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一部 第七話

 あの事件の翌日。僕とロゼは件のオープンカフェで向かい合っていた。


「結局、あいつは法で裁かれるらしいよ。……遺族への謝罪はなさそうだけどね」


 僕は頼んだアップルジュースを口に含みながら、ロゼの方を見る。


 そこには相変わらずの溢れんばかりの正義感と輝きがあった。どうやら、彼女の中ではあの死霊術師に勝ったことになっているようだ。あれだけの光景を見せられてダメージがないのはありがたい。面倒を見る必要がなくなる。


「そうですわね……。彼を捕らえたからと言っても、被害者の方たちは戻っては来ない……」


 だが、次に彼女は痛ましげな顔をして、遺族のことを思う。


「……酷な言い方だけど、気にしたらダメだよ。あの時の行動は今でも褒められたものじゃないって思うけど、結果だけ見ればあれ以上の被害者が出ないようになったんだ」


 衛兵たちも人死にが出た事件を解決した時には、こんな後味の悪さを味わっているのだろうか。だとしたらあまりなりたくない職業だ。なる気もないけど。


 犯罪者の存在が発覚してから動く僕たちはどうしても後手に回らざるを得ない。だから、どんなに早く解決しても被害者は出てしまう。ならば、一々後ろを見て悔やんでいては身が持たないだろう。


「だから、さ。今は喜んどこうよ。僕たちのおかげであれ以上の被害者の増加を抑えられた。そう考えた方が健康的だよ」


「ですが……」


 やはり僕の言葉程度ではロゼの心に届かないのだろう。というか、これは責任感が強いというより、とりあえず自分を責めている感じだ。


「……じゃあさ、被害者をゼロにする方法、何かあるわけ? あれ以上の手が僕たちにあったわけ?」


「っ、それは……」


 言葉に詰まるロゼを横目に、僕は言葉を続ける。


 正直、腹が立つのだ。どんなに頑張っても被害者はゼロにならない。そんな当たり前のことで責任を感じるロゼに。


「僕たちは最善を尽くした。僕はそれを信じてるし、被害者の拡大を防げたことを誇りにも思ってる。……まさかロゼ、自分が神さまか何かだと勘違いしてるんじゃない?」


「そんなことはありません! そのような傲慢なこと――」


「今、ロゼが責任を感じてるのはそういうことだよ。すでに出てしまった被害者を取り戻す方法なんてこの世のどこにもありはしない。あの時ああしておけば、なんて後悔が出る部分でもない。何でって、僕たちは被害者のことを紙の上でしか知らないから」


 出会ったこともない――あるいは街中ですれ違っただけの人を助けられなかったと嘆く? バカバカしい。そんなふざけたことができるのは神さまぐらいで、僕たちがそれに近いことを行おうなどふざけている。


「……すみません」


「何で僕に謝るのさ? 僕はロゼに知っていてほしいだけだよ。少なくとも今回の事件はもう終わり、これ以上の被害者も出ることはないってことを」


 そこまで言って、ロゼが顔を俯けているのに気付いた。ヤバい、ちょっと感情的になり過ぎたかも。


「…………申し訳ありません」


 ロゼの報復を恐れていた僕だが、やはり返答は謝罪だった。どうやら本気でロゼは僕の言葉に落ち込んでいるらしい。さすがに言い過ぎただろうか。


「……えっと……、さっきのは僕も少し言い過ぎた――」


「違いますわ! わたくしが謝ったのは、あなたを侮辱したことです!」


 これからの友人関係にヒビを入れたくなかった僕はサッサと折れようとしたのだけど、顔を上げたロゼがそれを遮る。その瞳に浮かんでいると思われた涙は――ない。


「ぶ、侮辱……?」


 ピンと来ない言葉を使われたため、僕としても今一つ思い当たる節がない。というより、今までのやり取りのどこに僕がバカにされる要素があったのだろう。


「ええ、そうですわ! わたくしは一人で事件に立ち向かっている気になっていました。しかし、本当のところはあなたも一緒にいます。むしろあなたが中心となって立ち向かっていたと言っても良いでしょう」


 いや、絶対に僕が中心というのはない。僕だってロゼが事件を解決しようと話を持ちかけてこなければ確実に関わろうとしなかったはずだ。


「は、はぁ……」


 僕は何だか勢いづき始めたロゼ相手に曖昧な返事をすることしかできなかった。というか下手な返答は彼女をあおってしまう。


「そのあなたが誇りに思っている以上、わたくしも誇りに思うべきなのです。そもそもがエクセの言う通り、わたくしたちは神さまではないのです。できもしないことであれこれ患うのを今回の事件一番の功労者の前で見せるのは失礼に値するでしょう?」


「う、うーん……。そう、かもね……」


 言っていること自体は僕も同意できる内容だ。ただ、僕は別に自分が一番苦労したなんて思ってはいない。


「ですから、謝るのです。わたくしはあなたの行動を貶めるようなことをしてしまいました。本当に申し訳ありません」


 ロゼはもう一度深々と頭を下げる。ロゼに頭を下げられた経験などほとんどない僕は大いに慌ててしまう。


「い、いやいや! そんなに謝らないでよ! そ、それに今回は僕だって言い過ぎたと思ってるんだしさ! ……あ、だったらさ、こうしようよ」


 慌てまくっていた思考の中から天啓のごとく素晴らしい考えが浮かんできた。僕は自分のジュースが入っているグラスを持って、高く掲げる。


「二人とも頑張った。僕だってロゼが頑張って居場所を突き止めなきゃ、途中で行き詰まってた。だからさ、これは二人のお手柄ってことで」


 これは本心だ。むしろ僕をいの一番に引っ張り出したロゼこそ称賛されるべきだ。ロゼの前向きな姿勢に感化されて、僕も動こうと思ったんだから。


「ほら、乾杯しよう。事件を解決できたことに、さ」


「……ふふっ、こういうところはエクセらしいですわね」


 最初は呆気に取られていたロゼも、苦笑しながら紅茶の入っているカップを持ち上げる。




『乾杯!』




 カップとグラスの少しちぐはぐな音が高らかに響き渡った。






「……今回はわたくしの負けですわね」


 改めてお茶を飲み始めたところ、ロゼがそんなことをポツリとつぶやいた。


「え? あれってまだ続いてたの?」


 競争の形を取りはしたけど、二人で一緒にやっていたので勝負は保留になったものだとばかり思っていた。


「当然ですわ。何より、このわたくしが負けたと思ったから負けなのです」


「勝負の基準はロゼなの!?」


 それを勝負と呼んでよいのだろうか。彼女が負けを認めなければ全ては負けず、負けを認めればそれは負けになるなんて。


「光栄に思いなさい。わたくしが負けを認めるなんて、滅多にありませんわよ」


「…………さいですか」


 別に勝ち負けを気にしていたわけじゃないから、どうでもいいという気持ちが強い。


 ……ふと気になったことだが、彼女の中で僕との戦績はどんな感じになっているのだろう。


「さいですわ。よって、今日のところはわたくしがおごりますわよ」


「むしろ今までおごってくれなかったのが異常だよ! 返せ! 僕の生活費返せ!」


 あの戦闘でこっちは大赤字になってしまい、銀貨三枚どころでは済まない出費が出ているんだ。このままじゃ破産か餓死だぞ。


「あら、この前ギル爺のところで収入があったのではなくて?」


「杖失くしたからそっちの出費だよ!」


 杖の中では安物の部類に入るのだが、それでもオパールを使っている。金貨二枚ほどは必要だ。


「……わたくしが立て替えましょうか? その件に関してはわたくしにも責任があるのでは?」


「ううん、素人のロゼを危険にさらしたってことでこれは僕のケジメだと思ってる。だから杖に関しては気にしないで。適当にクリスタルを売り捌くから」


 確かにロゼの責任がないとは言わないけど、それを言ってしまえばロゼを逃がさなかった僕の責任の方がはるかに重い。


 僕はあの場では彼女を保護する役回りを背負う必要があり、その責任を果たし切れなかった。杖を失くしたのはその代償だ。


「……そこまでの考えがあるのでしたら、わたくしからは何も言いませんわ。……杖に関して“は”?」


「うん、今まで僕にたかってきたお茶代返して」


 実のところ、ロゼとは知り合った直後から散々たかられている。主に喫茶店でのお茶代で。


「え? 前にも言いましたけど、ああいう場では殿方が支払うのが常識では?」


「うん、無理やり誘っておいて常識も何もないと思う」


 両者合意ならともかく、僕はほとんど一方的にたかられているんだぞ。そんな状況で常識もクソもあるか。


「……まあ、これは冗談だよ。僕だってロゼのお茶に付き合うのは楽しいし、お金を払うのもやぶさかじゃない。ただ、これからはちょっと自重してほしいかな」


「た、楽しっ!? あ、あなたはいきなり何を!?」


 いや、そっちがなに顔を赤くしてんの、と言いたい。一応僕だって男である以上、綺麗な女の子とお茶ができるのは嬉しいことの部類に入るし、ロゼと一緒にいると良くも悪くも退屈しない。


「とにかく、僕はしばらくアルバイトに精を出すつもりだから、あまり構ってられないよ」


「あなたはわたくしを子供か何か勘違いしてません!? 理由さえ説明されればわたくしだって納得しますわよ!」


 さっきからロゼが何で怒っているのかわからない。というか子ども扱いされたくなければ、その捨てられた子犬のような目はやめてほしい。悪いことしてる覚えはないのに罪悪感がするから。


「うんうん、わかったわかった。じゃあとりあえず今日のお茶は割り勘でお願い」


「……わたくし、今日はお金持ってませんわよ」


「…………は?」


 つまり、最初から僕にたかるつもり満々だったってこと?


 こめかみの辺りに鈍い頭痛を感じる。そして脳内では今日の出費と今後予想されるであろう出費が頭の中で計算されていた。


 その結果はわかりやすく――




 いつもどおりの生活を送っていたのでは確実に破産だった。




「……洒落にならない」


 やはり杖を失くしたのが痛過ぎる。見栄を張らずにロゼに立て替えてもらうべきだったかもしれない。


「どうかしまして? ……あの、本当につらいようならわたくしが――」


 察しの良いロゼは僕の悩みを即座に見抜いてくる。


「大丈夫だって。僕にはクリスタルを作れる技術がある。最悪、値上げでもすればいいさ」


 この都市のクリスタル研究に使うクリスタルは全て僕が作っていると言っても過言ではない。正規のやり方で作るには準備に時間がかかるし、一度に作れる量も微々たるものだ。


 そのため一人で、なおかつある程度の量が作れる僕はかなり重宝される存在なのだ。


「……恨まれません?」


「恨まれる。でも手段選ぶ余裕があるわけでもないから、仕方ないさ」


 そもそも、僕にクリスタルの独占市場を作らせた向こうが悪い。うん、向こうが僕の良心に甘え続けたのがいけないんだ。


「……まあ、といっても杖が必要になる授業はしばらくサボれるし、本当に危なくなるのは来月あたりからだけどね」


 来月はフィールドワークで付近の野草と薬草を摘んで薬を作らなければならないのだ。薬学はあまり得意ではないのだが、これは旅でも重宝しそうだから真面目に学んでいる。


「そうですか。では、それが終わったらわたくしの夕食に付き合ってもらいますわよ」


「いやいや、それが終わっても僕の貧乏生活は変わらないからね? ……お手柔らかにお願いします」


 ここでおごることを約束してしまうのが、僕の押しに弱いと言われる所以なのだろうか。ちゃんと自分で決めてるつもりなんだけどなあ……。


「ふふっ、考えておきますわ」


 ロゼは軽やかに笑い、会計へと向かった。どうやらお金を持ってないというのはウソで、今回ばかりは向こうが払ってくれるようだ。


 ……何でだろう。そこはかとなく後ろめたい気持ちが沸き上がるのは。普段は僕ばかり払わされていたから、これは正当な権利のはずなのに。


「ロゼ! 僕が誘う夕食の予算はどのくらいが良い!?」


「銀貨一枚!」


 それは高級料理店のコース料理と同じ値段で、彼女が期待しまくっているのがありありと理解できた。


「やれやれ……、了解!」


 僕はそれをため息一つで了承する。ロゼが笑いながら雑踏に消えるのを見て、もう一つため息。


「……当分の間、節制しないとな」


 これで、僕はしばらく貧乏生活から極貧生活を強いられることになるのが確定した。

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