二部 第八話
「待ってくださいシエラさん! 待って!」
トラップとかの存在をまったく考えない速度で走るシエラさんを追いかけるには、僕自身もトラップの存在を頭から排除するしかなかった。正直、寿命が縮んだ。
「待って! 待てっつってんだろ!!」
かなり全力で魔法まで使って追いかけているのに、全然追いつけないことに苛立ちを感じて言葉遣いが荒くなってしまう。だが、直そうと思えないくらい苛立っていたのも事実だった。
そんな時、横からカラカラと高めの音が聞こえた。例えるなら骨と骨がこすれ合うような音が。
「この……ッ! 邪魔だ!」
音を発している物体の確認もせず、僕は帯電状態になってクリスタルの剣を横薙ぎに振るう。
しかし、さすがに確認もせずに倒そうとするのは甘かったらしく、僕の斬撃は先程兄さんの話していたムカデ型スケルトンの顔を斬り裂くだけだった。
「チッ!」
顔の部分が吹き飛んだ程度、スケルトンにとっては何の障害にもならない。ぶっちゃけると眼球が腐り落ちているのだから頭蓋骨の必要性がないのだ。
僕に向かって殺到してくる剣や斧などの武器を後ろに下がることでかわし、武器が振り抜かれた瞬間を狙って大きく跳躍する。
――横の壁に向かって。
膝を大きく曲げ、十分に力を溜めてからもう一度跳躍する。今度はムカデ型スケルトンの真上に来るように調整し、剣を振り下ろす。
この手の生物の弱点は真上だ。というか骨格上の関係から自分の上は絶対に守れないように作られているのが丸分かりだ。
……どうしてこんな構造上の欠陥を持った作りにしたんだろう。古代の人間は本当に何を考えていたんだ。
「ってそんなことを考えている場合じゃない……!」
シエラさんの走った方向から戦闘音はしないのを護衛対象が襲われていないという幸運と捉えるべきか、はたまた僕ばかりが足止めを受ける中で足止めを受けないあの人を止めなければならないことを不幸と捉えるべきか判断に悩むところだ。
体にかけている強化魔法の威力をさらに高め、僕は地面を踏み砕く勢いでもう一度走り出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。キッツ……」
五分ほど走り続け、それでもなおシエラさんに追いつけない事実に自己嫌悪しながら、僕は体力の問題からやむを得ず休憩をしていた。
「くそっ……」
道中でミノタウロスに傷つけられた額の傷から流れる血をぬぐいながら、僕は脳に酸素を送り込んでいく。
ここまで来るのにシエラさんは一度も襲われず、僕ばかりが狙われた。ひょっとしたらこのへんのモンスターは僕の持つ魔力に反応しているのかもしれない。
まあ、それはぶっちゃけどうでもいい。とりあえず僕ばかりが襲われるという事実さえわかっていれば十分だ。
それよりも重要なのはシエラさんの向かう先である。彼女はモンスターのいる方向に走っているはずで、なのになぜか僕が戦った相手には見向きもしなかった。
これは彼女が僕の戦ってきたモンスターよりも遥かに強いモンスターの存在を察知しているからだと予測ができる。
もしこの予想が当たっていたらマズイどころの話ではない。しかし、今さら戻って事情を説明している時間はない。
「チクショウ……!」
僕はついさっきの自分の浅慮を嘆きながら、痛む膝と体に喝を入れて再び走り出した。
「ぜっ、ぜっ、ぜっ……!!」
もうダメ。あれからまた襲われ続けたし、しかもシエラさんの姿は見失う直前だし、ここらで止まってくれないとこっちの体力が持たない。
時間をかけること承知でいったん戻るべきか……?
「あら、これは……? うふふ、私が求めていた相手みたいですね」
疲労も溜まっていたため思考が後ろ向きになり始めた直後、シエラさんの声がほんの少し先の方から聞こえた。
「な……っ!!」
こっちが疲れ切っている時になんて間の悪い、と思う気持ちと僕がかなりシエラさんに近づいていたことを喜ぶ気持ちが半々に湧き上がる。
「この……!」
シエラさんを傷つけてはいけない。それだけは絶対だ。ならば僕はもう一度走るしかない。
酸欠で朦朧とする頭でひたすらに走ることだけを念じ、痛む足をひたすらに動かす。
転がり込むように広間へ入ると、そこには現代の技術では再現不可能なほど巨大な鋼巨人がいた。
「シエラさん……! 下がってください! そいつは僕が倒します!」
チクショウ、肺が痛いし頭もボーっとする。酸欠に極度の疲労が僕の体を蝕んでいるのがわかる。
「あはははは! そんな満身創痍の体で何言ってるんですか? こいつは私の獲物です!!」
「聞けよ……依頼人……」
どうしてこの人が依頼なんて持ってきたのだろうか本気で疑問だ。というかよくこんな性格で今まで遺跡調査なんてできたな。
「くそったれ……!」
僕らしくない暴言を吐きながら、もう一度体に《身体強化》を施す。
途端、明瞭になる視界と思考のおかげで心に気力が戻る。一時しのぎに過ぎないといってもありがたいのは事実だ。
「っしゃあ! やってやる! こっちだって引き受けた意地があるんだ!」
やるべきことはシエラさんを傷つけさせず(戦線から引かせることは諦めた。絶対無理)にあの鋼巨人を倒すこと。
…………おそらく、兄さんでも一人だったら無傷でこなすことは不可能なはずだ。なのに、今ここには兄さんよりも地力で劣る僕しかいない。
――だからどうした。
咄嗟の判断で大きなミスをしたものの、お互いに命を落としてもいないし、五体満足だ。ならば挽回のしようはいくらでもある。
「シエラさん! 援護しますからしばらく攻撃をお願いします! 《身体強化》!!」
シエラさんの武器は拳だ。しかし今回の相手は相性が悪過ぎる。鋼を殴って拳が無事で済むわけがない。
気絶させてでもこの場から離れさせるのが一番なのだが、ぶっちゃけ僕には不可能。なので、もう開き直って援護に回ってしまおう。
「ありがとうございますね! あなたのおかげで痛い思いをすることなくあいつを殴れそうです! あはははははは!!」
いや、強化したとはいえ、生身の拳であることに変わりはないから痛い思いはすると思うけど……、突っ込んだって聞きゃしないだろう。
「さて、僕は……」
まず戦況の把握。場所は遺跡の奥深くにある大広間。少なくとも五メルはある鋼巨人が暴れ回っても大丈夫な程度の広さだ。障害物も遮蔽物も特になし。トラップらしき存在も見当たらない。
シエラさんは口では威勢の良いことを言っているが、実際は鋼巨人の猛攻を前に攻めあぐねているのが現状だ。何も考えずイノシシのように突進するわけじゃなくて本当によかったと心から安心した。
おそらくシエラさんの攻撃では体勢を崩すのがせいぜいだろう。それはあの人も理解しているはずだ。していてほしい。
(ということは……! 決め手は僕になるのか……)
シエラさんの戦い方も危なげがないから放っておいて兄さんを呼びに戻る手もあるのだが、万が一を考えるとやりたくない方法だ。
かといって僕の攻撃力では遺跡に損傷を与えず奴を倒すことは難しい……。
……いや、難しいだけ、か。
やってみよう。最悪の場合でも相討ちにはさせてみせる。
「シエラさん! 奴の膝関節を裏側から狙ってください! 僕がコアを破壊します!」
「エクセル君……? あははははっ!! いい顔するじゃないですか! 今のあなた、私の好みですよ?」
すみません、願い下げです。あなたのような人、胃があっという間にぶっ壊れそうだ。
ともあれ、シエラさんは僕の指示に従ってくれるようだ。これは素直に喜んでおこう。
僕はいったん下がって鋼巨人の姿を凝視して魔法生物である以上、必ず存在するコアを探す作業に入る。
(どう考えても弱点を表面上に出すわけがない! でも鋼の体だ! コアなんてものを下手な部分に入れたら動きに淀みが出る! ならば考えられるのは――)
胴体、それもおそらく正中線に沿った部分かあるいは頭部ぐらいしかない。第一、これだけ大きなゴーレムを動かしているのだ。コアも術式を刻む関係上、それなりのサイズにならなければいけない。
攻撃する箇所が決まったので、僕は左手に魔力を集めて術式を刻む作業に入る。同時に右手でクリスタルの剣を腰だめに構える。
(兄さんから教わった弐刀と魔法……、組み合わせれば!)
弐刀は当然まだ未習得。理論も理屈もわかってはいるのだが、どうしてもコツが掴めない。
しかし、魔法を組み合わせることができるのなら十二分な威力を発揮できるはずだ。おそらくそれがこの遺跡にダメージを与えないという条件下では、最も高い攻撃力を誇るだろう。
全身に雷を纏って帯電状態になると同時に強化魔法の密度も引き上げる。あまり引き上げ過ぎると反動がひどくなるのが欠点だが、そこで味わう痛みも命あっての物種だ。
「シエラさん! 一度でいいから奴に膝をつかせてください! 一撃で決めます!」
「あはははははははは! さっき言ったことを撤回しましょう! あなた、とっても好みですよ! これが終わったら食べちゃいたいくらいに!」
おかしいな。いつの間に僕の貞操まで危険に陥っていたのだろう。
「とにかくお願いします!」
先ほどから背筋に怖気が走るのをわざと気付かないようにしながら、僕は集中を高め始めた。
(弐刀は間接攻撃……。未だに成功は一度もないけど、ここで成功させなければ……!)
壱刀の抜刀術・牙では攻撃力に欠ける。言いたくはないが、あれはただの速くて下段から放つ抜刀術に過ぎない。
それに今は不思議と気持ちが高揚しながらも落ち着きを持っていた。兄さんの言うところの戦闘において理想的な精神状態になっているのだろう。今なら何をやっても成功する気がする。
「はあああああああああぁぁぁぁっっ!!」
僕の集中が高まり切ったところを狙ったかのように、シエラさんの裂帛の気合が僕の耳朶を打つ。
そしてシエラさんの的確かつ全身全霊を込めたであろう一撃は、見事に鋼巨人の膝に衝撃を与えることに成功した。
体重を支え切れずに鋼巨人は膝をつき、その瞬間を狙って僕は右手の剣を振り抜く。
――弐刀・断空。
超高速で振り抜いた刃が真空波を作り出し、一文字に飛ばす技だ。剣技の分類に入れていいのか疑問だが、兄さんはそう言っていたので納得してほしい。
帯電状態、さらに強化魔法を散々かけたおかげで僕の斬撃は見事に真空波を作り出し、鋼巨人に向かって飛んでいく。
だが、これだけでは決定打にならない。威力も勢いも兄さんの半分にも満たないのだ。全身が鋼でできている奴相手には厳し過ぎる。
ならば、他の部分で補ってやればいい。
僕は剣を振り抜いた勢いをそのままに体を回転させ、同時に左手に集めていた魔力を電気に変換させる。
真空波というのは魔法の分類で考えれば風属性に入る。ならば、風属性の亜属性である雷属性を重ねたらどうなるか?
そう考えて編み出したのがこれだ。
――雷剣・迅。
雷を纏い、縦に放った断空が最初に放った横の断空と重なり合い、十の字を描く。
弐刀雷剣・風雷交叉。
兄さんから習った月断流の剣技と僕なりの魔法剣を加えた技だ。これならかなりの威力になる……はず。
十の字を描いた風と雷の衝撃波がお互いの威力を高め合いながら、鋼巨人の首の部分に命中した瞬間――
――衝撃波が爆発を起こし、僕たちの視界は光に覆われた。