二部 第二十三話
「……っ!」
視界をくらませていた魔法陣の光が途切れた瞬間、目の前に広がる景色が一変する。
「さっきまでと大違いだな……」
全体的に薄暗い。つい先ほどまで光のある場所にいたから目が慣れず、全容の把握は難しい。
「……何もない、か?」
いきなりこんなところへ飛ばされた以上、まず警戒すべきは攻撃だ。
腰を落として少し身構えていたのだが、まるで気配がない。誰もいない部屋に送り込まれたようだ。
(まあ、それもそうか……。あんな何もない場所に魔法陣があるなんて誰も思わないよな……)
うん、僕悪くない。
それはさておき、考えられる可能性としてはあそこ一帯に魔法陣自体は仕掛けてあるが、発動条件を満たさない限り発動しないよう条件付けられていた、が妥当だろう。
(でも、どこで僕はその条件を満たした? 何の条件を満たした?)
すぐに思い浮かべられるのは体重や身長、性別などだが……。お世辞にも僕は他と比べて差がある姿をしていない。至って普通に中肉中背の身長と体重だ。
そんな人間が引っかかるような魔法陣では、ここに来た人間すべてが引っかかってしまうだろう。よってこれはあり得ない。
(他に考えられる条件、ねえ……)
思い当たるのは人並み外れたというか、正しく異端の魔力量だが……。そんな人間がホイホイやってくると仮定して作られているのなら、これを作った人間は相当なバカだ。
「考えて答えが出るわけでもなし……。サッサと出口を探すか」
答えの出ない問いに悩み続けるよりも、現実で直面している問題を解決すべく頭を使った方が建設的だ。
ようやく長々とした思考から脱出し、体を動かそうとしたその時、
『それには及びません、我が主』
背中越しにかけられた妙に平淡な声がそれを遮る。
「――っ!?」
気付かなかった!? こんなに近くにいたのに!?
相手がその気だったら僕はとうにこの世を去っていた。その事実に戦慄し、素早く右手にクリスタルで作った荒削りな剣を持ち、振り返りざまに薙ぎ払う。
『私に攻撃は効きません。あと……会った存在をいきなり攻撃するのは非常識な行動であると思われます』
しかし、それは相手が難なく白刃取りすることによって阻まれてしまう。
「やかましい! こっちは訳のわからないことに巻き込まれまくって神経尖ってるんだ! そんな中でいきなり話しかけられれば手も出るってもの……」
激しい突っ込みを入れつつクリスタルの剣から手を離して距離を取る。そしてようやく視界に入ってきた存在に僕は驚きを隠せなかった。
うん、まあ、一言で言ってしまえば綺麗な人だった。
鮮やかな群青色の髪を後頭部の辺りで一纏めにした特徴的な髪型に、どんなにひねくれた人間が見ても美人だと認めざるをえない、それでいてどこか作り物じみた造形。
そしてそんな肢体をやたらとゴツゴツした、ところどころに赤いラインの入ったパーツをくっつけて隠している。
あと、妙に人間性が希薄だ。僕を見る顔にもまるで感情の色が浮かんでない。目にも生気がないし、まるで――
『人形みたい、ですか?』
「……まあ、ね。そう思ったよ」
心の中で思ったことをズバリ当てられる。取り繕ってまでこの人の心証を良くしようとは思えなかったため、素直に認めることにした。
「で、君は一体誰? 色々聞きたいことはあるけど、まずはそれからだ」
ちなみに普通の人間だとは微塵も思ってない。何らかの魔法生物である可能性が高いと睨んでいる。
……うわ、この人がゾンビとかちょっと嫌だなあ。
『はい。私の名前は……この時代の人間の発音ですとカルティアになります』
この時代? ……ひょっとして、こいつ……。
「次の質問だ。君はもしかして……古代の遺産、なの?」
彼女の常識離れした姿に言動、どれを取っても怪しいとしか感想が抱けないが、これが古代からここにいたのなら話は別だ。
『正解です。より詳しく言いますと人工生命体――ヒューマノイドですが……、わかりますか?』
「いえまったく」
でしょうね、とカルティアと名乗った人工生命体はほんの少しうなずく。人間性は……やっぱり希薄なままだ。
正直、僕には魔法以外の学問なんてサッパリわからないのだが、彼女のことならアインス帝国に持っていけば何かわかるかもしれない。人工生命体って魔法が絡んでない以上、機械みたいなもののはず……だと思う。
『話を戻します。……私はあなたを待っていました。マスター』
「僕を……待っていた?」
『はい。先ほどの魔法陣の起動条件は『この星の保有魔力を超える魔力の持ち主が来ること』です。そしてあなたは、見事その条件に合致しました』
そんな条件付けがあったのか……。しかし、それではまるで――
『そう。私はあなたが来るのを待って、古代の時代からここにいるのです』
「ウソだろ!? こんな場所、誰が来るかなんてわかりっこない! 僕が一生ここに近づかない可能性だって高かった! むしろそっちの方が圧倒的に高いくらいだ!」
大図書館の立ち入り禁止区域の落とし穴に落ちてなおかつ生き残れ、なんて細か過ぎる条件だ。
『分の悪い賭けであったことは否定しません。ですが、現にあなたはここに来てくれました。起こり得なかった過去を論ずる必要はないのでは?』
「……その通りだ。じゃあもう一つ質問。……どうして僕の存在が古代に予見されていた?」
自慢じゃないが、僕は自分のことをイレギュラー中のイレギュラーだと考えている。星の保有魔力を超える魔力を持つ人間なんてそもそも存在しちゃいけないだろう。
『……それを話すには少し別のお話も話す必要がありますが、知りたいですか? どちらにしろ話しますけど』
「選択肢ないじゃん!」
思わず突っ込みを入れてしまうが、カルティアはどこ吹く風といった風に気にした様子がない。
……まあ、彼女の言っていることが全て真実だとしたら、この人はいつ来るかどころか永遠に来ないかもしれない僕を、古代からずっと待っていたんだ。多少はその苦労に報いてやろうという気持ちもなくはない。
『ちなみに、私の起動はあなたが来るのと同時になるようプログラムされています』
「一秒たりとも待ってないなお前!?」
僕の感じた思いを返せ。
『さて……ではまず、あなたをここに呼んだ理由からお話しましょう』
「はぁ……。あ、推測で構わないのなら、こっちの見解を先に話してもいい?」
『構いません。あなたがどれほど理解しているかによって私も話す内容が変わります』
カルティアの許可も得られた。ならば話させてもらおう。
「ここに来る前、僕は色んな場所を旅して回っていた。その過程でティアマトにある魔法陣を知った。効果はそれ一つで周囲一帯の魔力を吸収する。そして――それは世界規模の魔法陣の一部でしかない」
『……正解です。ちなみにここにもその魔法陣の一部が存在します。よくそこまでお調べになりましたね。地下深くに秘匿されているはずなのですが……』
色々な偶然が重なってしまったからだ。僕だって好き好んで知りたかったわけではない。
……ただ、知ったからには見て見ぬふりもできないのが僕という人間だ。それにこれでも探究心は旺盛な方なのだ。
「あれらは一度使われたことがあるって聞いた。なら何に対して使われた? 世界を滅ぼすために大勢の人が結束した? あり得ない! だったら考えられるのはその逆――」
――世界が滅びかけの状態になろうとも、対処したかった何かがある!
「確かに世界規模の魔法陣ではあるだろうけど、ほんの少し範囲から外れている箇所だってあるはずだ! だからあれは世界を限りなく滅亡には近づけるものの、ギリギリで命を繋ぐことはできる!」
ならばそこまでして何とかせざるを得ない何かがあった。それもおそらく、放置したら確実に世界が滅亡するような何かが。
「答えろ! この星に何があった!? まさか空の向こうから別の生物でもやってきたとか言うんじゃないだろうな!」
『その通りでございます。マスター』
「は……?」
適当に言ってみた言葉がドンピシャで呆けてしまう僕。今、こいつは何と言った?
『今の時代は……私が製造された時期からおよそ二千年後になりますか……。それだけ時間が経てば、文献に残らないのも当然ですね……』
カルティアは何やら一人で納得しているような素振りを見せるが、こっちにわかるように話してほしい。
『失礼しました。ですが、あなたの慧眼には心から感服させていただきます。二千年前のことを少ない手がかりからよくそこまで読み取りました』
いや、機械のようなものであるあなたに心から感服、とか言われてもあまり嬉しくないんだけど。
「世辞はいいから、早く真実を教えてくれ! この魔法陣をもう一度起動させようとしている輩がいるかもしれないんだ!」
そしてそれは僕とニーナの仇かもしれない、という言葉は呑み込んでおく。おそらく彼女に言っても詮なきことだ。
『そうですか……。だから私が目覚めたのですね……。お話しましょう。もしかしたらすぐそばまで迫ってきている脅威について……』
カルティアはそう言って目を閉じ、何かをつぶやいてから瞼を開く。
その瞬間、部屋の中に光が灯り、今までいた部屋の全容が明らかになった。
「なっ!?」
何だこれは。アインス帝国で見たものとは比べ物にならないほどのテクノロジーがそこかしこに見受けられる。というか、これに似たような雰囲気の物を以前から見た覚えが……。
「遺跡の中みたいだ……」
遺跡の奥にこんな感じの物が存在していたと思う。兄さんたちと調べた遺跡の中にはそういったものも存在した。用途がわからず、下手に触るのは危険だと思ったから手をつけてはいないけど。
『地表に出ている建物にも古代時代のものがあるのでしょう。ここにあるものは当時の最先端技術で保存されていますので、問題なく動きます』
「へぇ……」
それはすごいことのはずだ。もしかしたら、僕は古代技術の一端を間近で見られる最初の人になるかもしれない。
カルティアは何やら妙な箱型でスイッチのたくさんある物体の前に立って操作をしていた。うん、今を生きる僕にはまったく理解できない。古代技術だからすごい、ということにしておこう。
『それでは写します。まずは当時の情勢から……』
その言葉と同時に、僕の前にあった台座型の物体から空の光景が映し出された。
「空が出てきた!? 何これ!?」
『細かい原理は省きますが、ここに写っているのは二千年前当時の星空です。……どれほど異常かわかりますか?』
正直言ってこの技術の方が異常です、と言いたくなったがそれは言わないでおく。そんな常識的な違いよりも目に付く違いがあったからだ。
「空に……何かいる!?」
とんでもなく巨大な何か。形は楕円形で色は生々しい薄緑。そして――そこから放出され続けている種子のような物体。
『これが当時、我々を侵略していた存在です。名称は――異体です』
そろそろ話を集約させていかないと……こっちが破綻すると思いました。アンサズです。
ここからが転換期です。様々な話の謎が解けていく……はずです。後で読み直して見落としていた伏線とかも回収していかないと……。
何はともあれ、おそらく完結は三ヶ月以内になるはずです。……なると、いいなあ。
今後ともよろしくお願いします。