二部 第二十七話
ガウスと再会した僕。一年以上会わなかった、というわけではないが、もう最低でも三ヶ月は顔を見ていない。
ならば十分に久しぶり、という言葉は当てはまるだろう。
そして僕たちは再会を喜ぶべきなのだ。それが常識的な行動のはずだ。
しかし、彼が魔導士とは思えない重鎧に身を包んでいた時点で、素直に喜べる状況でないことは誰にでも理解できた。
「……で、お前らはどうしてここに?」
ガウスが喫茶店で頼んだ紅茶に口をつけ、僕は巨大なパフェを口に運ぶ。旅の間はあまり甘い物が食べられないのだ。こういう時に糖分補給しておかないと。
彼があまりよろしくない状況に身を置かれていることは一発でわかったので、僕がガウスを無理やり旧交を温めようぜ、と言ってここまで引っ張ってきたのだ。
幸い、兄さんたちもすぐに僕の意図を理解してくれたため、こうして二人だけで話すことができる。
「いや……、旅の途中で補給に立ち寄っただけだよ。色々と慌ただしかったんだ。だからここにもちょっと滞在するだけの予定だった」
過去形なのはガウスの抱えている心配事を聞いておきたかったからだ。魔導士が重鎧を纏うなんてあり得ないとは言わないが、身軽な動きが信条のガウスに限ってそれはあり得ないと断言できる。
そのガウスがあり得ないことをしている。それだけで少なくとも彼の身に何か起こっているのは確かとなる。
「……で、本題に入るけど、ガウスはどうしてそんな格好を?」
「ああ、これか……。話しても構わないんだが……」
ガウスは自分の着ている重鎧を鬱陶しそうに叩き、その手である方向を指す。
「この人は誰だ?」
「誰、とは? 私はカルティアですが」
そう、僕の隣にはカルティアがいた。これが唯一の誤算だ。
「いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて……、ああもう! どうなってんだよエクセ!?」
「僕が聞きたいよ! いくら言っても聞き入れなかったんだ!」
あれほど兄さんたちと一緒に宿行ってろ、と言ったのに完全無視。マスターの威厳なんて微塵もなかった。
「おかしなことを言いますね。確かにヤマト様やニーナ様も私が従うべき人ではありますが、本当の意味のマスターはあなただけです」
「なら僕の命令を聞けと」
あまり人に命令をするのは好きじゃないのだが、こいつに限っては例外だ。なんていうか、空気を読んでほしい。
「今回に限りそれはできません。こちらの方の身元がハッキリしない以上、あなたの安全が最優先です」
「……っ! ガウスは僕の友達! 魔法学院に滞在していた頃にできた親友だよ!」
ガウスの身元がわからない、という言葉に僕は少しだけカチンと来てしまい、大きな声を出してしまう。あまり荒っぽい言葉遣いにならないのは性分だ。
……一度だけ荒っぽくなった時があったが、それはさておく。
「そうでしたか。それは失礼いたしました。ですが、もうヤマト様たちは見失っていますのでここに残ります」
思いのほかアッサリとガウスが僕の友人であることを認めてくれたのはありがたいが、結局こいつはここにいるらしい。
「それではガウス様。どうか私のことは置き物だと思ってご歓談ください」
「いや、無理だろ!」
ガウスの突っ込みは相変わらず的確だった。
「……というか、エクセがご主人様ってどういう意味だ?」
何だろう。今、ニュアンスは間違ってないけどものすごい誤解を受けそうな解釈をされた気がする。
「えっと……うん、僕の説明からしたほうが良さそうだね」
カルティアを連れて行く羽目になった経緯を説明しない限り、ガウスは納得しそうにない。
……さすがに異体のことに関して話すつもりはないが。まだ確定すらしていない情報を与えて無用な混乱を招くつもりはない。
「ふーん……、アインス帝国からもらい受けた人形機械ね……。なんつーか、人間みたいだな……」
僕のウソ六割真実一割その場のノリ三割の説明にガウスはそれなりの納得を見せた。
それなり、と言った理由としてガウスは僕のウソを見抜いている気がしたからだ。こいつとも何だかんだ言って結構な付き合いだ。ウソをつくのが苦手な僕の性格にも理解がある。
ならば、ガウスがここで追及してこないのは僕が意味のないウソをつかない、ということも知っているからだろう。
「…………」
「ガウス、そのニヤニヤした顔やめてくれない? なんか腹立つんだけど」
ただ、必死にウソをついている子供を見守るような目で見られるのは非常に業腹だ。しかし反論の術がないため我慢する。
「ははっ、悪い。……まあ、そういうことで納得しておくわ。……んで、俺の話だな?」
「うん。ガウス、確かティアマトで別れる時に僕を越えるって言ってたじゃない。なら、まだティアマトに残っているのが筋だと思うんだけど……」
「お前、俺が格闘を学ぶために帰ってきたとかは考えないのかよ?」
僕の考えに対し、ガウスが呆れたような顔で指摘をする。だが、僕の考えは揺らがない。
「ガウスなら知ってるはずだよ。僕の才能が魔法分野にしかないことを」
剣や格闘もできなくはないが、剣に関しては兄さんに教わっている分、守りを固めればそこそこ。総合的に見れば中の下。格闘に関してはちょっと毛の生えた素人と変わらない。
それでも僕が今まで生きてきたのは、単に魔法の力のおかげだ。魔法にも才能がなければ、僕はとっくに死んでいる。
強化魔法を使って速度を強化すれば並の人間では反応できなくなるし、腕力を強化すれば力自慢の男相手でも張り合える。動体視力と反射神経を強化すれば、一流どころの相手でもある程度動きが追えるようになる。
つまるところ、僕は魔法による恩恵を受けられない環境ではかなり弱い人間になってしまうのだ。具体的にはニーナと正面勝負してそれなりに良い勝負になるくらい。
なので、ガウスは格闘という点では僕を遥かに凌駕しているのだ。なのに僕を越えるも何もない。
「まあ、な。でもお前だって努力してるじゃねえか。見込みがないって言われた剣術だってまだやってるんだろ?」
ガウスは僕の弱点を認めたいような認めたくないような曖昧な表情でうなずき、すぐに気を取り直して茶化すようにこちらを見る。
「剣術は好きだからね。自分の呑み込みの遅さには嫌気が差すけど……」
魔法全般なら天才である自覚があるのだが、これが他の分野になると途端にダメになる。一点特化の天才型なのだ。
……まあ、そう言いながらバランス型の魔法剣士じみた戦い方になっているのは目をつぶってもらいたい。魔法の威力が大き過ぎてうかつに使えないんだよ。
「って話がズレた! 僕の非才ぶりはどうでもいいんだよ! 肝心なのはお前の都合だ! ……わざとやってないか?」
話がズレたことに突っ込みを入れ、そこで気付く。
さっきからガウスが妙に挙動不審なのだ。まるで僕に話したくないかのように。
「……話したくないこと? なら無理には聞かないけど」
「……ちっと、悩んでるのは確かだ。ああ、勘違いするなよ? お前に言えない悩みじゃなくて、お前に言うべきか言わざるべきか悩んでるって意味だ」
ふむ、今の言葉でだいぶ理解できた。
ガウスの口振りには僕を巻き込みたくない意図がありありと見えた。ならば、悩みの深度はある程度推測できる。
「ってことは……、そこまで深刻な悩みじゃないんだね」
「俺からすれば深刻かもしれないがな。でも、お前を巻き込みたくない、と思える程度には余裕があるよ」
ガウスは僕の推察に対し、笑いながらうなずく。その様子に切羽詰まった感じは見受けられなかった。
「……うん、なら安心だ。ティアマトには戻る予定?」
「ああ。こっちの用事が済んだらな」
「わかった。じゃあ僕たちは明日出発するから」
そう言って席を立ち、自分の頼んだパフェの代金を払う。さすがに何かに巻き込まれている友人にたかるほどの外道にはなれない。
「……あ、待ってくれ! 言い忘れた!」
代金を払いカルティアに帰るぞ、と言おうとした瞬間、ガウスに引き止められる。
「え? どうかした?」
「……明日、なるべく早めに出た方がいいぞ。それだけだ。達者でな!」
「…………わかった。そっちも元気でね」
大きく手を振るガウスに対し、僕も大きく手を振り返してお互いの姿が見えなくなるまで離れる。
「マスター。彼の行動に何か怪しいところでも?」
ガウスの姿が見えなくなった途端、カルティアが口を開いて僕に質問をしてくる。だが、質問の内容が僕も考えていたことだったので素直に答える。
「ある。まあ、悩みを話せないのはいいんだ。人間、誰しも人に言えない悩みを抱えて生きてるもんだし」
だから悩みを言ってくれないのは友達として悲しいけれど仕方ない、で済ませられる。
「でも、最後の言葉だけは見過ごせない」
なんだあれは? あのまるでこの街に長居してほしくないみたいな言い方……、
(僕にとっては長居してくださいって言ってるようなものだよ)
少なくとも何かがある。ひょっとしたらガウスがあんな格好をしていることにも通じるかもしれない。
「……では、どうするのですか? タケルの足取りを追うという最優先事項もあるのでは?」
「ニーナや兄さん相手には言いたくないけど、僕の中の優先順位は友達優先なんだ」
兄さんはある意味弟であるタケル一筋だし、ニーナは復讐することに心血を注いでいる。おまけにニーナに関しては自身のトラウマと向き合う意味も兼ねているため、決して後ろばかりを見て復讐を選んでいるわけじゃない。
どっちが良くてどっちが悪い、なんて決めるつもりはない。どっちにとっても命を賭けるだけの価値をそれに見出しているだけだ。
ただ、僕は微妙に違う。ニーナや兄さんと目的自体は一緒だが、そこに友人が絡んでくると話が変わる。
二人に言ったら殺されそうだが、もしタケルの確たる居所の情報と友人――たとえば今回の話の流れでガウス――が危険であるという情報が手に入ったら、ためらわずに後者を確認する。ニーナと兄さんは前者を選ぶだろう。
……いや、兄さんは悩むかもしれないな。
「とにかく、宿に戻って兄さんたちに話してみよう。幸い、ここにも魔法陣があるからそれの確認がしたいって言えば説得はできると思う」
「なるほど。確かにここには魔法陣があります。効果としては魔力吸収ですね」
カルティアのおかげで街に入るたびに魔法陣の有無を確認する必要がなくなっているので、非常に助かる。
だが、さすがに起動しているかどうかまではわからないので、そこは確認に行くしかないのが難点だ。
「うん、もしかしたら、本当にもしかしたらガウスのことと無関係じゃないかもしれないし……。タケルの情報は正直手詰まり感があったしね」
ニーナはまだ気付いてないかもしれないが、兄さんはそろそろ気付くはずだ。
いい加減、奴の行動パターンを読まないことには、奴を補足することなど夢のまた夢であることを。
「わかりました。私はマスターの命に従います。それでは行きましょう」
「……ん」
様々な事象が根っこの部分で絡まり合い、非常に複雑なものになっているイメージが脳裏に浮かぶ中、僕は兄さんたちの向かったであろう宿へ歩き出した。