二部 第七話
「本当にすみません……。私、敵の気配を感じると興奮しちゃって……」
いや、どんな体質だよ。
僕たちはシエラさんの困った性質に頭痛を覚えながら、つい先ほどのことを回想する。
あの後、いくつかのトラップを乗り越えてようやく兄さんのところにたどり着いた時、そこは惨状だった。
亡霊のエクトプラズマがそこかしこに点在し、バラバラに吹き飛んだスケルトンの残骸が転がり、極めつけは魔法式を刻まれた形跡のある石の塊が散らばっているのだ。
最初は兄さんがやったものだと思った。思いたかった。しかし現実は残酷だった。
シエラさんが一人で暴れて、この惨状が作られたのだ。ちなみに兄さんは必死に止めたらしい。
その後、僕たちも入って三人がかりでようやく落ち着かせることに成功した。正直、遺跡に被害らしい被害がほとんどないのが奇跡に近い。
「申し訳ございません……」
一言二言どころか百言二百言ぐらいは言ってやりたいことがあったのだが、ここまで落ち込んでいる姿を見ると何だか責めるのに罪悪感を感じてしまう。
「はぁ……、今回はオレたちのミスでもあります。あなたのそれを少し舐めていた。今度からはもう敵の気配すら感じさせないほど殲滅をしておきます」
兄さんの対処が正解だろう。どんな形であれ、僕たちは依頼を受けてここにいるのだ。依頼人の意向に可能な限り従うのは当然のこと。
「悪いがエクセとニーナは先行してくれ。オレはシエラさんの護衛につく。シエラさんの話を聞くところによれば、この先が未開拓の場所らしい。十分に注意して進めよ」
おお、珍しい。兄さんが僕たちに先の見えない場所の探索を任せるとは。僕たちがちゃんと戦力として機能すると信用されているのか、はたまたシエラさんの相手だけで僕たちの面倒をみる余裕がないだけなのか判断に苦しむが。
「任せておいて。ニーナ、行こう」
ともあれ、任された仕事は完遂するまでだ。慎重かつ大胆に進もう。
そこは今まで通ってきた場所とはまったく趣の違う場所だった。
今まで通った遺跡は石造りでところどころに何かを祀るような石像が建てられており、いかにも古代の宗教人が作ったような感じがしたのだが……、ここは全然違う。
石造りであることに変わりはないのだが、部分部分に宝石や金銀などを使われており、非常に手間暇と財産をかけて作られたことを予想させた。
「何ここ……。どうして踏み入れる瞬間まであたしがこれほどの気配を察知できなかったの……?」
そして未開拓部分に踏み入れた瞬間、僕たちに突き刺さる敵の殺意。さっきまで何も感じなかったというのに、ここに来てからはすさまじく大きな気配をいくつか感じる。
「……わからないけど、何か仕掛けられてるはず。でなければこんな大きな気配を兄さんたちが気付けないのがおかしい」
スケルトンや亡霊なんて雑魚モンスターの比ではない。どう考えてももっと強力なモンスターの巣窟だ。
「ただ、逆に考えればここは古代の人にとってはあまり知られたくない場所なんだと思う。こんな場所を一般開放したらあっという間に盗まれるのがオチだよ」
「……なるほど、確かに。ということは……」
「ここは相当な価値のある場所かもしれない、ってことさ。ゆえに放ってあるモンスターもスケルトンなどの雑魚にはならない」
おそらくもっと強力な魔法生物を放ってあるだろう。石人形は前の場所にいたし……、それより強力な奴となると……。
「半獣人ぐらいは覚悟した方がいいかも……」
文字通り人と獣を魔法で無理やり合体させた魔法生物で、古代の負の遺産とも言われるモンスターだ。当然、倫理的に問題があり過ぎるため、今は禁止されている。
……ただ、禁止されているということは今でもその技術は残っているというわけで……。法律なんて知ったこっちゃない死霊術師などは平気で使う。
「半獣人……? なにそれ?」
おっと、ニーナは知らなかったのか。確かに半獣人はなかなか出会おうと思って出会えるモンスターではないから、知らないのも無理はない。
「細かい説明は省くけど、簡単に言ってしまえば魔法で人間と動物が無理やり一つにさせられた生物、かな。戦闘能力はかけ合わせた動物にもよるけどかなり強くなるらしいよ」
「らしいって……、あんたも見たことはないわけ?」
あるわけないだろう。いくら僕がティアマトで波乱万丈の学院生活を送っていたとはいえ、モンスター全部に出くわしたわけではない。
「それより、ここから先をどうするかが問題だよ。ハッキリ言って僕たちじゃ手に余る。兄さんと三人で戦わないとキツイ」
僕一人で何とかなるとは思うが、遺跡に与える損傷を考えると兄さんの方が適任だ。僕の攻撃は威力が高い分、手加減もしにくい。
「それはそうよね……。こんな嫌な気配ばっかりの場所をあんたと二人だけで切り抜けるなんて絶対に無理。兄さんも一緒に連れてきた方がいいわ」
しかしそうなると必然的にシエラさんを置いていくことになる。シエラさんを護衛する仕事を受けている以上、それはあまりやっていいことではない。
……正直、あの人に護衛必要ないんじゃない? と思う気持ちもゼロではないが。
「……僕がシエラさんの護衛につくよ。二人で先を進んでほしい」
僕でシエラさんを止められるかどうかは怪しいが、それでもこれが一番適切だろう。兄さんの攻撃力は僕より遥かに高いし、何よりこういった周囲への被害を気にして戦わなければならない状況は僕に向かない。
「それが妥当ね……。よし、エクセは戻って兄さんに説明よろしく。あたしはもう少しこの辺にトラップがないかどうか調べておくわ」
「わかった。絶対に見つからないようにね」
「あんたよりあたしの方があたしのことを理解してるわよ。だから大丈夫」
ごもっともな言葉と強い笑みをいただき、僕はニーナを置いて兄さんの元へ戻った。
「エクセ? 早いじゃないか。ニーナはどうしたんだ?」
兄さんは予想より早過ぎる僕の帰還に怪訝そうな視線を向けるが、気にせず兄さんの手を取る。
「まあ、ちょっと何も言わずにこっちに来て。驚くから」
「ん? さっきから一体何――!?」
兄さんもそこへ足を踏み入れた瞬間、驚愕に目を見開く。そして次の瞬間には刀の柄に手を添えていた。
「これは……ずいぶん特殊な仕掛けらしいな」
「うん。十中八九魔法によって行われている。ただ、一切気配を漏らさず遮断させる魔法なんて現代に残っていれば僕が真っ先に覚えている……。だから失われた魔法だと思う」
古代魔法は現代に伝わるものも多いが、今となっては存在しないものも多い。これは後者に入るだろう。
「なるほど。そんな魔法があったのか……。この気配のヤバさはお前らには荷が重すぎるな。ニーナは先に行ってるのか?」
「ううん。その辺を調べて安全確保。兄さんは合流して。僕はシエラさんの護衛につく」
兄さんは僕の言葉にうなずき、慎重な足取りで先に進み始めた。あのペースで行けば三分もしないうちに合流できるだろう。
「さて……」
僕に兄さんの役目を肩代わりできるとは思ってないが、全力でやらせてもらおう。
「シエラさん。これからは僕があなたの護衛につきます。不安かもしれませんが、必ずあなたを守ります」
「えっと……、申し上げにくいのですが、あなたは私より強いのでしょうか?」
ぶっちゃけ怪しいところだ。開けた場所で周囲の被害を考えないで戦えるのなら僕は兄さんにもやすやすとは負けないだろうが、こういった狭い空間ではあまり力を発揮できない。
「あ、あはははは……。大丈夫です。これでも全力を出せばあなたよりは確実に強いです。伊達にあの人の教えは受けちゃいません」
「そうですか……。いえ、すみません。私から頼んでおいたのに、先ほどからお邪魔をしているのは私ですよね。本当にごめんなさい……」
謝られても困るのだが。僕たちはシエラさんの望みを最大限叶えることが現在受けている仕事であり、たとえシエラさんがそれを妨害しようとも成し遂げる義務がある。
「安心してください。兄さんは世界最強の剣士ですから」
僕の知る限りでは。ただ、どうも兄さんの話を聞く限り、上には上がいるらしい。
パッと思いつくのは兄さんの剣の師匠だ。兄さんは月断流の剣術を拾ある位階のうち仇までしか扱えないらしい。
では、拾扱えるはずの兄さんの師匠は少なくとも兄さん以上の使い手ということになる。
それに僕たちが追いかけている兄さんの弟も、兄さん以上の剣士である可能性はゼロではない。
だが、それでも僕は信じている。兄さんは世界最強の剣士であると。
「そうですか……。あなたはあの人を信じているんですね」
「ええ、それはもう。……っと、戻ってきたみたいです」
シエラさんと適当に談笑していると、兄さんとニーナが戻ってくる足音がした。他の足音だったら敵確定だ。
「ただいまー……っと。ったく、今までとは罠の質、モンスターのレベル、ともに違い過ぎるぞ……」
兄さんは疲れ切った顔でその場に腰を下ろす。怪我らしい怪我はしていないみたいだ。
「エクセ、魔法でしか解除できない罠があったから後で見てくれない? そこで足止めを受けてこれ以上進めないのよ」
ニーナも薄暗い空間で罠を発見するという作業を行ない続けて目を酷使したせいか、鼻の付け根辺りを何度も揉みほぐしている。おまけに膝をついて調べたのか、服の膝の部分がボロボロだ。
「では、あなた方はここで休んでいてください。私はエクセル君と一緒にその罠の解除と調査を行ってきます」
久しぶりに呼ばれた僕の本名。ちょっと嬉しい。
「兄さん、敵は倒したんだよね?」
「その点に関しては問題ない。壁が崩れてモンスターが出てくるトラップもわざわざ踏んで倒してきた。出てきたのが人骨で作られたムカデだった時は度肝を抜かれたがな……。あれで全部の手足に武器があるんだから反則だろ」
それに無傷で勝ってきた兄さんは一体何なんだろう。というかそんなモンスター、図鑑で見たことがないぞ。明らかに新種の魔法モンスターのたぐいだ。
「……それじゃ、大丈夫みたいだね。シエラさん、行きましょう」
「ええ、私のことを守って――止めてくださいね」
「か、可能な限り善処いたします……」
「あ、ちょっと待ってください。ここがニーナの言っていた場所らしいです」
ニーナが書いてくれた地図と照らし合わせ、罠の位置を確認する。なるほど、確かに微弱ではあるが確実に魔力がある。
(流れを把握して……、術式を可能な限り読み取る……。……ってなんだこれ!?)
《解析》は使えないため完全な把握はできないが、ある程度の読み取りだったら知識さえあればできる。そして出てきた結論はとんでもないものだった。
(足を踏み入れた瞬間、問答無用で石になるトラップ……。こんな代物、現代に残っているわけがない! マズイな……)
現代に知識がないということは対処法もないということである。マジックトラップを解除する定石は術式でトラップ発動の部分を的確に見抜き、そこに魔力を流し込んで破壊することなのだが……、僕にそんな器用な芸当はできない。
「? どうかしましたか?」
「あ、いえ……、あ!!」
「うひゃあ!」
シエラさんにトラップの解除ができないことを素直に言おうと思ったところで僕の頭に電流が走った。そのために大声を出してシエラさんを驚かせてしまったが、そこは許してもらおう。
そうだ。確かに被害なしでトラップを解除するにはさっき言った方法が必須だが、多少の被害に目をつぶればいいのなら、僕でも解除は可能だ。
「ちょっと下がっててください。今からトラップを解除します」
「え? あ? はい?」
状況の把握ができずに困惑しているシエラさんを強制的にトラップの発動範囲から立ち退かせ、僕も距離を取って魔力を注ぎ込む。もうトラップとしての機能を一切合切果たさなくなるくらいに。
その瞬間、大きな魔力が辺りを包み込む感覚が全身に走る。これでも余波なのだ。まともに受けていたら僕でも石化は免れないはずだ。
……古代の人って何考えてこんな極悪な魔法考えたんだろう。
「シエラさん、大丈夫ですか? ってあれ……?」
何だか前髪で顔が隠れている。おかしいな、そんな髪型じゃなかったはずなんだけど。
「うふふふふ……。いっぱい、いっぱいいるわぁ……。私の獲物が……いっぱいいるわあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちょ、マズイ!?」
魔力を放出した後のわずかな油断をつかれたため、咄嗟の対応ができずにシエラさんが駆け出すのを止められなかった。
この時、僕の頭の中には二つの選択肢があったはずだ。
一つはすぐさま戻って兄さんたちの救援を呼ぶこと。もう一つはこのままシエラさんを追いかけ、僕一人で遺跡を進むこと。
どう考えても前者の方がいい選択肢だ。普段の僕だったら迷わずそちらを選んでいただろう。
選んでいた『だろう』。
「あの人は……! ほんっと、あの人を止めた兄さんを尊敬するよ!」
僕は思考を動かす暇もなく、体を動かしていたのだ。シエラさんを止めるために。