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二部 第十七話

 ……正直、最近は倒れてばかりな気がします。エクセルです。


 例によって目が覚めると、見覚えのない天井が視界に入った。しかも今回はやたらと豪華。気絶する前の僕は何をやったんだったか。一度気絶してしまうと、少し記憶があやふやになってしまうのが困りものだ。


「えーっと……」


 確か僕のローブを借りたニーナが運悪く僕と勘違いされて連れ去られてしまい、それを助けるべく中央政府塔に向かって……。


「ああ、思い出した」


 紆余曲折があってこの国に対してできることをやろうとし、その結果としてここにいるわけだ。


「うわ、よく生きてるな……」


 あの時吐いた血の量は明らかに命に関わるレベルだった。吐いた本人である僕が言うんだから間違いない。


「まあ、生きてることは嬉しいけど……。それにしても、」


 すさまじく豪華な部屋だと心底思う。どこもかしこも凝った意匠が施されており、それでいて過ごす人間が心苦しく感じないようにする思いやりがそこかしこに感じられる。


 ……その思いやりが感じられるからこそ、こっちは気後れするんだけどね!


「さて、出てくか」


 今、僕が体を預けているフカフカのベッドもどれだけの価値があるのか想像がつかない。僕みたいな小市民は床で寝るのがお似合いだ。そっちの方が気分的に安らげるし。


 そう思ってベッドから降りようとした時、毛布に覆われていた左腕が何かに引っ張られる。そして、次の瞬間には体内に入った異物感と同時に激痛が走った。


「イッ――ッ!? ()ぁぁぁ……」


 何だこの痛み。普通に泣きそうになったぞ。


 左腕を抱えてプルプルと震え、痛みが引くのをじっと待つ。痛みが何とか耐えられるほどに小さくなってから、恐る恐る左腕にあるものの正体を確かめる。


「注射……?」


 どうやら痛みの正体は注射の針が刺さっていることに気付かず動き、針がズレたことにあるらしい。痛いはずだ。


「……?」


 そこで気付く。いや、今まで気付かなかったのも情けないことだが、針には細い糸が付けてあり、そこから血が流れ落ちているのだ。


「輸血……かな?」


「そうよ。どこぞのバカが自分の身も省みずに血を吐いたからね」


 う……、この声は……。


「ニ、ニーナさん……」


「ええ、ニーナさんよ」


 怖い! いつもと変わらぬ笑顔なのに、その笑顔に妙な迫力を感じる!


「あの……、何か……?」


「何でもないのよ。……そう、決して怒ってなんかないんだから……!」


 ニーナが怒っているとは一言も言ってないんだが。


 しかしこれで確定した。ニーナ、めちゃくちゃ怒ってる。


 ……素直に謝ってしまうのが吉だろう。悪いのが僕だってことくらい理解しているつもりだ。


「ゴメ――」


「どこが悪いのかをちゃんと理解して行うのが謝るという行為じゃない?」


「…………うぅ」


 あまりにも正論過ぎて返す言葉がない。確かに今のは僕がバカだった……。


「はぁ……。あんたねえ、あたしがどうして怒ってるか、ちゃんと理解してる?」


「……実のところあまり」


 正直、やったことに後悔は微塵もしていない。全部納得して選んだことだし、あそこで死んだとしても自分の責任として受け入れるつもりだった。


 だが、この答えはニーナの怒りを買うのに十分な代物だったようだ。


「……んのバカ!」


 ニーナの手がパーの形に広がり大きく振りかぶられた瞬間、僕はすぐに訪れるであろう痛みに耐えるべく目をつむった。


「…………?」


 しかし、いつまで経っても痛みが来ない。


 不思議に思って薄目を開くと、そこには止めどない涙を流すニーナの顔が一杯に迫っていた。


「い……っ!」


 さすがに焦り、身を引こうとするがニーナが素早く両手を僕の後頭部に回してそれを防いでしまう。


「無茶ばっかりやらないでよ……。見せられる身としては気が気じゃないんだから……」


 ニーナに頭を抱えられながら、その手が小刻みに震えていることに気付く僕。それによってようやく遅まきながら、僕は自分のやったことを本当の意味で理解した。


「……うん、ゴメン」


 僕が全面的に悪い。やったこと自体に後悔がないのは変わらないが、みんなを省みずに我を通してしまったことに罪悪感を感じる。


 そうだ、僕には僕を大切に思ってくれる人たちがいる。その人たちを悲しませないためには、何が何でも生きなければならない。


 ……それにニーナにとって僕はたった一人の同郷の幼馴染だ。おまけに僕と違って両親の記憶もちゃんと持っている。つまり、彼女は僕なんかより遥かに残される悲しみを知っているのだ。


 だから僕は絶対に彼女より先には死ねない。これ以上、ニーナに喪失の悲しみを味あわせてはいけないことくらい、僕にもわかる。


「…………よし、安心した! あんたも成長してるみたいね。昔はこう言ってもわからない顔してたくせに」


「え、ウソ?」


 そこまでひどい人間だっただろうか、僕。それなら七年前まで飛んでいって僕を殴りたくなるんだけど。


「こんなことでウソついたらあたしは相当嫌な女になるわよ。……約束しなさい。無茶するななんて言わないし、人助けをやめろなんて言わない。……だから、絶対に死なないで」


「――約束する。本当、ゴメン」


 左手は動かしたくないため右手だけでニーナの体を抱え、その背中を優しく叩いた。




「エクセ、やっと目が覚めたみたいだな……って」




 そんな時、兄さんが部屋に入ってきた。後ろには大統領もいる。


「…………」


「…………」


 僕と兄さん、そして大統領もみんな無言で非常に気まずい。ニーナはまだ気付いていないみたいだし、僕一人だけが針のむしろに座っている気分だ。


「……どうやら、タイミングが悪かったようだね」


 初めに口を開いたのは大統領だった。さすが、人の上に立つ仕事をしているだけあって動揺を隠すのが早い。


「……みたいだな。まさかお前たちがそんな関係だったとは……いや、半分ぐらいはようやくかっていう気持ちだけど」


 兄さんも大統領の言葉に追従し、うんうんとうなずく。


「待って。それは誤解――」


「皆まで言うな。オレたちのタイミングが悪かった。さ、あとは若いものに任せて……」


「では、我々は一時間ほど時間を置いてから戻ってくるよ」


 完璧に誤解されている。しかも誤解を解く暇さえ与えてくれない。


「ちょ、待ってよ! 本当にこれは何でもないんだってば!」


「エクセ? さっきから騒がしいけど一体何……が……」


 ドアを閉めて出て行こうとする兄さんたちを止めようとしていると、ようやくニーナが顔を上げる。そして固まる。


「兄さんたちちょっと待ってええええぇぇぇ!! 本当に何でもないから! だからお願い、そんな生暖かい目で見ないで!」


 ニーナと僕の二人がかりでようやく誤解を解くことには成功した。






「何だ、心配したニーナが泣きついただけだったのか……。もっと早く言えよ」


 今の僕は兄さんを殴っても許されるはずだ。


 思い立った瞬間には拳を固めて放っていたのだが、兄さんはこちらを見もせずに避けてしまう。


「ふむ……まあ今のところは、という言葉が入りそうだがね。体の調子はどうだい?」


 大統領は意味深な笑顔を崩さないまま、僕の体調を気遣う。


「問題ない。頭もスッキリしてるから血が足りないなんてこともないし。だからそろそろこれ抜いてほしいんだけど」


 さっきの事故のおかげで左腕を動かすことに恐怖を覚えてしまった。いや、あれ本当に痛いんだよ……。


「念のためもう一日は輸血を受けてくれ。君は大丈夫そうだが、血が十分に足りているとは思えないのでね。実際、一時はひどいものだったのだぞ?」


 それは自分でもよくわかる。ぶっちゃけ、意識が落ちた時には二度と目覚めないことも覚悟したほどだ。


「……ところで、僕はどのくらい寝てた? 何となく一日ぐらいだと思うんだけど」


「三日だ。大統領の言う通り、最初は本当にヤバかったんだぜ? その時のニーナのうろたえようと来たら……、二度とあんな姿見せるんじゃねえぞ。オレだって心配したんだ」


 兄さんの言葉はいつも通りでありながら、その目には深い心配が見て取れた。


 僕は本当に多くの人に迷惑をかけてしまったみたいだ。反省しよう。


「ふぅ……、エクセル君」


 話が落ち着いたところで、大統領が僕に対して口を開く。まだ何か言いたいことでもあるのだろうか? もっと多くのクリスタルを作れ、なんて言われたらさすがに断るぞ。


「ん? 何だ?」


「約束さ。君にこの国を救ってもらった。我々は君のことを称え、絶対の協力者となる。何かあれば、何でも言ってくれたまえ」


 ……僕さ、一応この国救ったんだよね? その割に立場に変化がないと思うのは気のせいだろうか。


「そうだな……、一つは僕たちが見つけていかないと意味がないし……。ううむ……」


 魔法陣に関しては国に任せてはいけない。下手したら国際問題になりかねない爆弾なのだ。僕たち個人で調べていくより他ない。


 だが……、それを任せられないとなると、予想以上に任せられることが狭まるのも事実。というかこいつら裏切ったりしないだろうな? 今までの行動を振り返っても完全に信用するのは難しい。


「……エクセ、悪いがオレの目的を優先してもいいか? 一つ区切りもついたことだし、魔法陣に関してはオレの目的を果たす途中でも調べられるだろ?」


 僕が彼らに頼むことを決めあぐねているのを読み取ったのか、兄さんがそんなことを言ってきた。


「うん、それもそうだね。……でも、あいつがまだ生きてる保証はあるの? 十年も追いかけてきた兄さんにこれを言うのは悪いかもしれないけど」


 十年間も旅をしていれば、生き残るより死ぬ確率の方が遥かに高い。純粋に実力があっても、人間なんて簡単に死ぬ。食料が手に入らず餓死したり、生水に当たって腹を下すだけでも旅人の死因には十分だ。


「おそらくそれはない。古文書を必死に調べまくった結果として、タケルの持っている剣には持ち主への加護が働くというのがわかった。……ただ、同時に災いももたらすと書いてあったがな」


 なにその怖い剣。そんな剣絶対に使いたくないんだけど。タケルって人、正気?


「そんな目で見るな。言いたいことは何となくわかるから。……それで、オレの方を優先してもいいか?」


「……はぁ」


 何言ってんだか。そんなこと、誰かに聞くまでもないことだ。




「当然でしょ。これは兄さんの旅なんだから」




 僕に決定権などあるわけがない。


「それに兄さんの言ってることももっともだしね……。というわけで手伝ってほしいことはこの人の弟を探すことね。特徴とかは兄さんから聞いて」


 大統領をアゴで使えるなんて、先日までの僕には予想もできなかっただろう。正直、どこかで道を間違えた? と思わなくもない。


 兄さんと大統領が話し合いながら部屋を出て行くのを見送ってから、僕はニーナと顔を見合わせる。


「……ねえ、僕の人生ってすごく波乱万丈じゃない……?」


「今さら気付いたの?」


 ニーナの何気ない言葉が胸に突き刺さった。

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