二部 第二十九話
結論から言ってしまおう。魔法陣まではつつがなく到達できた。
城の中に侵入することも視野に入れていたのだが、実際は城の付近にあった枯れ井戸の下に道が続いていた。これはさすがにカルティアがいなければわからないだろう。
そしてその奥に向かうこと三十分ほど。僕たちは魔法陣の部屋まで辿り着いた。
「ここか……」
「はい。効果は魔力吸収……。ここも発動すれば一帯が荒野になるのは間違いありません」
もう何度も見てきた魔力吸収の魔法陣。だが、幸いというべきかここの魔法陣は起動の形跡がなかった。
「よかった。ここには誰の手もつけられてない。……どうする? 何かできることはあるかな?」
既存の魔法陣を書き換えるのはハッキリ言って危険過ぎる。特に古代時代の魔法陣は術式がわからないものが多く、それを下手にいじるのは暴発の危険性をはらんでいた。
「私の知識であればこの魔法陣の解析も可能ですが、マスターはどのような改変をするおつもりです?」
「――無効化する」
この手の大規模魔法陣の弱点として、一つが機能しなくなれば全体として機能しなくなることが挙げられる。
もちろん、これだけ動かなくなったところで他の魔法陣が動かなくなることはないが、少なくとも世界規模で行われることだけはなくなる。
「……マスターの考えに私は賛同できません。これは異体への唯一無二と言っても過言ではない対抗手段です。人間の考えついた、一矢報いるただ一つの方法です」
「それは違う。絶対に。こんなものが世界の希望なんて認めない」
一矢報いているのかもしれないけど、僕はそれを否定する。
「第一、これが認められたら僕は何のために存在する? 僕の魔力は……何の存在価値がある? そんなことをさせないために僕はここにいるんだ」
無論、世界のために戦うなんて崇高な使命を持てるほど僕は高尚な人間ではない。しかし、それでもヤバいと思ったことは何とかしようとする性格だ。
「それでもお勧めできません。賢い人間というのはありとあらゆる出来事に対応できるようにしておくものです。マスターでも万が一、というのはあり得るのですよ?」
「万が一、なんて起こさせやしない。もし異体が攻めて来たら……僕が星の意志の代弁者として責任持つよ」
使命感からではないのだが、その言葉を使っておく。何とかできるのが僕しかいない、というのも本当だろうし。
「……わかりました。ですが無効化には賛同できません。やはり何らかの形で利用できるように残しておくべきです」
「くどい。僕はこれを無効化する。……それぐらい自分を追い込まないと、いざという時逃げ出しそうなんだ」
僕は自分で言うのも何だが弱い人間だ。痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だ。叶うことなら気ままに旅の生活を送って暮らしたい。
だが、自分にしか何とかできないことを突き付けられて、それをやらないと大勢の人間――その中にはニーナやロゼ、ガウスたちも含まれる――が苦しむのであれば、自分にできる精一杯で助けてやりたいと思う。
「これは自分へのケジメ。やったからには逃げない。命に代えてでも成すべきことは成し遂げる。……まあ、何もないのが一番なんだけどね」
「……? マスターの精神性は一般人のそれと比べて十分に強い方に入ると思いますが……」
そんな統計知ったことではない。僕はニーナや兄さんに比べ、精神的に負けている。これはきっと事実だ。
ニーナは復讐すら自分の成長への糧にすべく前を向いているし、兄さんはたった一人の肉親があんなことになっても誰かを助けようとする力がある。どちらも僕にはないものだ。
「とにかくやるよ! 何だったらギリギリまでならないと何もやらないダラけた人間が自分に喝を入れる解釈でいいから!」
「了解しました。では、魔法陣の術式解析に移ります。記憶と齟齬がないか照合をするだけですので、さほど時間はかかりません」
「うん、了解――」
したよ、と言うつもりだった。だが、それは遮られることになる。
壁の一部が盛り上がり、そこから流動的な動きを見せ、滑らかな体を形作っていく。
「カルティア! 番人だ!」
二ヶ月前からいくつかの魔法陣を見てきたので、こうした番人が出てくるのも想定内だった。カルティアに作業の一時中止を呼びかけ、二枚の鉄板が距離を離れてついている武器を手に取る。
「はぁっ……!」
意識を集中させ、それにクリスタルを纏わせる。これでクリスタルの大剣の完成だ。
「何が来る!?」
「……姿の解析完了しました。これは石像竜です」
「また厄介な……!」
これも当然なのだが、番人として配置されるのは魔法生物ばかりだ。石人形しかり、ドラゴンゾンビしかり。
しかし、どれも共通していることとしてかなり厄介であることが挙げられる。今回もその例に漏れない。
「カルティア! さすがに全力許可! でも可能な限り服に傷はつけないで!」
「わかりました。腕部装甲を覆う衣服のみを破壊します」
言うがいなや、カルティアの服が肩口の辺りで消し飛んだ。そしてその部分から訳のわからない機械が無数に飛び出て妙な筒を形作る。
「……それ、何?」
疑問の声を口にしながら、僕は大剣を盾のように構えて石像竜の攻撃を受ける。柔軟性に欠けるクリスタルがいくらか砕けるが、攻撃自体を受け止めることには成功した。
「よっと!」
剣の支えに使った左腕が痺れてしまったが、右腕は無事だ。右手に大剣を持ち、軽やかに一回転して僕に攻撃をしてきた石像竜の腕を攻撃する。
体重と回転の勢いが十分に乗った一撃は石でできた腕の爪を破壊してみせる。本当ならそこを起点に体を駆け上って連撃を行ないたいのだが、欲を張って怪我を負うつもりはない。
「カルティア!」
横に大きくステップを踏んで、カルティアの射線を開ける。あの形状から接近戦の武器を連想するのは難しかったので、とりあえず攻撃の邪魔にならないような位置を取ったのだ。
「援護します!」
カルティアの筒状となった腕から何かが発射される。発射されたものがわからないのは、見えなかったからだ。
しかし、それが石像竜の体を抉ったのだから、相当な威力を秘めているのは確かだ。
「っし! このまま攻めれば倒せる!」
「私の砲弾は魔力で生成可能です! 申し訳ありませんが、クリスタルの供給お願いします!」
カルティアが続けざまに砲撃じみた攻撃を行ないながら、僕にお願いをする。その程度、お安い御用だ。
「任せろ!」
僕のクリスタルであんな高威力の攻撃ができるなら安いものだ。というかサイズに頓着さえしなければ三日間ぶっ続けでも作っていられる。
小さなクリスタルを次々と生み出し、カルティアの付近に置きながら僕は僕で攻撃を行う。
(ここが地下で崩れる危険がある以上、魔法は使えない。やっぱり決め手は魔法剣……!)
やはりここは巨体相手に使う魔法剣が一番いいだろう。となれば、やはりあれが一番効果が高い。
「カルティア! 少しでいいから注意をそっちに引いてくれ!」
「私の全てはマスターのために!」
やや小っ恥ずかしいセリフとともにカルティアの砲撃の勢いが増した。石像竜はその攻撃を受けるだけで精一杯だ。
僕は剣を持たない左腕に魔力を集め、術式を刻み始める。そして右手の剣は低く腰だめに構える。
…………今!!
「カルティア、攻撃停止!」
短くそれだけ叫び、僕は全力の強化を施した足で石像竜に向かって駆け出した。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
全身を包み込む気合が自然と声になり、口からこぼれ出す。
そして、その気合を保ったまま僕は石像竜の足元まで走り寄って、腰だめにしておいた剣を振り抜いた。
――刃剣・乱閃。
全力で放った弐刀・断空に風の魔法をさらに付与し、断空を擬似的に増やしたものだ。おまけに風を纏わせているから、刃としての切れ味も上がっている。
この攻撃によって、石像竜は全身をヒビだらけにされる。さすがに切断には至らなかったようだ。
だが、僕の攻撃はここで終わるわけじゃない。
剣を振り抜いた勢いを踏み込みに使わなかった足で無理やり止め、全身に雷を纏わせる。
「さあ、たっぷり味わえ――!」
刃剣瞬剣合わせ・風刃牙突。
雷で青白く光る僕の体が石像竜の体を一直線に貫く。胴体を貫かれた石像竜はさすがに体を保っていられず、ゆっくりとその場に倒れ伏した。
「……動かない、よね?」
その様子を見つめ、僕は恐る恐る剣でつついてみる。これで生きてるとかだったら目も当てられないぞ。
「大丈夫のようです。マスターの攻撃は的確にコアを撃ち抜いていました。これ以降、動くことはないでしょう」
カルティアのお墨付きをもらって、僕はようやく警戒を解いた。まったく、どうして魔導士の僕が前衛をやらなきゃ……。
「よし、とにかく魔法陣に無効化を施すよ。カルティアは魔法陣の術式を映し出してほしい」
「……本当にやるのですか?」
「やると言ったらやる。そしてやると決めた以上、万が一異体が来たら僕が責任持って討伐する。最悪、自爆してでも。……これでいいでしょ?」
まあ、自爆は言ってみただけだが。命と引換えにするような敵だったら全力でありとあらゆる方法を取る。何も僕一人でやらなければならないことでもないし。
「……了解しました。マスターの言に従います」
あれだけ啖呵を切ったのに、まだ不服そうなカルティアが地面に魔法陣の術式を映し出す。もうこの程度では驚かないぞ。
……うん、まあ理論はサッパリなんだけど。
とにかく僕は地面に表示された術式を読んで、どこにどんな術式を施せば無効化できるかどうかを計算する。
古代の術式に関してはほとんどわからないのだが、そういった部分にはカルティアの注釈が入る。これがなかったら触らぬ神に祟りなしの状態だったから、本当にありがたい。
それらを見て、僕は術式を刻むべき場所を読み解き、正確な位置に立つ。魔法陣の効果を変えるのは非常に繊細な作業なので、僅かなミスも許されない。
「……よし、ここに刻めば」
魔力の流れを断つ術式を施し、魔力の流れが遮断されたのをきっかけに魔法陣が発動するように仕組まれている部分を的確に除去する。
「はい作業終了、と……」
さすがにこういった類のことは神経を使う。これで使用する術式まで精密なものだったらお手上げだ。幸い、使うのは術式を邪魔するだけのものだから非常に簡単なものだが。
「お疲れ様です。……本当に後戻りはできませんよ?」
「するつもりがないよ。やったことへの責任も取れないような人間に成り下がるつもりはない。というかだな……少しくどいぞ?」
カルティアは一応曲がりなりにも形式上は僕をマスターとして認めている。その彼女が僕の決定を何時までも渋るというのはちょっとおかしい。
「……失礼いたしました。私にはあなたが異体の脅威を理解していらっしゃらないと思いまして……」
「ん? そりゃわからないよ? 昔の脅威だからね。いくら言われても実感するのは無理だ。……安心しなよ。だからと言って逃げ出すような真似はしない。それだけは約束するよ」
前半の言葉でカルティアにすごい顔をされたため、すぐに補足を入れる。
それを聞いて、ようやくカルティアはある程度納得したような表情を見せた。
「……過ぎたことを言っても仕方ありませんね。とにかく戻りましょう」
「そうだね。もうだいぶ時間も過ぎたみたいだし――」
帰ろうか、と続けようとしたのだが言葉が途中で止まってしまう。その理由は――
――地面が恐ろしい揺れ方をし、立っていられなくなってしまったからだ。
「うわっ!?」
「マスター!」
あまりの揺れに膝をついてしまった僕にカルティアが駆け寄ってくる。その足には何やら炎が噴出されていた。もうこれくらいで驚く僕じゃない。
…………本当に驚いてないからな。
「大丈夫ですか!? この揺れでは崩落の危険もあります! 急いで脱出を!」
「わかってる! わかってるけど……すぐには立てない!」
「それでは失礼します!」
僕が立てないとわかるやいなや、カルティアは僕の膝の裏に手を入れて軽々と抱え上げた。
「ちょ、ちょっと!?」
これは非常に恥ずかしい格好なのだが。しかも女の子にやられているのが余計に羞恥を煽る。
「脱出します!」
「聞いてってば!」
僕の叫びは虚しく無視され、カルティアは僕を抱えたまま脱出の道をたどり始めた。
そして僕の姿はバッチリ兄さんたちの前にさらされることとなる。
……僕が何をしたって言うんだ。
進んでいるのか進んでいないのかわからない亀の如き進行速度で進めていますが、そろそろ二部も終わりに近づいています。
そしてそこから少しだけ二.五部でもやろうかと思っています。それが終わってから三部に移る予定です。
それまでの間、よろしくお願いします。