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二部 第十四話

 ……兄さんが暴れているのか、遠くから断続的に爆発音が耳朶を叩いている。


「兄さんが暴れ始めてそろそろ五分か……。頃合いかな」


 本音を言えばもう少し時間を置いてから行きたいところだが、兄さん一人で国軍相手に時間稼ぎは分が悪過ぎる。兄さんは心配するなと言っていたが、長くは持たないだろう。


 ……いや、案外持つかもしれないな。あの得体の知れない天技(てんぎ)がある以上、僕に兄さんの行動は予測できない。


「まあ、行くか……」


 僕は両手を上に掲げ、空気中に存在する魔力を集めるよう意識を集中させる。


 途端、僕の意思に従って辺り一帯の魔力が全て僕の手の中に集まり、出番を待ち構えるように渦巻く。やはりこう言った魔力の収束関係は僕の得意分野だ。


 すでに視認できるほどの濃度になっている魔力をさらに集め、僕自身の魔力もブレンドしていく。クリスタル生成の過程で避けては通れない場所だ。


「食らいやがれええええええぇぇぇっ!!」


 クリスタルを生成し慣れている僕にはクリスタルのできる密度というのが手に取るようにわかる。それを利用すればどこまでも大きなクリスタルが生成可能だ。僕の体が壊れるような規模でない限り。


 そして、今回作ったクリスタルは人の家ほどもある大きさの代物だ。正直、今の僕に作れるサイズではこれが限界だった。


 空中に作られたクリスタルは重力に従い、ゆっくりと地上に落下する。その衝撃で砂煙が舞い上がり、建物の崩れる轟音が辺りに響き渡った。


(これだけでかいクリスタルなら狼煙に十分だ……! よし、行こう!)


 僕は背中の守り刀に手をかけながら、気配を消す作業に入っていった。


 ……え? 僕、正面から堂々と暴れるなんて一言も言ってないよ? というか無理。






「騒ぎの大きさもあるけど、ここまで簡単に入れるとは……」


 中央政府塔内で僕はこっそりとため息をつく。警備の甘さに助けられている身だから何とも言えないが、これでいいのか衛兵よ。


 正直な話、道中どこかで敵に見つかるとは思っていた。僕の隠れ方は完璧じゃないし、精度も素人を騙せるくらいだとニーナにお墨付きをもらったくらいだ。


 それでも騙し切れたのだから……、兄さんの起こしている騒ぎは相当な規模であると考えた方がいい。僕の技術が上昇している、なんて間違っても思わないことだ。


 ……そもそも、魔導士にこんな技術必要ないしね。


「まあ、これは嬉しい誤算ということで……、ニーナを探そう」


 いそうな場所に皆目見当がつかないため、片っ端から扉を開けていくしかない。その過程で誰かに見つかってしまっても、それはそれで情報を聞き出せるから良しとさせてもらう。


「ここ……かっ!」


 開けた部屋は兵士の詰所でした。






「ッシャアアアアアアアアアアアァァァァッ!!」


 オレは断空を何発か連射し、こっちに向かってくる兵士を牽制する。


 そろそろ戦い始めて十分が経過する。可能な限り殺さずに無力化させるべく、足の腱などを狙って切り裂いているのだが、ただ斬り殺すよりも集中がいるため、体力の減るペースが早い。


『つ、強過ぎる……。おい! あれの準備はできたか!?』


 あれ? ……警戒を強めておくか。


「天技――地崩(ちくずし)!」


 エクセにはまだ教えていない天技の中でも比較的簡単なものを使う。地面に勢い良く突き立てたオレの刀を中心に衝撃が浸透し、小規模な地割れを引き起こす。


『う、うわあああああぁぁぁぁ!!』


 地割れに呑み込まれる人間も何人かいたが、助けに行く余裕はなかった。規模自体が小さいため、せいぜい足の骨を負った程度だろう。打ちどころが悪くなければ生き残るはずだ。


 そしてオレも足場の悪くなった場所から離れるべく、大きく踏み込んだ。




 ――空に。




『と……飛んだ!?』


 人間は空を飛べるように作られていないことなんて有史以来、みんなが知っていることじゃないか。オレはただ走っているだけだ。空を。




 ――天技・空駆(そらがけ)




 月断流でもかなりの異彩を放つ技だ。特に攻撃能力もないし、これを使って剣士が便利になれるか、と言われるとそうでもない。


 剣士である以上、オレたちは敵に近づかなければならないのだ。空を走っても攻撃を避けられるくらいにしか役に立たない。

 

 ……ただ、エクセルならこれを使いこなせる気がする。あいつは剣士ではなく、魔法剣士に近いのだから、遠距離からの攻撃手段も豊富に持ち合わせているだろう。


 機会を見て教えてみるか。あまり難易度が高過ぎることを教えると尻込みする悪癖があるから、剣技だってウソをついておく必要があるけど。


 とにもかくも空を走るオレに対し、兵士たちが何やら妙な筒状のものを向ける。あれが兵士たちの言っていた武器か……?


 ……用途が読めないな。こっちに向けている以上、攻撃手段であることは確かだ。捕獲目的でもオレの抜刀術なら切り裂けるから問題ない。


()ぇ――――――――――――――ッ!!』


 何か来る!?


 オレは警戒を最大限まで高めてこれから来る攻撃を見極めることにした。


 その瞬間、奴らの持っていた筒状の物体から鋭く小さな弾丸が射出されるのが見えた。


「――っ!」


 ヤバッ! 本気出さないと落とせない!




 ――天技・夜叉(やしゃ)




 集中を極限まで高め、脳のリミッターを外す。そして身体能力も極限まで高める月断流の天技だ。ちなみに告死は夜叉の発展版。


「ふぅ……っ!」


 夜叉のおかげで迫ってくる銃弾が完璧に見切れたため、オレは波切の刃先で弾丸を全て受け流すことに成功する。


『拳銃の射撃を受け流した!? バケモノかこいつは!?』


 失礼な。あのくらい月断流をある程度修めていれば誰でもできる。


「まあいいさ。あんたらには、もう少しこっちの都合に付き合ってもらうからな……!」


 そう言って、オレはもう一度刀を構えて兵士たちに突撃をかけた。






「……ぅん」


 あたしが目を覚ますと、視界に映ったのは眠る直前まで眺めていた木製の天井ではなかった。鉄の黒々とした硬質な輝きがあたしの目に飛び込んでくる。


「ああ、そういえば……」


 なんか知らないけど、いきなりあたしの部屋に乱入してきた奴がいたから二人ぐらい倒したんだ。でも、残ったもう一人にあたしの居場所がバレて捕まってしまった……。


「でも、どうしてあたしが……?」


 正直、狙われる理由に思い当たるフシがない。言っちゃ悪いが、あたしたちの中で誰かに狙われているような人間はエクセぐらいだと思っていたからだ。


「起きたかね。ニーナ君」


 色々と考えていた時、あたしの前に長身の男がやってきた。仕立ての良い服に身を包んでおり、上流階級の人間であると人目でわかる姿をしている。


 ……ただ、どうしてか知らないが、男の姿は妙にブレる。部屋が薄暗く、距離もそこそこあるから仕方ないのかもしれないと思って自分を納得させた。


「まずは非礼を詫びよう。――君を囚えたのはこちらの手違いだ。許してほしい」


「お断りよ」


 勝手に捕まえておいてその言い方はないわよ。あたしがあんたを許すことなんて金輪際ないでしょうね。


「これは手厳しい……。だが、我々にも事情があって君を解放することができない。そこは理解してほしいところだね。こちらとしても手荒な真似はしたくない」


「さあ、どうかしら? あたしはこれでもかなり腕が立つわよ」


 すでに腕を縛っていた縄からは抜けることに成功している。あとは足を縛っている縄を解けばいつでも脱出できる。


 あたしを舐めないことね! 戦闘には向いてないけど、こういった技能なら誰にも負けない自負があるのよ!


「怖い怖い。……では、君にはエクセル君をおびき出す餌にでもなってもらおうか」


 そう言った瞬間、男の姿がかき消えた。なに!? 一体どうやって!?


「えっ――!?」


「ふはは……。驚いているようだね。これが機械の力だよ。これさえあれば、魔法なんて個人の才能に頼らなくても、高等魔法に近い効果を誰にでも扱えるようになるのだ」


 つまりこれは機械の効果によるものであるということ。なるほど、確かにこれはすごいわ……。




 でも、奇跡ってレベルじゃない。




 あたしの知っている魔法は――人に希望を見せるものだ。あいつの――エクセルの使う魔法にはそれだけの輝きがある。


 だからあたしは認めるわけにはいかない。別に機械と魔法を比べてどっちが優れているか、とかそういう問題ではない。


 エクセの持つ奇跡が、こんな機械に負けてしまうのは我慢がならないというだけだ。


「君にはしばらくそこにいてもらおう。安心したまえ。暴れたりしない限り、危害を加えるつもりは毛頭ない。こちらも彼とは有益な関係を築きたいのでね……」


 あたしをさらっておいて今更な言葉だ。実際、あたしだってさらわれたのは単なる手違いということだから、こいつらの狙いは最初っからエクセただ一人だろうに。


「言ってろ……!」


 あたしは両手両足の縄を一気に解く。どうせここも監視されているだろうから、だったらいっそ開き直ってしまおうと思ったのだ。


 確かにこの部屋は金属と金属の継ぎ目同士を合わせてあるように作られているため、脱出するのは容易じゃない。


 だが、あたしの体を入れた場所がある以上、必ずどこかに出口は存在する。


 そして出口の存在する場所にいる以上、あたしが出られない道理はない。兄さんにも敵わないと言わしめた鍵開け技術や隠密技術、見せてやるわ――!


 ……いや、バレなくてナンボの技術だから見せちゃいけないんだけどね。






「はぁ……っ!」


 僕はほうほうの体で兵士から逃げ切り、物陰に潜んで隠れていたところ、目の前を兵士が一人で通ったのでこれ幸いと喉元にクリスタルで作ったナイフを突きつける。


「な……お前……!?」


「質問に答えろ。銀の長髪の少女を見ていないか?」


 男の戦慄は無視し、僕の要求を告げる。これでも急いでるんだ。サッサと答えてほしい。


「お前、エクセルか……っ!?」


 どうでもいいことを話し始めたので、喉元に突きつけてあるナイフに少し力を込める。赤い血の珠がプクリと生まれた。


「次はない。早く答えろ」


「わかった、わかったよ! だ、だからこれを緩めてくれ!」


 そんなに騒ぐと危ないよ、と警告しようと思ったがやめておいた。これでこいつが死んでもこいつの自業自得だ。


「…………」


 無言で力を緩めると、男は明らかに安心した顔をして腕を動かした。何かする気か!?


「あっちだ。あっちの方に歩いていけば、他とは違う扉がある。そこにお前の探している女はいるはずだ」


「……本当だな?」


「まだ死にたくない。これが答えにならないか?」


 ならない。こいつの態度がさっきとはまるで違う。ここまで落ち着いた人間では、真偽の判断がつけられない。


「…………行け」


 しばし逡巡した後、こいつを解放することにした。顔は覚えたし、罠だったら後で個人的にシバけばいい。


「ああ、当然だが応援を呼ぼうとはするな。できれば、の話だけどな」


 それを最後に僕は男のもとから離れる。ちなみにナイフを握っていない手には男の懐に入っていたものが根こそぎ握られていた。さっき密着した時に全部奪わせてもらったのだ。


 ……ニーナはどこでこんな技術を習得したのだろう。


 幼馴染の素行がわかるような技術にそこはかとない不安を抱きながら、僕はさらに足を早めた。

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