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二部 第十一話

 夢を見た。ただし、いつもの夢ではない。もっと優しい夢だ。


 ……まあ、正直に白状すると詳しくは憶えていないのだが。


 それでも断言できた。あれはきっと、とても優しい夢だった、と。


「……ん」


「あ、起きた?」


 目が覚めても、目の前にニーナの顔があるのは変わらなかった。それがなぜかひどく嬉しく感じる。


「ニー、ナ……?」


 はて、そういえば僕はどうしてニーナの顔を見ながら起きられたのだろうか。僕が横になって寝ているのをニーナが上から見下ろしたとしか考えられない。そして頭の下には到底石とは思えない柔らかい感触が――


「う、うわあああああ!!」


 そこまで考えて反射的に身をひねった。思い出したぞ、僕の行動を。なんて小っ恥ずかしい行動を取っていたんだ僕は。


「きゃっ!? いきなり動かないでよ!」


 ニーナの膝から頭を離し、転がるように逃げて距離を取る。ニーナは僕の行動に批難するような視線を向けていた。


 ……うん、色々とおかしい。いつものニーナなら迷わず拳が飛ぶはずだ。にらむだけで終わりなんて生易しい奴じゃない。


「ご、ごめん……」


 おかげでこっちも調子が狂いっぱなしだ。普段と違うニーナに僕は謝るしかなかった。


「ん? ニーナ、エクセが起きたのか?」


「ええ、兄さん。せっかく人の膝を貸してあげたっていうのに、起きた途端逃げ出されたわ」


 ……おかしいな。どうしてこんな罪悪感に襲われるのだろう。何だか僕が果てしなく悪いことをしたみたいじゃないか。


 いや、したんだけどね。純粋な善意でやってくれたニーナの行動を僕は照れて逃げたわけだし。


「まあ、あの時のエクセは半ば虚脱状態だったからな……。仕方ないだろ。男がいきなりあんな状態で目を覚まして、恥ずかしくない方が異常だ」


 なあ? と兄さんがこちらにニマニマと嫌な笑顔とともに同意を求めてくる。


「う……、うん。否定はしない。さすがに人の目がある場所でやられるのは……。ただ、ありがとう。二人のおかげでだいぶ楽になった」


 膝枕云々のことはさておき、二人の気遣いがあったからこそ、僕がこうしていることができる。そのことには感謝してもし切れない。


「……あんたが倒れるとあたしたちが困るだけよ。何だかんだ言って遺跡とかでの生命線になっているのはあんただからね」


「こっちも気にするな。弟分を助けられないような兄貴になった覚えはない」


 ニーナは自分がついさっきまでやったことを思い出したのか、照れてそっぽを向きながら。兄さんはいつもと変わらず飄々としながら僕の言葉を受け取った。


「ところで、シエラさんは? 姿を見かけないけど……」


 僕の寝ていた場所は魔法陣の部屋の隅に当たる。そこから周囲を見渡しているのだが、シエラさんの姿が一向に見つからない。


「あ、エクセル君起きたんですか?」


「うわっ!?」


 どこにもいないと思った瞬間、真後ろから声をかけられて尋常じゃなく驚く。驚きのあまり、咄嗟に背中に隠してある守り刀に手を添えてしまった。


「あらあら……。良い反応ですね。ヤマトさんに比べたらちょっと感覚が鈍いですけど……」


 シエラさん、あなたは僕の何が知りたいんですか? 戦闘技能で僕が兄さんに勝てるとでも?


「えっと……、僕は大丈夫ですが何かあったんですか?」


「そうですねえ……。強いて言うならこのままでは何もわからないということだけがわかりましたね。これ以上の調査には専門の器具と専門家に任せないと調査は進みません」


 つまり、ここに僕たちがいる理由がなくなったということになる。現にシエラさんは帰る支度を整えていた。


「そうですか……」


 そして僕たちはシエラさんの意向を最大限尊重する必要がある。魔法陣のことや使われていた人骨など、気になる点は多々あるのだが、依頼人の意志とあっては仕方ない。


「戻りましょう。報酬は外に出た時に渡します」


 シエラさんの言葉と同時に僕たちは立ち上がり、戻る支度を始めた。






「やっと地上に出てきた……」


 もう日が暮れており、星と月の神々しい光が僕たちをわずかに照らしていた。


「個人的に遺跡や洞窟から出てきた時には日光のお出迎えの方が嬉しいんだけど、エクセはどう思う?」


 遺跡の外に出たことで、ようやく緊張を緩めた僕の背中にニーナの声がかけられる。どう思う、と言われても……。


「どっちでもいい、って言いたいけど、僕もニーナの意見に賛成かな。確かに日の光を浴びると気持ちいいし」


 特に薄暗い遺跡の中にいたらなおさらだ。僕たちの話を聞いていたらしい兄さんもうんうんうなずいていた。


「皆さん、今日はありがとうございました」


 僕たちが意味のない話で盛り上がっていると、シエラさんが僕たちにお礼とともにズシリと重い袋を手渡す。


「あなた方のおかげで遺跡の奥まで調査でき、私個人としても楽しい時間が過ごせました。こちらが報酬になります」


 袋の中身を確認すると、そこには銀貨が大量に入っていた。


 ……おかしいな。この依頼の報酬はそこまで高くなかった気がするのだが。


「あれ……?」


「ああ、あなた方には私の面倒も見てもらいましたから……、少し上乗せしてあります。あ、ちなみに私はこれでも結構お金持ちですから心配しなくても結構ですよ?」


 僕が疑問の声を上げたことに対し、シエラさんはクスクスと笑いながら説明をする。


「そ、そうなんですか……」


 いや、ありがたいことは確かなんだけど。何だろう。このそこはかとなく釈然としない気持ちは。


「では、私もいったん戻ります。ここからは依頼人とかそういうのは考えないで言わせてもらいますね」




 ――皆さん、私と街までご一緒しませんか?




 しかし、その気持ちもにこやかな笑顔とともにしエラさんが言った言葉で雲散霧消した。


 ……というかこの人は戦闘時に暴走するクセがなければ、基本的にケチを付けられない人格者のようだ。


 おかしいな。欠点が一つしかないって限りなく完璧超人に近いはずなのに、まったくスゴイ人のように思えない。


「喜んで、と言わせてもらい――っと、ここからは敬語は必要ないか。じゃあ、街までよろしくな」


「あたしも嬉しいです。こんな旅をしてると、女の悩みを理解しない男が多くて……」


 ニーナの発言に僕と兄さんは胸を押さえる。いや、可能な限り理解を示そうとはしているんだけど、どうしても性差による価値観の違いというのは出てきてしまう。


「僕からもお願いしたいくらいです。では行きましょう」


 いい機会だからニーナに紅一点の苦しみを吐き出してもらおう。そんな考えのもと、僕はシエラさんの動向を喜んだ。


 歩き出すと、早速ニーナとシエラさん。僕と兄さんで話す人が分かれた。僕と兄さんはニーナたちの後ろを歩きながら、前を歩く二人の楽しそうな姿を眺める。


「……女同士だと会話が弾むんだな」


「……そうだね」


「……やるせないな」


「……うん」


 僕たちに非はないはず。なのにどうしてこんなにも切ないのだろう。


 意味もなく空を見上げる。そこには誰が見ても変わらない月と星があった。


 ……虚しい。


「まあ男は男の話で盛り上がろうや。なあ、エクセ?」


 僕がまだやるせない気持ちになっていると、兄さんがニマニマとした嫌らしい笑みでこちらを見てきた。


「な、なに?」


「いやー? そういえばお前がティアマトでどんな生活を送っていたのか聞いてなかったなー、と思って? どんな騒動に巻き込まれたかは知ってるけど」


 ぐっ、この顔は絶対に僕の交流関係に口を出してくるつもりだ。そして僕のティアマトでの交友関係は男友達よりも女友達の方が多い。何でも欲がないから話しやすいとか。


「んで、お前はティアマトでどんな青春を送ってきたんだ? お兄さんに話してみ? うん、オチは読めてるけど」


 読めてるなら聞かないでほしいと思う僕はおかしいのだろうか。それ以前にどうして僕の学院生活が予想できる。ある意味あれほど波乱万丈な学院生活もそうそうないぞ。


「そうだね……。じゃあ、ロゼ――金髪の女の子に会ったとき辺りから話そうかな」


 僕の学院生活が変わり始めたのもそこからだし、良くも悪くも僕に影響を与えている奴だ。彼女に振り回されながらの学院生活は命懸けながらも楽しいものだった。


「ほぉ……、お前も隅に置けない――わけないか。どうせお前はそんな下心皆無だろうし」


 よくわかるね。さすが兄さん。


「どこで育て方を間違えたのか……。ハッ!? お前、まさか男色の気でもあるんじゃ――」


「それ以上言ったら兄さんでもそれなりの報復行動に出る」


 心外にもほどがある。僕は決して同性愛者じゃない。女の子にだって他の男に比べれば少ないかもしれないが、興味はある。


 ……あるんだよ。ほとんど表面に出ないだけで。


「とにかく、僕がロゼと出会ったのは入学してから半年くらい経ったあとで――」


 などと適当にティアマトで起こったことを話しながら、僕は別のことに考えを巡らせる。


 気になる内容は一つだけ。あの遺跡にあった魔法陣だ。


(魔法が施された様子もなかった……。古代魔法は現代に残ってないのが多いから何とも言えないけど、あるかどうかもわからない魔法について考えるよりもあれはつい最近持ってこられたと考えた方が自然だ……)


 ならばそんなことをやったのは誰なのか? そしてあんな大規模な魔法陣、それも単体ではほとんど意味を成さない代物を起動させて、他のどんな魔法陣を組み合わせるつもりなのか? そもそも目的は何なのか? わからないことだらけだ。


(ハッキリしているのは一つだけ、か……)


 大量虐殺をして、その骨を魔法陣に使うような狂人が世界のどこかに必ず存在する。そして、僕の目的であるこれらの魔法陣の存在理由の探求と、下手人の行動はいずれ交わるはずだ。


 断言できる。僕がそんな奴と対峙した時、僕はそいつをためらわずに殺せるだろう、と。


(ともあれ、やることに変わりはない、と……)


 魔法陣の理由も探りたいことではあるが、その前にアインス帝国や兄さんの弟さんを探すといった目的も多くある。あまり一つのことばかりに頭を悩ませてもいられない。


 ……ただ、どうしてだろう。どうしてこれらの事象が一つの線で結べる気がしてならない。


(……何かが引っかかる)


 まだ見落としている情報、あるいは知らない情報があるのかもしれない。それらを見ないで結論を出すのは早計に過ぎる。


 そう考えて僕は思考を打ち切る。あれこれ思い悩んで答えが出る問いではない。今は無心に前へ進もう。


「――ル。エクセル!」


「え!? あ――」


 あまりに長く考え事に没頭し続けたせいか、兄さんに肩を揺さぶられる。どうやら適当に話していたティアマトのことも途切れていたらしい。


「なに? 兄さん」


「…………………………自分ひとりじゃ抱え切れないと思ったら、すぐに言えよ」


 僕の顔を見た兄さんは苦渋の表情を張り付けていたが、何とかそれだけ言ってまた歩き出した。


 言うべきなのか……? 言えるわけがない。




 ――兄さんの弟が世界を滅ぼそうとしているなんて。




 推論でも何でもないもはや妄想の域に近い内容だが、不思議とそう考えると辻褄が合う。そもそも、あの魔法陣の起動自体が世界の滅亡とイコール関係になっている。


 魔法陣。媒体に使われた人骨。兄さんの弟さんが行った僕たちの村を地図から消す行為。そして魔法陣の効果は世界そのものを対象とした魔力吸収。


 ………………頭が痛い。考えるのはやめよう。


 僕は無理やり思考を停止させて、兄さんに追いつくべく体を動かした。






 翌日、僕たちがベスティアを出ようとした時、シエラさんが見送りをしてくれることになった。


「ありがとうございます。見送りまでしていただいて……」


「気にしないでください。友人の見送りは当然のことです」


 そう言ってシエラさんは楚々とした笑みを見せる。


 ……どうして普段はここまで完璧なのに、戦闘になると性格が変わるんだ……! これさえなければ引く手あまたに違いないのに……!


 色々と切ない気持ちになってしまい、僕は空を見上げる。


「ん? エクセ、まさかシエラさんを別れるのが悲しいわけ?」


 僕の様子を勘違いしたのか、ニーナがそこはかとなく苛立っている様子を伺わせる笑顔でそんなことを言ってくる。


「そりゃ……もちろんあるけど、僕が悲しんでいたのはもっと別のことだよ」


 目の前の人の将来とかその他もろもろとか。


「あらあら……、それは少し残念かもしれません。――エクセル君」


 シエラさんは僕の答えに苦笑しながら、僕の耳元に近づいてささやいてきた。




 ――あの魔法陣に使われた媒体は紛れもなく、最近のものです。




「え……」


「――間違いありません。外部から魔力の保護を受けた形跡もありませんし、損傷具合も最近のものです。おそらくここ十年近くのものでしょう」


 シエラさんの持ってきた事実は僕を愕然とさせるに足るものだった。


 あれだけの人が十年以内に殺された……。そして早いうちに真相を見つけ、犯人を探し出さないともっと大勢の人が死んでいく。


 まあ、これだけならあまり見逃せないとしてもわざわざ首を突っ込むほどではない。僕の認識できない場所で人が死んでも、それは知らないこととして処理されて終わりだ。


 ……だが、その犠牲が世界規模で行われる魔法行使のために死んだのだとされると、看過することはできない。


「では、頑張って旅を続けてください! あなた方に幸運がありますよう……」


 ごちゃごちゃと考え事をしているうちにシエラさんは挨拶を終え、僕たちを送り出すように手を振る。


「……んじゃ、行くか! 目指すはアインス帝国だ!」


「ええ、行きましょ! ……エクセ? どうかしたの?」


「あ、いや、何でもないよ」


 二人が歩き出していたため、僕も慌てて後を追う。




 ……頭の中に消えない悩みを残して、僕たちはベスティアを旅立った。

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