二部 第二十四話
カルティアの口から聞かされた異体、という単語。それに今現在映し出されている異形の物体。空の侵略者。
いっそ冗談だって笑い飛ばせるなら楽だった。むしろ今からでも機械の少女がウソだと言ってくれれば僕も笑い話として終わらせられた。
「……本当、なんだな? これが、昔に本当にあったんだな?」
しかし、僕に説明をしている彼女の顔は至って大真面目で、とてもごまかしや笑いが取れるものではなかった。
『その通りでございます。これは本当にあった災厄で――古代の人々が滅びる寸前になってまで討ち滅ぼそうとしたものです』
カルティアの淡々とした説明がどこか虚ろに聞こえる。
もうこの話がウソであるかどうかを疑うつもりはない。いや、本音を言えば疑いたい気持ちでいっぱいだが、見ている今を疑うことはできない。
「……これを今、僕に見せてどうするんだよ? 確かに魔法陣を起動させようとする人間がいるのは事実だが、まさかこれまで存在するのか? バカバカしい。これはさすがに有り得ないよ」
自分でも言ってて白々しくなる言葉だった。というか、情報を求めたのは僕の方だ。否定できる立場では決してない。
『私は地上の情勢を知りません。あなたの欲求に応えたデータをお見せしているだけです』
「…………悪かった。続けてくれない?」
カルティアの一言で頭が冷えた。とにかく今は情報を増やすことの方が先決だ。
『わかりました。……これが何なのか。何が体を構成し、あの楕円形の物体がどんな構造をしているのか。それに関する答えを私は持ち合わせておりません』
まあ、それは別にどうでもいい。あまり興味も持てなかったし、とりあえず攻撃が通じるかどうかさえわかれば十分だ。
「……そう。それで続きは?」
『異体が飛ばしている種子のようなものが見えますね? これは地表に降り立つと同時に孵化し、人々を襲う怪物となります。……彼らにとって、人々は餌でしかなかったのでしょう』
そう言ってカルティアは映している光景を切り替える。
「うっ……」
ぬめった肢体にカエルを連想させる醜悪な容貌。そして血の色で赤く染まる牙。思わず吐き気を感じてしまうようなグロテスクな姿だった。
それは例の気持ち悪い薄緑色の種子から生み出された生物だ。いや、こんな奴を生命と認めること自体、生命への冒涜な気がする。
「何だよこれ……」
『当時、我々を最も脅かしていた下級異体です。一体一体はさほど強くないのですが、何より数が多い。その上奴らは個体間で連絡が取り合えるらしく、連携まで行なってくる始末でした』
質が悪いにもほどがある。一箇所におびき寄せて叩き潰す、といった作戦がほとんど使えないではないか。
「……でも、これだけなら今の時代でも何とかなる気がするんだけど……。こっちだってバカじゃないんだ。対抗策の一つや二つ、思いつくだろ?」
だが、あれだけでは腑に落ちない。人間だって座して死を待つような人たちばかりじゃないはずだ。
『それはそうです。……しかし、異体の種類があれだけではないと言ったらどうなりますか? それも先ほどの奴よりさらに大きく強力な物体です』
「……キツイね。それは」
当時の人たちに同情してしまう。今の僕たちの存在自体が彼らの勝利を証明しているのだが、それでも相当厳しかったはずだ。
『話を進めます。奴らは思うがままにこの地上を蹂躙し、人類は最盛期の半分ほどまで数を減らし、進退窮まるところまで追い詰められました。そこで行ったのが件の魔法陣なのです』
「……ん、ちょっと待って。今情報の整理するから」
カルティアにストップをかけて、少し頭の中を整理する。そろそろ簡潔に纏めないとパンクしそうだ。
えっと……異体の脅威にさらされ続けた人類は数を半分ほどまで減らし、追い詰められていた。その中で行われたのがあの世界規模で行われる魔力吸収。
おそらく、それを行った背景に異体を生み出す母体(という表現が適切なのだろうか?)を倒すための魔力集めと、地表にいる下級異体とやらを倒すために行われたのだろう。
一石二鳥の方法……なはず。うん、人類に与える多大なダメージに目をつぶれば。
『概ねその通りでございます。結果として異体を退けることには成功したものの、人口が激減し文明も衰退……。そして今に至ります』
「はぁ……」
話が壮大過ぎる。まさか空からの侵略者なんて誰が想像する。……いや、口には出したけどさ。あれだって適当に言ってみただけだぞ?
『……私の話は以上です。何かご質問は?』
「えっと……」
荒唐無稽な話を聞かされて、思考に少し靄がかかったようにぼんやりしている。
大きく頭を振って靄を振り払い、現実に起きている状況と過去に起きた状況を照らし合わせる。絶対に何か共通点があるはずだ。
(……古代の時代に異体という生命体が空の向こうからやってきた。魔法陣の使用により撃退することはできたものの、人類の総人口は激減。そして文明も衰退し今に至る……)
……………………………………………………………………………………………………撃退?
「――っ!?」
信じたくない事実に気付いてしまい、喉から声にならない空気が漏れる。
そして自分で浮かんだ思考を打ち消そうと考えた瞬間、カルティアがその希望を打ち砕いた。
『はい。あなたの説明を受けて私も考えた結果……。異体の脅威が再び迫っている可能性も否定できません』
「……はは、荒唐無稽だ」
もう乾いた笑い声を出すことしかできなかった。
カルティアも今の僕を見て、何か思うところがあったのか、励ますように口を開く。
『……ですが、それはあくまで可能性でしかありません。マスターも全てを話してはないはずです。それにあの魔法陣は悪用しようとすれば、いくらでも用途が思いつく代物です』
「それは……確かに」
ティアマトで見たギーガも魔法陣の魔力吸収を利用して、あくどいことをやろうとしていたらしい。当人は死んでしまったから真実は闇の中だが。
「じゃあ、あれは何だったのかな。前に訪れた遺跡でさ、その奥にあった魔力増幅の効果が刻まれた魔法陣に最近起動された形跡があったんだ。あれは何――」
言葉を最後まで続ける前に、カルティアが僕の胸ぐらを掴む。認めたくはないが、僕より身長が高いから僕の足は地面から離れてしまう。
『待ってください。今、何と言いましたか!?』
ああ、こんな機械でも焦ることとかあるんだな、と酸素が巡らなくなった頭でぼんやりと思う。
「その前に……降ろして……。苦し……」
しかしこのまま放置されて酸欠で死ぬわけにもいかない。そのため僕は地面という踏ん張りがなく、力の入らない腕で何とかカルティアの腕を解こうと悪戦苦闘する。
『も、申し訳ありません! マスターになんてことを……!』
僕の顔が青くなったのが目に入ったのか、カルティアは慌てて僕を優しく地面に降ろした。ここで評価されるべきは慌てていても手をすぐに離さず、優しく降ろしたところだろう。ニーナだったら僕を地面に叩きつけているはずだ。近づき過ぎだとか何とか言って。
……あれ? 今になって思い返すと、これって僕に非はないはずだよね?
「けほっ……。まあ、いいよ。それだけ焦るような内容だったってことでもあるし」
そして僕にはその内容がうっすらとではあるが想像できてしまった。こういう時、自分の頭に浮かんだ答えを否定するのにも、それなりの根拠が必要だと思ってしまう性分が恨めしい。
「というか今の今まで気にしてなかったけど、僕のことをマスターって呼ぶのは何で?」
『……マスター。こうなったら覚悟を決めるより他ありません』
僕の質問は完全に無視された。こいつのマスター発言は誰にでも言うものなのだろうか。だとしたら少し切ない。
「覚悟、ねえ……。何となく予想は付くけど、何の覚悟?」
『もちろん、異体と戦う覚悟です』
だろうね。今までの話の流れから予測されるのもそれくらいしか思いつかない。
「……ということは、さっき僕が話した魔法陣がドンピシャみたいだね」
『そうです。魔力吸収の魔法陣だけならば利用方法もあるのですが、魔力増幅の魔法陣はそれ一つでは何ら意味を成さないものであることはマスターもおわかりのはずです』
「まあ、それくらいは……」
だからこそ、あの魔法陣が起動準備を行われていることに疑問を抱いたのだ。理由はカルティアの言ったことそのまま。
『誰かが何らかの目的を持って起動させているのは明らかでしょう。それが善意なのか悪意なのかまでは判断ができませんが……』
「………………」
カルティアが困ったようにほんの僅か、眉をひそめる姿を見て人間らしいところがあるんだな、と頭の片隅で思う。
同時にその魔法陣を起動させた人物に心当たりがあることを話すべきか話さざるべきか、逡巡する。
話したところで理由は? と聞かれれば何となく、としか答えられない。目の前のカルティア相手にそれを言っても意味はないだろう。
『……わかりました。ならば私も本当のことを知るため、マスターに同行します』
「あれ、どこからその結論飛んだの?」
おかしいな。今までの会話からカルティアが旅に同行するような雰囲気はしなかったのだが。
『私の存在意義はマスターを待つこと。そしてマスターの正体は――』
――星の意志が魔力となって宿った存在です。
「………………なるほど、ね。この星も訳のわからない生命体に蹂躙されるのは勘弁ってことか」
そんな言葉に今さらショックを受けるような人生を送っていない。僕自身、自分の正体については散々悩み、その度に考えても仕方ないという答えを出していたのだ。むしろ求めていた答えがようやく見つかって、スッキリした気分なくらいだ。
『星の防衛機構。そう言っても過言ではありません。マスターの内に宿った魔力はそのために存在します。マスターがどんな決断をしようとも、滅ぼされる時はこの星に生きる存在の手で、と決めているのかもしれません』
「まあ、何でもいいよ。僕の意志があって、決断が僕に委ねられているならどうこう言うつもりはない。ルーツがわかったって何が変わるでもないし」
今後、僕が自分の正体について思い悩む必要がなくなった分、ありがたいと思うかもしれないくらいだ。
『そうですか。で、私を連れて行く話ですが』
チッ、話題はそらし切れなかったか。
「…………」
僕は顎に手を当て、カルティアを連れて行くべきか考える。
まずメリットとしてはカルティアの古代時代の知識が利用できることだ。色々と知ることはできたが、まだまだ知らないことの多い僕たちに彼女の知識は重宝するだろう。
それに機械技術に精通している彼女の知識が必要な場面はこれから多々あるはずだ。その手の技術がない僕や兄さん、ニーナにしてみればまさに女神と言っても過言ではない。
デメリットとしては彼女の姿が目立ち過ぎることだ。カルティアの着ている、というか身につけているものは部分部分がやたら角張っており、おまけに走っている赤いラインが時々光る。
この姿を前衛芸術だと言い張ってごまかす度胸は僕にはない。
「……その肩とかについてるパーツ、着脱可能?」
『……? はい、問題ありませんが』
なら今言ったデメリットはなくなるな。他に考えられることとしては……。
兄さんに関しては特に問題なし。女性絡みのトラブルにいつも巻き込まれるということは、女性に対して優しいことの証明でもある。でなければあそこまで巻き込まれたりはしない。
ニーナは……理由を説明すればおそらく大丈夫だ。カルティアがタケルに近づく情報を持っている可能性があると話せば、諸手を上げて歓迎するはずだ。
あと、現代常識の少なさは道中で何とかするしかないか……。
結論。どう考えてもメリットの方が大きい。デメリットも小さなものはあるが、それを補って余りある。
『あ、ちなみに私を連れて行くと言わない限りここから出さない予定です』
「僕の今までの思索を全部無駄にした!? というかなんて絶妙なタイミング!」
こいつ、ひょっとして僕の思考を全て読んだのではないだろうな。
「……はぁ、じゃあ僕に選択肢なんてないじゃないか」
『ここで座して死を待つという選択肢がありますよ?』
「それは選択肢とは言わない! ……あ、あと一つ」
さっきから、厳密には出会った時から気になっていたことがあるんだ。丁度いいから、言ってしまおう。
「僕が君のマスターで構わないんだね? 僕、お世辞にも人の上に立つタイプじゃないよ?」
『ご安心ください。それは今までのやり取りで十分証明されております』
……地味に傷ついた。
『ですが、マスターは誰かのために戦える人です。今までの会話でそれがわかりました』
どんな性格診断を受けていたのだろうか僕は。まったく身に覚えがない。
「……そうだといいね。それじゃこの部屋から出る前に最初の命令だ。――その声、やめてくれ。せめて口から声を出してほしい」
さっきから彼女の口は一度も開かず、僕の脳に直接響くような声だった。きっと古代の技術を使っているのだろう。
……もうこれから彼女のことでわからないことが出てきたら、そういうことにしてしまおう。どうせ頭を使っても理論自体がわからないだろうし。
「……わかりました。これでよろしいのですね」
そして、初めて彼女の口から聞いた声は僕の予想に違わず、とても綺麗なものだった。
「ところで、ここはどこなの? 転送されたからまったくわからないんだけど」
「地下五百メル辺りの場所です。ちなみにあそこ、空気が取り込めない設計になってました」
「怖っ!? 早く出よう! こんなところで窒息死なんて嫌だよ!」
「元来、私は呼吸を必要としませんから」
「いつか訪れるであろう人は人間でしょ!? なのに空気が入らないとかバカ!? バカだろ!」
などと騒ぎながら地下を脱出したのだが、それはまあ余談だろう。
昼ごろから六時半までサーバーに接続できず、そのおかげで執筆できずに死ぬほど焦りました。アンサズです。
メモ帳使えばいいじゃん、と思い至った時に限ってサーバーに繋がるようになっており、私の間の悪さが露呈しました。
……チクショウ! どうしてゲームの中でばかり運が良いんだ! リアルラックが二次元にどんどん吸われてくよ!