二部 第三十二話
ガウスを見つけるのに時間がかかってしまい、会えたのは日が暮れる頃合いだった。
いや、さすがに城壁と兵の詰所、そして彼の実家を徒歩で回れば時間もかかるんだよ。
「よ、ようやく見つけた……」
しかも本人を見つけたのは城の中だったため、僕の疲労は全て無駄になってしまうのがやるせない。
「な、何だよ。ずいぶん疲れてるじゃないか」
無論、そんなこと露知らずのガウスは僕がやたらと疲れていることに動揺を隠せないようだ。
「ちょっとね……、平たく言ってしまえばお前を探してそこら中歩き回ったんだよ! 街の人とかに聞きまくったんだぞ!」
「あ、ああ……、そりゃ悪かった。俺はずっとここで説教受けてたから知らなかった」
僕の八つ当たりをガウスは当たり前のように謝り、何だか急に自分がみじめになってきた。
「……ゴメン。ちょっと八つ当たりした。それはさておき、一言言っておこうかと思って」
「ん? 別に必要ないだろ。どうせ明日にでも出てくとかそんなところだろ?」
「まあその通りなんだけど……。それでも言っておくべきかな、と思ってさ」
僕の言葉にガウスは律儀な性格してるよお前、とでも言いたげな顔をしてきた。
「……そこまで言われちゃ受けないわけにもいかないよな。んで、明日か?」
「うん。朝のうちには出る予定」
ガウスの面倒事ってもっと長引くだろうと思っていたから、僕の予想よりは早い。
「そうか……。見送り、行くからな」
「ん、ありがとう。……ああ、一つ聞いてもいいかな?」
スッカリ忘れてた。僕たち一応、人を追いかけているんだった。
「何だ?」
「兄さんによく似た人、見たことない?」
僕がそれを言うと、ガウスの顔が怪訝そうに歪められる。まあ当然の反応だ。
「探し人なんだ。ずっと前から探してる」
目的が復讐であることは伏せておく。言ったところで止められるのがオチだろうし。
「んー……、俺は見てないな……。その人も旅してるのか?」
「うん。最近ようやくどこにいるのかを噂に聞くようになったんだけど、三人で追いかけてるんじゃ全然追いつかなくて」
あはは、とワケもなく笑いながらガウスの反応を見る。よし、そいつが復讐の相手であることはバレてないみたいだ。
「そっか。わかった。こっちも見かけたら覚えておくよ。それでいいか?」
「うん、ありがとう」
「別にそれくらい大丈夫だって。お前もその人に会えるよう、祈らせてもらうぞ」
……何も知らない人間の無邪気な一言って心に刺さる。
そのことを痛感しながら、僕は曖昧にうなずいておいた。
「これからどうするのです? マスター」
宿への帰り道。カルティアがそんなことを聞いてきた。
「変わらないよ。タケルを追いかけて――殺す」
殺すのつぶやきだけが恐ろしく空虚に響く。やはり僕だけが奴を殺す明確な理由を持てないのが原因だろうか。
「自分で言うのもなんだけど、僕はあまり他人に恨みを持つことってないんだ。怒ることはあるけど」
村を焼き滅ぼしたらしいタケルにだって、持っているのは複雑な感情だけだ。当時のことを憶えていないのが原因だろう。正直、実感があるとは言いがたい。
「だからかな……。何だか二人に流されている気がするんだよね……」
兄さんもニーナも方向性は違えど、奴に対して強い感情を持っている。二人の原動力はそれで、僕だけが違う気がする。
(兄さんは誰かを守るため……。ニーナは殺すため……。じゃあ――)
――僕は、どうなのだろう?
自分の中では曖昧ながらも理由が存在する。しかし、それが曖昧であるがゆえに掴み取れない。
「はぁぁ……」
煮え切らない自分に対してため息をつき、残りの帰り道を足早に歩いていった。
「ただいまー……って二人ともどうしたの? 黙りこくって」
僕が部屋に戻ると、そこにはある一点を凝視したまま動かない兄さんとニーナがいた。呼びかけてみたのだが、返事がない。
「薄暗い中で何見てるの? 目が悪くなるよ」
そう言いながらロウソクに火を灯す。もう日も暮れかかって暗い。明かりがないと読みにくいだろう。
「うわ!? ……え、エクセか。驚かすな」
僕がロウソクを灯したところでようやく兄さんが僕の存在に気付き、驚愕の声を上げる。
……いや、今の今まで気付かれてなかったってどれだけ集中していたのさ。
「……ん、エクセ。お帰り」
ニーナはニーナでようやく気付いたらしく、特に驚いてはいないが生返事で、視線は相変わらず固定されたまま。
「……? ねえ、二人とも本当に何を見てるの? さっきから変だよ?」
さすがにここまでいつもと違う行動を取られたのでは、僕だって不思議に思う。
「……っ、エクセは見ちゃダメ!」
上からのぞき込もうとしたのだが、ニーナの手がそれを隠す。
「えっと……何で?」
「な……何でも!」
いや、答えになってないから。
さて、ここまで隠されるとますます気になるのが人の性。是が非でも見たくなってきた。
……ついでに言えば、二人の表情は隠し事をしている人の顔ではないのだ。どちらかと言えば僕に言うべきか迷っている、というのが近い。
「……ねえ、本当に何なの? 僕に知られたくないことなら別に話さなくてもいいよ。例えそれが二人の間にできた子供の証明でも何も言わない。……いや、兄さんには二百から三百ほど物申したくなるけど」
何が悪い、というわけじゃないが、僕が納得するために兄さんには魔法を全弾ぶち込むかもしれない。
「そんなんじゃないわよ! あんたはあたしを何だと思ってるわけ!?」
しかし、僕の言葉は顔を真っ赤にしたニーナ本人によって否定される。
「冗談だって。……三割くらい」
「七割本気ならそれは冗談って言わないのよ! どれだけあたしと兄さんをくっつけたいわけ!?」
そういう意図はないのだが、年頃の男女が二人っきりで旅をしていたんだぞ。そういう関係にならない方がおかしいだろ。
「じゃあ、あんたが女の人と一緒に旅していたらそういう関係になるわけ? ちょっと想像してみなさい!」
ニーナに言われた通り想像してみる。
………………………………………………………………ないな。
「うん、ゴメン。僕が軽率だったよ」
僕が誰かと恋仲になるとか、想像がまったくできなかった。
「わかればいいのよ」
僕の謝罪にニーナもうんうんとうなずき、聞き入れる。
「いや、二人とも話がズレてるぞ!? 重要なのはエクセにこれを見せるかどうかだろ!?」
いつの間にかズレていた話を兄さんが無理やり修正する。そしてその手にはニーナが先ほど隠したはずのものが握られていた。
「……手紙?」
兄さんたちが血眼になって見ていたものが、これ?
「そうだ。……まあ、黙っていても意味がない、か……」
僕の質問に兄さんはうなずき、長いため息をついてから僕に手紙を寄越す。
「えっと……」
それを受け取り、僕は手紙の中身を開いた。
『七年前、二人が出会ったあの場所にて待つ。 タケル』
「……っ!!」
最初の文を読んだ時も驚いたが、何より驚いたのは最後の方に書かれていた名前を見た時だ。正しく心臓が裏返る感覚を味わった。
「これって……狂言……じゃないよね」
「あり得ないな。オレが人を追いかけているのを知っている人間は何人かいるが、こんな誰の得にもならないような行動をしない奴らばかりだし、何よりこの字はあいつの字だ……」
苦虫を噛み潰したような顔で兄さんが僕の疑問を肯定する。
「じゃあ、僕に見せないようにしたのは……」
「……あんたには実感がないはずだから、あたしたちがあんたにバレないように向かってタケルを殺し、後であんたに言えば受け入れてくれると思ったのよ」
ニーナの懺悔に近いセリフに体が怒りに震えるのを感じ、そのまま感情に身を任せてしまう。
「ふ、ざけないでよ……、ふざけるな! 何だよそれ……!」
押し殺した怒りによって声が震え、メチャクチャな言葉が口からあふれ出る。
「そりゃ僕が二人と違うのは認めるよ! あいつに対してハッキリした恨みを持ってないのも事実だ! だけどこれってひどいだろ……。仲間外れだよ……」
ずっと三人で旅をしてきたのに、ここで仲間外れにされるという絶望に僕は下を向く。悲しみやら怒りやらやるせなさやら、言い表せないくらいたくさんの感情で胸がいっぱいなのだが、どうにも涙はこぼれない。
「……悪かった。お前には復讐とかに染まってほしくなかった。……今さらだし、ひどいエゴだが」
「ううん、兄さんの心遣いは嬉しいよ。嬉しいけど……、それでも僕はみんなと一緒にいたい」
僕に残された家族はもう兄さんとニーナしかいないから。
「……あたしも悪かったわ。ただ、あんたをあの場所に連れて行って記憶が戻るのが怖かった……。絶対に嫌な記憶もあるわけだし」
「ニーナ……」
それはあの日の光景を覚えているニーナ特有の気遣いなのだろう。つまり覚えていないのなら、一生忘れていた方が良いと思えるほどの出来事だったというわけだ。
二人の思いやりは痛いほど理解できた。仲間外れに近い扱いをされかけたのは悲しいけど、それだって僕を思ってのことだ。
……だからこそ、僕は僕の思いを貫きたい。
「労ってくれるのは嬉しい。でも、僕はみんなと一緒にいたいんだ! それに自分の傷と向き合いたいんだ! 両親の顔くらい、思い出したいんだ……!」
ニーナはトラウマに向き合うためにあいつと戦うと言った。ならば僕も向き合うために戦いたい。
僕に中にある復讐とか憎しみの念はニーナに比べれば遥かに弱い。でも彼女が言っていたように『先に進むために奴と戦う』ことには賛同しているし、僕自身もそれは避けられないと思っている。
「…………わかった。もうこんなことしないし、黙っておかない。本当に悪かったな、エクセ」
「あたしも謝るわ。――本当にゴメン。あんたもあたしと同じ傷を抱えていること、軽く見てた」
僕の思いの吐露に二人は謝罪とともに手を出してきた。
「――約束だ。これから何があっても、必ず三人で乗り越える。絶対に!」
「ほら、エクセも手を出しなさい。これで三人、何があっても一緒なんだから」
二人の満面の笑みとともに促され、僕も手を出す。
「いいか、お前ら。これからオレたちは因縁の場所に向かう。もしかしなくても戦いになるだろうし、あいつは強い。苦戦するのは確実だ。――だけど! オレたちに!」
「僕たちに!」
「あたしたちに!」
『不可能はない!!』
その言葉と同時に腕を思いっ切り振り下ろす。これで約束は交わされた。あとは遵守するだけだ。
「……ところでマスター。私は?」
『あっ』
「……忘れてましたね」
「そ、そそそんなことないよ……。アハハハハ……」
完全に存在を忘れていたカルティアにジト目で見られ、針のむしろを味わうことになるのは約束を交わしてから二秒後のことだった。