二部 第三十話
「エクセ! 無事だったか! ……って何やってんだお前ら!?」
地上に戻った時、真っ先に僕たちの姿を見たのは兄さんだった。この揺れの中でも平然と走っている。
……どんな平衡感覚してるんだろう。
「この揺れじゃ立てなかったんだよ! そっちこそニーナは!?」
「衛兵と協力して避難誘導手伝ってる! というかあいつの方が平衡感覚はいいぞ!」
えぇー……、じゃあ僕だけじゃん。揺れが激しくて立てない人間。
「この揺れって一体何!? 地震でも起きてるの!?」
「違う! 揺れが規則的過ぎるし、長過ぎる! おそらくモンスターの襲撃だ!」
兄さんの推察になるほど、と納得がいくが、同時にこの揺れの正体が全てモンスターであることに戦慄する。
「ウソだろ!? シャレにならないよ!?」
「わかってる! だけどもう門も封鎖されて逃げられる状況じゃない! 今は手伝うしかないぞ! ……あと、揺れには慣れたんじゃないのか?」
「え? ……あ」
確かに立てる。やや不安定ではあるが、走ることも問題なさそうだ。
地に足をつけ、ようやく思考が落ち着きを取り戻す。そしてこれからやるべきことを素早く組み立てる。
「……兄さんは衛兵の人たちにお願いして遊撃の準備! ニーナに会ったらそのまま避難誘導を続けるようにお願い! 僕は城壁の上に昇って迎撃する!」
こんな揺れがするほどのモンスターの数だ。僕の魔法も役に立つだろう。
(ガウスが早めに出ていってほしいって言ったのはこういう意味か……!)
それならばガウスが重鎧を纏っていた理由も大ざっぱながら想像がつく。
まあ、そっちは本人に会ったら確認するとして、僕は僕でできることをしよう。
「ところで、私は?」
指示が飛ばされてなかったカルティアが聞いてくる。
僕はわずかに考え、彼女の戦っている姿をあまり人目にさらすのはマズイと考えた。
「……僕の援護をお願い! 指示があるまで攻撃はしないで! どちらかと言うとカルティアの役目は騒動が終わってからになると思う!」
おそらく、今回の騒動で僕は魔法を使う。先ほど使ったような魔力に属性を持たせただけのものではない。精密な術式を刻み、僕の魔力を存分に注ぎ込んだ戦術級魔法だ。
当然、そんなものを使用すれば僕は目立つ。魔導士の世界ではそれなりに名前の売れている僕だが、この街でまで悪目立ちするわけにはいかない。というか僕が原因で余計な騒動になるのはゴメンだ。
そのため、カルティアには情報操作を頼みたいのだ。完全に隠蔽しろとまでは言わないが、ある程度使用者の輪郭をぼやかしてくれるとありがたい。
「……わかりました。どこまでやれるかはわかりませんが、最善を尽くします」
「頼む」
僕の考えたことを伝えたところ、カルティアはそこはかとなくやる気の見える表情でうなずいた。いや、滅多に表情を変えないから何となくだけど。
「それじゃ――散開しよう! 兄さんは気をつけて!」
「誰に言ってんだ? お前はオレが誰かに負ける姿でも想像できるのか?」
無理だね。
僕はそれだけつぶやき、各々の方向へ駆け出した。
城壁に昇るのはかなりの苦労があったが、僕が旅の魔導士であることを告げるとあっという間に入ることができた。
そして、そこにはガウスの姿もあった。
「エクセ!? お前、まだ出ていなかったのか!?」
「え? あんなこと言うんだから、行かないでほしいってことじゃないの?」
当然、ガウスの意図を理解していながらあえてボケる。実際、あれはお約束だと思ったし。
「とぼけんな! 察しの良いお前なら俺の言いたいことくらいあっという間に理解するだろ!」
僕のボケにガウスは本気で怒った顔をする。人が本気で心配している気持ちを無下にしたのだから当たり前といえば当たり前か。
「そう、理解したさ。ガウスが僕を追い出そうとする意図くらい。でもね、ガウス。勘違いしてることが一つだけあるよ」
だが、僕も引かない。ガウスは僕の視線にひるんだように後ずさる。
「勘違い……?」
そう、勘違いだ。ティアマトで僕とある意味一番長く過ごしているこいつが未だわかり切っていなかったこと。それは――
「僕が危険にさらされようとしている友人を見殺しにできるような人間じゃないってことだよ」
「あ……しまった! お前のそれ忘れてた!」
僕の言葉を聞いて、ガウスが頭を抱える。しかし、もう知っている以上、僕に引くつもりはない。
「そういうこと。ガウスには悪いけど、勝手に動かせてもらうよ」
「……っ! ああもう! 俺だって善意で言ったんだぜ! 少しは素直に受けろよ!」
「お断りだね。絶対に」
もちろん善意は嬉しいけど、こんな形の善意はいらない。片方が楽をして片方が苦労をするくらいなら、両方で苦労をした方がマシだ。
「それよりガウス。あれじゃない? 敵って」
頭を抱えるガウスを見て、僕は城壁の向こう側を見る。そこには砂煙が高く上っていた。
「ん? ……これが援軍とかないかな」
「援軍のアテがあるの?」
「……ない」
じゃあ敵しかない。
「ちなみにどういう手はず?」
「視認できる距離まで引きつけて弓で攻撃。その直後に門を開けて遊撃隊が叩く。頃合いを見計らって撤退して、門の前まで引きつける。そしてここから魔法を叩き込む。モンスター相手の基本的な戦略らしい」
まあ、そうだろう。大した知能を持たないモンスター相手なら効果的なはずだ。というか最初の弓だけで総崩れになる可能性も高い。
「じゃあ僕たちの出番はかなり後?」
「通常ならな。……お前の場合、俺たちの理屈で測ったらいけないだろ?」
言い返したいが否定できなかった。僕がみんなと同じように門の下まで引きつけた状態で魔法を放ったら、門なんて跡形も残らない。
「……一応、指示を出して。僕はこの辺の地理に疎いから、あまり周囲の影響を考えた魔法は使えない」
《熾天使の裁き》なんて使ったら辺り一帯が焦土になる。そうなった場合の後始末までするのはゴメンだ。できないし。
「そっか。お前の場合はそうだったな。……逆に聞くが、被害をほとんど与えない魔法ってお前が使えるのか?」
「……恥ずかしながら、被害なしは無理」
そんな敵だけを狙い撃てるような都合の良い魔法、僕は知らない。《暗黒の始まり》だって辺りに瘴気を撒くからおすすめできない。
「じゃあ、可能な限り被害の出ない魔法をお前の裁量で選んで撃ってくれ。ごまかすのは任せろ」
「助かる。それじゃあ……」
城壁の縁に上り、まずは敵の姿を視認することを行う。モンスターにも耐性はあり、それを選ぶといかに戦術級魔法や究極魔法でも効果が半減してしまうのだ。
まあ、平たく言ってしまえば炎が意志を持ったタイプのモンスターに炎は効かないのと同じ理屈だ。むしろ下手に炎の魔法撃つと吸収して強くなるし。
(ふむ……、かなり巨大な群れだからさすがに一種類だけはあり得ないよな……。でも、やはり動物系のモンスターが多い)
トロルやゴブリン、ドライアドやキマイラ、レッサードラゴンやプチデーモンなんかもいる。
……ちょっと待った。前半はともかく、中盤から後半は数次第では国一つ潰せるレベルだぞ。それが群れを作ってるのか!?
「……シャレにならない。竜種や悪魔は絶対数が少ないから人間が生きていられるっていうのに」
もしかしたら彼らの数は予想以上に多く、僕たちが認識していないだけなのかもしれない。そんなことを思わせるほどの数がそこにいた。
「おまけに俺の親父はその前の襲撃で怪我しててな。だから俺が呼び戻されたってわけだ。……正直なところ、ここまでキツイとは思わなかったけど」
「そうだね。あんな数じゃ……どこの国でも防ぎ切るのは難しいよ」
精鋭部隊を抱える国でも厳しいはずだ。彼らはレッサードラゴンと戦えるほどの力を持つが、それだって一対一に限った話。あんな集団で来られて対処できるはずがない。
「とにかく……属性の考慮とかじゃなくて、純粋に威力の高さを目指した方が良さそうだね」
竜種は軒並み高い耐性を持っているし、悪魔も同様だ。身体能力、魔力ともに人間の限界を遥かに超えているのに、弱点なしとかどんだけ反則的なんだよ。
「よし……」
ともあれ放つ魔法は決まった。というかあんな群れならば、どんな魔法を撃ち込んでも一定の効果が得られるはずだ。
今回使うのは風属性の派生、雷属性の究極魔法。金属で作られたモンスターもいないため、弱点を突ける相手はいないが、逆に耐性を持つモンスターもいない。
「ガウス、離れて。あと、カルティア以外の人を僕から遠ざけて」
「わかった。カルティアさんはいいのか?」
「彼女は大丈夫」
理由として、彼女は相当強い魔法耐性を持っているからなのだが、カルティアが人間であることを疑っていないガウスは僕が《敵味方識別》を施していると思ったのだろう。ともあれ、彼女の正体を疑いはしないはずだ。
「そうか。……気絶はするなよ? そこで落ちたらいくらお前でも死ぬからな?」
「わかってるよ。自分の立ち位置くらい把握してる」
……もし気絶したら、カルティアに助けてもらおう。
非常に他力本願なことを考えながら、僕は両腕を天高く上げて雷そのものを呼び起こす。
そして術式を刻み、魔力の持つ属性に指向性を持たせる。これで準備は万端だ。
「《雷神の――」
魔法の名称を言おうとした瞬間、両手から迸る雷が雲の上まで上がり、球体状になる。そして僕の体からは余剰魔力を吐き出すべく、魔力でかたどった翼が形成された。ちなみに属性が雷だったから翼も雷だ。
「――槌》!!」
両腕を振り下ろすと、その意に従うように空に浮いていた雷の球も綺麗な弧を描いてモンスターの群れに落とされる。
瞬間、球体の中に蓄電されていた電流が全て放出され、無数の蛇がのたうち回るように紫電が広がる。それに触れたものは例外なく全身に電気を流され、耐性がなければ死に至り、耐性があっても全身が痺れて使い物にならなくなる。
「はふぅ……、久々に魔法らしい魔法を使った……」
いや、究極魔法が魔法らしい魔法だと言ってしまう僕も大概だけどね。
「お疲れ様ですマスター。現在の魔力量はいかほどですか?」
「一割も使ってないよ。以前より魔力の量が上がってるんだ……」
それはつまり、星からの意志が僕に魔力を送っていることになる。カルティアの言葉を全て信用するなら、の話だが。
「……ともあれ、僕の魔法は基本的に連発できない。次の魔法が使えるようになる頃には、もう終わってるだろうね」
ほら、その証拠に遊撃隊がすでに出ている。
兄さんがやはり突出し、波切を閃かせるたびにモンスターの首が次々と宙を舞う。こうして上からマジマジと見る機会はないため、よく観察させてもらおう。
「さすがですね……。反射神経、肉体制御能力、筋力、全てにおいて人類最高クラスです。むしろ人類を超えてる?」
カルティアの疑問に断言できない自分がいた。
「僕ももう魔法は撃てないだろうし……加勢に行くよ! カルティア! ……あ、ガウスは適当に言い訳しといて」
「お供します」
「おい!? どんな言い訳しろってんだよ!? あんな大魔法、一人や二人じゃできないんだぞ!?」
ガウスには悪いと思ったが、僕だってそんなのごまかす自信はない。ただ、術者である僕がいなければ何とかなるだろう。彼には本当に悪いことをしているが。
「今度会った時に何かおごるよ! ……覚えてたらね」
「アテにならない約束するなよ!?」
ガウスの突っ込みを聞きながら、僕とカルティアは城壁の上から地上に向かって身を投げ出した。