」


 相手の好意につけ込んだ嫌らしい笑み。その一瞬、僕からタケルの視線がそれたのを感じ取った。


 五秒にも満たないわずかな時間を利用し、僕はカルティアたちのところまでステップで戻る。


「マスター、彼は危険です。特に持っている刀が危険です。あれは……世界に存在してはいけないものです」


 カルティアが危機感をみなぎらせた顔でささやいてくる。つまり、機械人形である彼女がそれほどまでに危惧するレベルの代物であるということ。


「……ニーナ。これから戦闘になるけど、何か聞いておきたいことはある? 僕が代わりに聞いておくけど」


 カルティアの言葉を頭の片隅に留めながら、僕はニーナに声をかける。すでに彼女の吐き気は収まっているものの、カルティアの助けがなければ話すことも難しい状態らしい。


「冗談……。あたしは……自分で聞くわ……」


 僕の言葉にニーナは自分を奮起させるように立ち上がり、声を張り上げる。


「あんた! ……一つ答えて」


 ニーナの声は思いのほか静かで、感情の揺れがさざ波ほども感じられないものだった。


「ん? 何だい?」


 兄さんと殺気をぶつけ合っていたタケルもその声に反応し、のんびりとした返事をする。


 傍から見れば隙だらけだが、兄さんは攻撃しなかった。




「……今まで、焼き滅ぼしてきた村の数はいくつ?」




「さあ……、面倒だから数えてないや」


 ニーナの質問に対し、タケルはそんな答えを返す。僕と兄さんはその答えに激昂し、殺意を張り巡らせる。


「……そう」


 タケルの返事にニーナは瞳を閉じて顔をうつむかせた。その心中にある思いは何なのか、僕にも予想ができない。


「そうだよ。ごめんね、質問に答えられなくて。ああ、でもこれなら覚えてるよ。僕が村を攻撃する時に泣き喚く子供の顔や、必死に許しを乞う爺さんの顔とかね。特に傑作だったのはこの前殺した妊婦――」




「――もう黙れよ、お前」




 そこで言葉を遮り、僕は奴に向かって《熾天使の裁き(セラフィレイズ)》を放つ。


 小型の太陽レベルにまで収束された熱線が射線上の全てを溶かし尽くす。


「っとと……。本当に危ないなあ」


 しかし、僕の魔法は高速移動したタケルに掠りもしなかった。


 だが、それでいい。この程度で死んだのでは、釣り合いが取れない。


「――兄さん。こいつ、倒すよ」


 スッと腰を落とし、剣を用意しながら兄さんに言う。


「わかってる。……エクセ、戦いについていけないと感じたら素直に下がれ。それを頭に留めとけ」


 兄さんは苦悩に満ち満ちた顔のまま、愛刀である波切に手をかける。


「了解。ニーナは下がってて。悪いけど、ここでニーナの活躍できる場面はなさそう」


「自分の適性くらいわきまえてるわ。……悔しいから、絶対に倒してね」


 ニーナはそう言って、カルティアとともに村の跡地から離れていった。


「マスター。……ご武運を」


 カルティアのその言葉を最後に、僕と兄さんは二人がかりでタケルに突撃を仕掛けた。






 ここに僕とニーナと兄さん、三人にとって因縁の相手との戦いが始まった。

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