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一部 第六話

「はああああああぁぁぁっ!!」


 下水の流れている部分をクリスタルの足場で容易く渡り、杖の石突きを喉元目がけて繰り出す。


「エクセ!? そんな勢いでは相手を殺して――」


 後ろで何やら雑音が聞こえるが、今はそちらに意識を割く余裕がない。これは僕にだって後のない勝負で、負けたら死ぬことがわかっているからだ。


 死霊術師は僕の一撃を後ろに下がることで避け、反撃の魔法を僕に向けて放ってくる。


 僕を一番の脅威とみなしたのか、魔法の内容は火属性破壊魔法の《炎弾(ファイアボール)》だった。簡単だけど汎用性が高くて連射も利く便利な魔法だ。


「このぉっ!」


 石突きの部分にクリスタルを纏わせ、僕に向かってくる炎を全てかき消す。


「ふうううぅぅぅ……」


「え、エクセル……?」


 呼吸を整えて次の攻撃をどう放つか考えていると、後ろからロゼの声が聞こえてきた。幸い、死霊術師の方も意識をクリスタルに向けているから、少しは余裕がある。


「なに?」


「あなた、それ……」


 ロゼは震える指で僕の杖を指差す。いや、正確には杖の石突き部分を覆うクリスタルを見ていた。


「これ? クリスタルコーティングだよ」


 僕がティアマトに来てから編み出した僕なりの戦闘術だ。


 クリスタルだって一種の結晶であることに変わりはない。つまり、核さえあればそれなりに形を整えられる。


 僕はそれを利用して石突きの先端に尖らせたクリスタルを纏わせている。それだけの話だ。


「なるほど……。魔法が使えないからこう言った部分で補っているのですわね。勉強になりますわ」


「まあね。あとロゼ。味方の弱点気軽に言わない方が良いよ」


 敵の前で弱点晒すとか、どこまで僕を不利にしたいんだ。


「ふぅん……。確かにクリスタルは魔力の結晶体である以上、生成者の魔力以外の介入ができない。なるほど。君が有名なエクセル君か」


「…………」


 僕は答えずに杖を構え直す。今の攻撃で相手の油断を残らず奪い去ってしまったことは紛れもない事実。お互い魔導士である以上、接近戦の心得はないはずだがそれはこっちだって同じ。むしろ魔法をほとんど使えず、中距離戦がほとんどできない僕が不利になってしまう。


「……ロゼ」


「はい?」


「選んで。僕の援護するか、逃げるか。この状況はちょっと厳しい」


 打開策がないわけではないけど、下水道という狭い空間で使えるかどうかは微妙なところだ。


「……わたくしにその質問は意味がないと思いません?」


 ロゼの顔色はチラリと見ただけでもわかるほど蒼白だったが、目には力強い光が宿っていた。


「だろうね。じゃあ……頼むよ!」


 この際、ロゼが戦いの素人であるとかは横に置いておこう。今は二人で戦わないと危ない。それだけわかっていれば充分だ。


「任せなさい! ……《水弾(ウォーターショット)》!!」


 水場があるからこその魔法だ。《炎弾(ファイアボール)》と同じく汎用性が高く、似たような魔法の撃ち合いになると、術者の技術が問われる。


 ちなみにロゼの魔法発動体は指輪である。宝石はアクアマリン。彼女は水属性と風属性に特化した魔導士なのだ。


 僕の後ろから鉄砲水が飛ぶのを横目に見ながら僕は杖を左手に持ち替え、右手で糸を取り出す。


「エクセ? あなたいったい何を?」


「杖は防御用! こっちの方が……使いやすい!」


 先ほど説明した通り、クリスタルというのは何か核となる物があれば、それを中心に纏わりつくように生成される。


 ならば、糸に括り付けた石を全てクリスタルコーティングさせたらどうなるだろうか?


 答えは簡単。糸を伝わって石もクリスタルになる、だ。


 そしてある程度はクリスタルの形も自分の意志で変えられるため、棘もいくつか作って即席のモーニングスターとする。これが僕の主力武器だ。


「せぇ……のっ!」


 腰を大きくひねり、その勢いで遠心力を味方につけた一撃を放つ。無属性ゆえの透明なクリスタルで作られたモーニングスターはキラキラと魔力の残滓を撒き散らしながら、死霊術師向かって飛んでいく。


「うわっ! っとと……危ないなあ」


 死霊術師はそれを危うい体捌きでかわし、のんびりとした声をかけてくる。


「このぉっ!」


 モーニングスターは一撃一撃が大振りになってしまう代わりに、非力な僕にはとてもではないが望めない破壊力をもたらしてくれる。


 その分、扱いも非常に難しく体重移動を上手く使わなければ連続攻撃もできない。もちろん、僕は扱いに慣れているから連続攻撃もできるが。


「おっと! 軌跡が魔力でわかるからね。大したことはないよ。こっちもお返しだ!」


 二撃目を避けた死霊術師が僕に向かって再び魔法を放ってくる。今回は無属性の《魔力弾(フォースショット)》だ。わかりやすく言えば魔力にいくらかの指向性を与えてぶっ放す魔法。


 これも習得自体は楽だが、それだけあって魔力収束や魔力の練り方などの基礎的な技術が如実に表れる。


「お返しですわっ!」


 ロゼも同じ魔法で応戦を始めるが、どちらかと言えば劣勢だ。やはり経験と年齢の差が大きいだろう。才能があるとはいえ、ロゼは今回が初戦でおまけに十七の小娘。三十代そこそこの死霊術師相手に勝つのは難しい。


 そして僕は二人の使っている魔法すら満足に使えない。収束が強過ぎてクリスタルになってしまうため、飛ばないのだ。


 だけど、僕には僕の武器がある。


「余所見は感心しないねっ!」


 両者の撃ち合う魔法を僕はクリスタルで振り払いながら、死霊術師まで肉薄することに成功する。


「――っ!」


 驚愕に染まる死霊術師の顔にある種の爽快感を覚えながら、僕は左手に持った杖を振り抜こうとして――




「そこまでだ」




 後ろから聞こえた死霊術師の声で止められることになった。


「え――?」


 僕もこれには理解が追いつかず、目の前にいるゾンビと後ろにいる死霊術師を見比べてしまう。


 死霊術師はロゼの首に手を添えており、いつでも彼女の首をひねれる状態にあった。そしてその顔は嫌らしく歪んでおり、先ほどまで僕たちに見せていた顔は仮面でしかないことをうかがわせた。


 ――ゾンビ?


「そうか……!」


 嵌められた。その五文字が頭に浮かび、同時に体が勝手に動いてゾンビを下水に蹴り落として追撃に生成したクリスタルで叩き潰す。


 完全に嵌められた。どんな魔法を使ったのかはわからないが、おそらく死霊術師特有の魔法。それで僕たちの目に映るものをおかしくしていたか、あるいはゾンビに自分と同じ知性を持たせたか。いずれにせよ恐ろしい効果だ。


「ロゼ!」


「大丈夫ですわ! まだ何も……ぁっ!?」


 死霊術師の腕の中に収まってしまったロゼが気丈に叫ぼうとしたが、死霊術師が突き付けている指を帯電させただけで、苦しそうな声を漏らす。


 その姿にマズイ、と思うと同時、内臓を焦がすような怒りが沸き上がる。相手への怒りももちろんあるが、僕自身への怒りが一番大きい。


「ガキが手間かけさせやがって……。お前らなんて所詮俺の実験台なんだから大人しく喚いていればいいんだよ。ま、活きの良い実験台になりそうだから良いがな!」


 僕たちが最初に出会った時よりも言葉遣いが悪い。これを相手の余裕のなさと見るべきか、僕たちが相手の逆鱗に触れてしまったと見るべきか。


「おら、武器捨てろ。そうしないとこの子の体が二度と直視できない醜いものになるぜ!」


「エクセ! わたくしのことは構わずにこいつのことを――あぁっ!」


 ロゼが自分ごと死霊術師を倒せと言いたいようだが、それは却下だ。何が悲しくて僕は友人殺しの罪悪感を背負わなくてはならない。


「黙ってろ! もっと苦しみたいのか!」


 だけど、目の前の相手に手段を選んでいられる余裕がないのも事実。追い込まれてしまったのは僕の失敗だが、挽回はまだできる。


「…………ほら」


 杖を下水道に若干強めに投げる。下水に呑まれて杖が流されるのを見ながら、次にモーニングスターを投げ込む。この際、糸に付着していたクリスタルが飛んで死霊術師の顔に一筋の傷を付けた。


「貴様……っ!! バカにしてるのか! あぁ!?」


 それに怒ったのか、死霊術師が僕に目がけて不気味な赤い光を放つ球体をぶつける。


「が、があああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!?」


 とたん、全身の神経が爆発するような痛みが走る。


 切る、えぐる、殴る、焼く、刺す、剥ぐ、知り得る限りのありとあらゆる苦痛が僕の体のありとあらゆる部分をむしばみ、あっという間に僕の余裕を根こそぎ奪い去っていく。


「エクセ!? エクセ、しっかりしなさい!」


「があああああああぁぁぁぁ――はぁっ!!」


 僕の命を奪うまで続くんじゃないかと思われた苦痛は一瞬の間だけだった。しかし、その一瞬が僕から反撃する気力を全て削り取っていた。


「ククククク……、なかなか良い悲鳴だ。お前、良い実験台の素質があるぞ?」


「そんな……素質……、願い下げ……だね……」


 途切れ途切れになりながらも、何とか減らず口だけは叩く。まだ苦痛の余韻が残っているため、息も荒れてしまう。


「ハハハハハハッ! 良いぞ、実に良い! 俺の開発したありとあらゆる苦痛をぶつける魔法を受けてここまでしゃべれるとは! 決めたぞ! お前はこの魔法の欠点である効果時間の短さを解消するための実験台だ!」


「だから……、お断り……だって言ってる……だろ」


 そんな死ぬより辛い未来を享受するくらいならこの場で舌を噛む。


 それに――すでに勝つための布石は打ってある。


「……ロゼ――」


「エクセ! わたくしのことは放っておいて逃げなさい!」




 ――全力でその場を離れて。




 ロゼの言葉を無視した僕の言葉に、ロゼはすぐに従ってくれた。思いっ切り死霊術師の腕を振りほどき、その場に倒れ込む。


「ガキが何をっ!?」


 死霊術師は腕に魔力の光を纏わせながら、ロゼの体に触れようとして――


「さよなら。死霊術師」




 ――その身をクリスタルに変えていた。




「これ……は……」


 ロゼが呆然としながら人間が核になっているクリスタルを見つめる。ロゼには見せたくない光景を見せてしまったな、と後ろめたい気持ちに駆られながらも僕は苦痛の引き始めた体で立ち上がった。


「……僕の切り札。相手の体そのものを核にクリスタルを形成する。一応、中の死霊術師はまだ生きてるけど、空気がないからすぐに窒息死するね」


「なら助けなければ! 彼は法の裁きを受けるべきですわ! たとえそれが死刑であっても!」


 ロゼの言葉は正しい。この状態なら相手は無力だし、僕がクリスタルコーティングを解除すれば容易に運べるだろう。


 解除できれば、の話だが。


「……無理だよ。ロゼも知ってるでしょ、クリスタルは一度極限まで魔力を凝縮したものであって、そこから再び魔力に還元し直すにはとんでもない手間がかかるって」


「では……!」


「……もうこいつは死ぬしかない運命。これは確かに僕が作ったクリスタルだけど、空気中の魔力が入っている場合、還元するには僕だって五十時間以上かかる」


 ちなみに窒息死ってすごく苦しい死に方らしい。これを言ったらロゼの反発が強くなるのが目に見えているため言わないが。


「……軽蔑した?」


 確かにこの技は必殺と呼ぶにふさわしい効果がある。けど、僕だってこの技を好んで使いたいわけじゃない。クリスタルコーティングの規模が結構大きいから消耗もあるし、殺さなくても良かったかもしれない人を問答無用で殺すのだ。後味だって悪い。


 それに相手が無傷の状態ではいかに僕でも人間をクリスタルコーティングするのは無理だ。わずかでもいいから、傷を付けて血が流れている状態にしないといけない。何か取っ掛かりが必要になるのだ。


「……いえ。あの場であなたが取った行動は最善のものであると信じていますし、元を正せばあの男の人質になるようなヘマをしたわたくしが悪いのです。あなたを軽蔑するのなら、それ以上にわたくし自信を軽蔑しなければなりません」


 まったく……妙な部分で気高い奴だ。初めての戦いで、こんな光景見せられて、平気なわけないのに。




「そうだね。じゃあそろそろ解放しようか」




 だからこそ、種明かしは早めにしておくべきだ。


「………………は?」


 呆気に取られるロゼを尻目に僕はさっさとクリスタルを消し、魔力に戻してしまう。酸欠を起こした死霊術師が倒れ込むが、誰も助けない。


「うん、クリスタルは空気中の魔力に作成者の魔力を混ぜ合わせて作る。これは常識として知ってるよね?」


 常識と言っても、魔法学院生徒としての常識だが。さすがに一般常識でクリスタルはない。


 僕は背中に隠し持っていた縄で死霊術師の腕を後ろ手に縛り上げ、詠唱もできないように猿ぐつわを噛ませながら説明を続ける。


「でも、僕は例外。僕なら自分の魔力放出だけでクリスタルが生成できる。空気中の魔力が入ってない、純粋な僕の魔力だけでできたクリスタルだから、元に戻すのも簡単なんだよ」


 その代わり消耗も非常に激しい。一日五回が限界だ。


「な、な、な……」


「さて、サッサと戻ろうか。こいつの引き渡しもしたいし。……ロゼ?」


 先ほどから固まってしまっているロゼ。僕は少し調子に乗り過ぎたかな? と内心で冷や汗を流しながらその顔を覗き込んだ。


「なんてふざけた魔力持ってるんですのーーーー!! 少しくらいわたくしたちに寄越しなさい!」


 返答は拳だった。どうやらあまりに色々なことがあって思考がついていけなくなったようだ。


「これは僕のだよ! だから渡せない!」


 彼女をからかう良いネタになりそうだと思った僕もそれに乗り、下水道の中を出口に向かって走り始めた。




 こうして、死霊術師によって行われた一連の事件は幕を下ろした。

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