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二部 第二十一話

「……オレはもうダメだ……。オレの遺体は犬の餌にでもしてやってくれ……」


「兄さん、たかが本に殺されてどうするのさ」


「これ、もう脳筋ってレベルじゃないわよね……。あれかしら? 活字中毒?」


 それは活字が好きで好きでたまらない人のことだろう。これはどちらかと言うと活字拒絶症だ。


 マイラの街を訪れて二日目。僕たちはマイラの特徴でもある大図書館に訪れていた。


 理由は二つ。一つはここに収められているであろう古代の魔法書を読ませてもらうこと。僕なら魔力収束の問題さえクリアできれば扱えるはず。


 もう一つは僕が調べようとしている世界に点在する魔法陣の存在理由だ。


 両方とも僕の理由ではあるが、兄さんたちには付き合ってもらっている。どうせ暇を持て余していたし、正直言って一人じゃ途方に暮れるしかないほどの蔵書量なのだ。猫の手だろうと脳筋の手だろうと借りたい。


「エクセ、オレのことけなさなかったか?」


「まさか。僕が大恩ある兄さんをけなすとでも? バカも休み休み言ってほしいね」


「今バカって言ったじゃねえか! 心の中ではオレのことバカだと思ってんだろう!?」


 しまった。ちょっと言葉選びに自分の本音が漏れてしまった。


「まあ、それはさておいて……。ニーナはどう?」


「全然ダメ。あまり古過ぎると言語がわからなくなるし、かといって最近の書物では大して意味がない……。おまけに魔法書の方は完璧に専門外。あんたにしかわからない用語が多過ぎてあたしの手に余るわ」


 ごもっとも。専門書の類を任せようとしたのがそもそもの間違いである気がする。


「じゃあ……古代書の方に行ってよ。少しは読めるでしょ?」


 というか読めなきゃ困る。ずっと僕ばかり頼られるのもそれはそれで苦痛だ。


「………………」


「ねえ、何で目を逸らしたの? ねえ?」


「…………スマン……!!」


「何でそんな悲痛そうな声で謝るのさ!? まさか本当に僕のいない間、まったく勉強してなかったんじゃ……!」


 いやいや、自分で言って何だがそれはないだろう。遺跡探索は旅人の貴重な資金源になる以上、二人が旅を続けていれば必ず通る道になる。


「いやぁ……、お前がいない間は無茶をしないように動こうと思って、あまり長距離の移動をしないようにして、補給をこまめにするようにしてたんだ。おかげで路銀に余裕ができちゃって……ハハハ」


「笑えないよ! まったく笑えない! 他力本願の極みだね二人とも!」


 何だかティアマトで真面目に古代語を学んだことがバカみたいに思えてきた。今度、折を見て二人に古代語を初歩的なものだけでも叩き込んでやろうか……?


「というか兄さんは僕たちを引き取ってない頃はどうやって生きてたのさ? 一人だったんでしょ?」


「ああ、その頃は旅のイロハも知らなかったからな。我武者羅だよ。戦争のある国に行って傭兵とかもやったな」


 荒稼ぎできるんだぞあれ、と兄さんは笑うが、それってかなり危険ではないだろうか? 兄さんほどの腕前なら配置されるのも最前線だろうし……、大体、傭兵なんて正規軍には真っ先に見捨てられる人たちだぞ? 腕が立たなきゃやってられない。


「……それってどのくらい稼げるの?」


「オレの戦績にもよるけど、大体金貨百枚は固かった。それだけあれば一年ぐらい楽勝だろ?」


 いやいやいや、一年どころか五年でも余裕で暮らせるだろう。しかし僕たちが拾われた時にはそんなお金影も形もなかった。


「……兄さん、どんな金の使い方したわけ?」


 僕の突っ込みに兄さんは罰が悪そうに頭をかく。……何かあったな。


「いや……本当にあの頃のオレは旅に慣れてなくてな? ……色んな人に詐欺られて……その……」


 オチがわかった。お人好しの兄さんだから仕方ないと言うべきか、はたまた何度も騙された兄さんをバカと言うべきか判断に迷う。


「とりあえず一人でも生きていける理由はわかったからいいよ。はぁ……、これじゃ本格的に僕一人でやらなきゃいけないな……」


 口に出して言ってみたものの、僕の周りにうず高くそびえる魔法書の数々を見て、一気に心が折れる。これを一人では無理。


「そもそも、一般人が見られる場所にそんなヤバい情報なんてあるのか? オレだったら当たり障りのないもの置くけど」


「………………あっ」


「今気付いたわね、エクセ。頭の回転は速いくせに妙なところ抜けてるんだから」


 ニーナの容赦ない指摘に僕は視線をそらす。


 直そうとはしてるんだよ? でも、そういった思考の穴っていうのはどうにも直しづらくて……、いくら用心深くしても抜けてしまう時がある。


「確かに……言われてみればこの辺の魔法書は市販でも買えるやつだ……」


 ティアマトで見たような専門的なやつは全然見当たらない。


「禁書クラスだろうから……、少なくとも無名の旅人であるオレたちに見せてもらえるとは思えないな。事情を話したところでまともに取り合ってくれないだろうし」


 兄さん、どうしてそう専門知識のいらない分野に関してはそんなに頭の回転が速くなるわけ? 普段から発揮してほしいんだけど。


「じゃあどうすればいいのさ……。ここまで来て手詰まりは勘弁だよ……」


 ここなら僕の知らないことを知ることができる。ここでしか知ることができないかもしれない。それがわかっていて手が出せないのがこんなに歯がゆいとは。


「どうにかするしかないわね……。エクセが悩んでいることがタケルに繋がるかもしれない以上、あたしたちも無関係じゃいられないし」


 というか二人とも当事者だろう。僕と一緒にいたんだし。


「しかしどうする? 金でも握らせるか?」


「その金はどこにあるのさ」


 先日の買い込みでお金は結構使ってしまった。いくら物価が安くてもあれだけ買えばお金はかかるのだ。


「脅す? あたしなら余裕だけど」


「どうして二人とも発想が黒いわけ? 僕がいない間、本当に何があったの?」


 何だか僕がこの中で唯一の良心な気がしてならない。おかしいな。兄さん、一応お人好しなはずなのに。


「仕方ない……、夜中に侵入するか」


「それしかないわね。安心しなさい。警備兵ならあたしが全部落としてあげるわ」


「その落とすって命じゃないよね? 意識だよね?」


 この二人、どうして僕が見ていないと果てしなく不安を煽るような言葉ばかり言うのだろう。誰か助けて。


 だが……、ニーナの発言はともかくとして兄さんの提案が現状、僕の目的を達するのに一番の近道であることは否定できない。


 しかし、リスクも高い。一度でも見つかったら即刻お縄を頂戴されて死刑だろうし、捕まらなくてもこの街には二度と入れなくなる。


(どうすべきか……。一回限りの賭けに出るべきか、別の方法を探すべきか……)


 兄さんとニーナが僕に決定を求めて視線を寄越す中、僕は静かに目をつむり頭の中に渦巻く情報を整理する。


 そして導き出される結論はやはり一つしかなかった。




「……侵入しよう。背に腹は代えられない」




 ここの人に聞いても知っているかどうかわからないし、何より信用に値するものがない。でもどうしても知りたい情報がある。


 ならばなりふり構っていられないではないか。


「夜になったらもう一度来るよ。あ、兄さんもニーナも殺人だけはしないようにね」


「了解。今回はお前の指示に従うぞ。……それに、何だかオレたちの追っているものって全部がどこかで繋がってる気がするんだよな……」


「あたしもエクセの指示に従うわ。……エクセ、これがタケルの行動を先回りすることに繋がるって思ってるんでしょ? だったらあたしが嫌がる理由なんてないわよ」


 僕と同じことを二人とも思っていたことに正直驚きを隠せなかった。基本的に頭の回転は速いし、勘も鋭いんだよね……。


 ……僕が必死に情報かき集めて整理と取捨選択を繰り返してようやく辿り着く答えに、二人は勘で辿り着くんだから(たち)が悪いことこの上ない。


「んじゃ、いったん宿に戻って夜になるまで待とう。……念を押すけど、二人とも絶対に人を殺さないようにね!」


 今回悪役となるのはどう考えても僕たちだ。しかし、だからといって開き直ってはいけない。たとえ間違ったことをしているとしても、譲っちゃいけない線は存在する。


「わかってるよ。さっきのあれも冗談だって。ったく、心配性だなエクセは」


「……そ、そうよそうよ! あたしがそんなことするわけないじゃない!」


 兄さんはともかく、ニーナは信用できなかった。追従するように言うなよ。信ぴょう性が薄いにもほどがある。


 色々と気を揉むことになりそうだ、と思いながら僕たちは宿に戻った。






「よし、潜入するよ」


 草木も眠る丑三つ時。僕たちは全員武装して宿の一室にいた。


「ニーナ、ナイフの毒は?」


「睡眠毒。でもあまり量がないから連発はできないわ」


 ニーナの武器は投げナイフに毒を塗ることで殺傷力の低さを補い、汎用性を増している。


 短剣は小回りが利くものの、どうしても攻撃力が低いのだ。まして女性の細腕ならなおさらだ。


「兄さんは?」


「峰打ちか鞘打ち。そこまで強く狙うつもりはないから安心しろ」


 まあ、問題はないだろう。ニーナも投げナイフとかの暗殺者向けの技術に関しては神懸り的なものがあるし、兄さんの剣技は言わずもがな、だ。


 僕たちは静かに窓を開け、足音を立てずに跳躍、地面に着地する。


 そのまま誰も声を発さず静かに歩き、大図書館前まで到着した。


 大図書館はマイラの街の最奥に位置し、中に入るには長い階段を上らなければならない。職員の入り口も上り切ったところにあるため、どんな人間でもそれは避けられないということだ。


「……どうする?」


 兄さんが端的な言葉で僕に意見を求めてくる。


 さすがに三人で馬鹿正直に上ったら見つかっておしまいだろう。しかし、この中で存在すら認識されないほどの隠密ができるのはただ一人。


「ニーナ、正面の警備兵だけでいいから眠らせて来て」


「わかったわ。終わったら戻るから」


 ニーナは僕の指示に何も言わず従い、音もなくその場から消えた。ついさっきまで僕の後ろにいたのは確かなのに、今はどこにいるのかも認識できない。


「……さすがだな。もうオレでも気配がわからない。あれならまず人間に見切られることはないだろ」


 それって兄さんの気配読みは人間の中でも最高峰だって認めていることにならない? ……相変わらず剣士としての技能に関しては自信がある人だ。


 ……まあ、実際剣士としてはおそらく世界でも五指には入るだろうから自信を持ってもおかしくはないんだろうけど。


「……ただいま。二人いたけど両方とも眠らせてきたわ。でも意外に腕が立つわよ。あいつら、避けられないまでも反応してみせたから」


 ニーナが戻ってきて僕たちに報告する。


 それにしてもニーナの攻撃に反応するとは。相当の精鋭だろう。少し用心した方が良さそうだ。


「わかった。肝に銘じとく」


 僕はそれだけ言って、三人で階段を上り始めた。


 そして目の前にそびえ立つ大きな扉をゆっくりと開け、僕たちは大図書館に侵入した。

夏バテしました。体が重くてたまりません。皆さまも夏バテには気をつけてください。

自分は正直舐めてました。これ、予想以上にキツイです。

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