二部 第十六話
「大統領って……」
確か国で一番偉い人間のことだったよな? それも人民が投票して選ぶという……。
「君の想像通りだよ。そして、聡明な君なら私がここに立った一人でいる理由もおわかりだと思うがね?」
「……チッ」
わかってしまう自分に腹が立つ。隣にいるニーナも薄々理解しているらしく、頬に汗を伝わらせていた。
「本気なんだな……。一番偉い人が僕みたいな得体の知れない人間に会おうとするなんて」
この人が偽物である可能性は考えないでいいだろう。僕にバレた際のリスクが高過ぎるはずだ。
「ふふふ……、理解してくれて嬉しいよ」
「……つまり、必然的に僕が話に乗らなかった場合の心中も本当になる。……これがあるから後のない人間は怖い」
言い換えれば、彼らはそこまで追い詰められているのだ。おそらく僕の想像なんかよりも遥かにひどい状態まで。
「街中は暖かかった。……不自然なほどに」
「蒸気の力を利用した暖房をドーム内に複数置いている。……あれがなければ人間が生きる環境にすらならないことは君にも予想ができるだろう」
まあ、それは納得できる。あんな三歩先が霞むような吹雪が年中吹いていては、日常生活もできないどころか一週間で全滅だ。
「だが、アレを生み出すための燃料は無限ではない。そして今、それは尽きようとしている……。もう、おわかりだろう?」
「……代替品の燃料として、クリスタルが選ばれた。そんなところでしょ」
機械と魔法、両方に共通するものとして魔力が当てはまる。万物の燃料となり得るこれは絶対に外せないものだ。
「ここの環境から鑑みるに、ここにあったはずの魔力の源泉はほとんど枯れているんだろう? 魔力がなければあの暖房も動かすことができない。……僕だったらすぐに代替エネルギーの開発に移るね」
基本的に魔力が潤沢な地は緑が豊富だ。ここの人間が生きていくには厳し過ぎる雪景色を見れば、魔力が少ないことなど魔法をたしなむものなら誰でもわかる。
「そうしたいのは山々だし、我々の方でも開発は進んでいる。三年もすれば魔力に代わるエネルギーが開発されるだろう。……だが、それでは足りないのだ!」
シルバと名乗った人は大きく手を広げ、主張する。
三年。確かにそれは魔力の尽きかけているこの国の現状では長過ぎる時間だ。
「だから時間稼ぎに魔力の塊であるクリスタルを、か……。理屈はわかる。わかる、が……」
そのためにティアマトで全魔導士の憧れである賢者の一人を買収したり、今回のようにニーナをさらったりと、やったことが許されるわけではない。
だから、僕は握った拳をためらわずに振り抜いた。
頬骨に当たって指が痛むが、構わず打ち抜く。シルバ大統領は声を出さずに吹き飛び、壁に背中を預けた。
「くっ! ……気は済んだかい?」
済むわけがない。ティアマトで賢者を一人陥れ(本人が望んで落ちた気もするが、そこは考えない)、ニーナをさらい、そこまでやられた僕の怒りは拳一発で済むほど弱いものではない。
「……謝罪しろ、とは言わない。あんたらがなりふり構ってられないってのはわかったから。だから要件を言え。少しなら考えてやる」
こいつは憎い。それは確かだ。しかし、こいつらの境遇に同情してしまう自分がいることも事実。
それで私怨よりも彼らを助ける道を選ぶから、ニーナたちにお人好しだと言われてしまうのだろうか。
「……あたしはエクセに従うわ。ただ、一つだけこいつに言わせて」
僕の決断にニーナは反論せずうなずいてくれたが、何か言いたいことがあるらしくシルバに向かって歩み寄った。
「ん? 別にいいけど……、手は出さないようにね?」
「確約はできないわ」
普段は強気なニーナだけあって、その言葉は僕の不安を煽るのに十分だった。せめてパーで済ませてほしい。グーで殴った僕が言えるセリフじゃないけど。
ニーナは未だ壁に背を預けているシルバの胸ぐらを片手で掴み上げ、僕にはギリギリ聞こえる程度の声でささやいた。
「あたしもあんたたちの境遇には理解を示そうと思う。でもね――」
「――あたしの家族に少しでも危険な目に遭わせて見なさい。その時はあたしの全てを以てこの国の奴らを皆殺しにするわよ」
その言葉に秘められたあまりにも冷酷な殺意に、直接向けられていない僕まで背筋が震えてしまう。ニーナってこんなに冷たい声が出せたのか……。
「ニーナ……」
「伊達に暗殺者名乗ってないわよ。あんたがいない二年、あたしもあんたや兄さんとは違う種類の修羅場をくぐってきたんだから」
どうやらそうみたいだ。この酷薄な殺意は修羅場をくぐっていないと出せない。
「ははは……。私は、とんでもない人間を敵に回していたようだな……。国の軍隊を全滅させかねない男に、仲間のために本気で怒れる世界最高の魔導士。そして君……」
ニーナと兄さんの情報は持っていないらしい。ニーナは目立っちゃいけない職業だし、兄さんも剣士としてずば抜けた技量を持ってはいるが、それが有名になるのは訪れた街ぐらいで、国一つまたぐような情報でもない。
……どうして僕ばっかり有名になるんだろう。しかも魔導士関係の有名人なんて良いことが一つもない。
「お前たちが誰を敵に回したってどうでもいい。でも、一度言ったことをウソにするつもりもない。要するに五年程度は持つ魔力が必要なんだな?」
クリスタルはどのくらいの大きさを作ればいいのだろう。まあ、ゆっくりと大きくしていく形なら僕の魔力が続く限り大きくできるから問題ないはずだ。
「その通りだ。……やってくれるのかい?」
「命を懸けるようなレベルでなければ、手慰み程度にやらせてもらおう。最近、魔法らしい魔法をほとんど使っていないのでね」
剣に魔法を纏わせた魔法剣なら少し使ったし、肉体強化はもうなくては戦えないくらいだ。しかし、もっと魔法魔法した魔法を使う機会がなかった。
……まあ、クリスタルを作るのもあまり大差ないけど。
「ありがたい! 本当にありがたい……! これでこの国は……救われる……!」
「………………」
何だか複雑な気分だ。どうして複雑なのかは僕にも理解できないが、きっと僕たちを散々悩ませた相手の事情を知ってしまい、本気で怒るに怒れなくなってしまったからだろう。
理屈では納得できても心の中に積もった怒りは簡単には消えず、僕はそっとため息をつくことでそれをごまかした。
「ここに作ればいいのか?」
未だに戦っていた兄さんを止め、僕たちはアインス帝国にある機械を動かす動力炉の真下に連れられていた。
だだっ広い空間には何もなく、ここにクリスタルを作ればいいというのが容易に予想できた。
「ああ。……確約しよう。君が我が国を救った暁にはこれからの行動を我々が全力でバックアップすることを」
「……エクセ、どうする? 当事者はお前だぞ」
若干服に汚れが見受けられる以外は無傷の兄さんが聞いてくる。それに対して、僕はわずかに迷ってから結論を出した。
「……お言葉に甘えさせてもらうよ。それぐらいはないと、僕の気が収まらない」
両手から魔力を徐々に放出し、密度を高めていきながらシルバ大統領の方を見る。
「確認する。必要なクリスタルはこの部屋が一杯になるほどで、属性は炎属性でよかったな?」
「それでお願いする。……しかし、いくら君がとんでもない魔力を持つからと言って、そんなことができるのか?」
「それをやらせるためにこんなことをしたんだろう。できないと言われたらどうするつもりだったんだ?」
「無理やりにでもやらせるつもりだった、とだけ言わせてもらおう。もっとも、その様子を見れば無用だったと思うがね」
本当になりふり構っていない。その矛先が僕たちに向いたことを許すつもりはないが、この人の何が何でも大切なものを守ろうとする姿勢には好意を抱いてしまう。
……ただ、同時に嫌悪感も抱いてしまうのは、同族嫌悪という奴だろうか。
「……よし、魔力の準備は完了した。この近辺にある魔力を根こそぎ持って行くが、構わないか?」
「念のため少しは残しておいてくれるとありがたい。不測の事態が起こらないとも限らないからね」
「了解した。……はぁっ!!」
最初は小さく、そしてそれを核にしてさらにクリスタルを作り、そのクリスタルを核にしてより大きなクリスタルを生成する。これをひたすら繰り返し、徐々にサイズを大きくしていく。
「……地味だな」
「地味ね」
「仕方ないだろ!? 大きなクリスタルを一息に作るのは負担が大きいんだよ! この部屋埋め尽くすようなサイズじゃ集中力もかなり必要になるから、あまり負担をかける方法が取れないんだ!」
何もわからないニーナと兄さんに突っ込みを入れる。そりゃ、僕が武器に使う程度のサイズなら一瞬で作れるし負担もほとんどないが、ドーム一つ分になると相当な負担になる。一瞬で作ろうとしたら、僕の体が放出する魔力に耐え切れず内側から破裂するのがオチだろう。
……僕の体は魔力に対して高い耐性があるが、それにしたって人間の限度を越えられない。僕が人間であり続ける限り、僕の持つ魔力は全て扱い切れないのだ。
「おお……! これで……これで我が国は救われる……!」
感動に打ち震えるのはいいのだが、僕の体も労ってほしい。そもそも、クリスタルを個人で作ること自体が大それたことであるという自覚はあるのだろうか。
「ぐっ……」
普段は気にしない程度で済む負担がハッキリと僕の体を蝕む。内臓が一斉に悲鳴を上げ、魔力を放出している体が軋む。
しかし、僕の負担がキツくなればなるほど、それに比例するようにクリスタルは際限なく大きくなっていく。すでにドームの三分の二ぐらいの大きさだ。
「……かっ!」
どこかの血管が破れ、そこから漏れた血が喉を通って口にあふれる。
クソッ、体にかかる負担が今までとは段違いだ。命を落とす可能性も考慮に入れるべきか。
「エクセ! 辛ければ休めばいいんじゃない?」
僕の体が内側から傷ついていることに気付いたニーナが休むよう声をかけてくる。それはありがたいが、できないことだった。
「……もう、遅い。今休んだら絶対しばらく起きない……。だったら、行けるところまで行ってから休む……」
しゃべっている間に口に溜まった血を吐き捨て、一気に魔力を込める。
「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!」
裂帛の気合とともに、僕の前にあったクリスタルが山のようにうず高くそびえ立つ。
……これで、一仕事終了、か?
「……大統領。これでいいのか? 大半が僕の魔力で生成した炎のクリスタル。そっちの機械にどれだけの労力を使うのかは知らないけど、これだけあればしばらくは持つはず」
グラグラする意識を必死に繋ぎ止めながら、努めて平静であるように装う。口の端から血が流れているため、あまり意味があるようには思えないが。
「十二分だ! これだけあれば十年近く持たせることができる! いくら礼を言っても言い足りない!」
「そりゃ……よかった」
あ、膝から力が抜けた。やることを終えたから安心し切ってしまったみたいだ。
地面に顔から倒れ込み、顔に触れた液体の感触で気付かされる。自分の吐いた血が結構な量になっていることに。
「ちょっ、エクセ!? 兄さん!」
「わかってる! 大統領! あんたも手伝え!」
「言われずとも! おい、誰か! 我が国を救った英雄を死なせるな!」
従わなかったら絞り尽くして殺すつもりだったのに、能動的に救ったら英雄なんてずいぶんと都合がいいな……。
そう皮肉ってやろうと思ったのに、口が満足に動かない。パクパクと息を漏らすばかりだ。
徐々に暗くなる視界の中、僕は兄さんとニーナが必死の形相でこちらに駆け寄ってくる姿を俯瞰的に眺めていた。