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二部 第六話

「ほへぇー……、遠目に見ても結構大きい遺跡だなあ……」


 ベスティアに来て二日目。僕たちはシエラさんと一緒にベスティア近くにある遺跡調査に来ていた。


 昨日はお互いの状況を説明し、僕とニーナが彼女を連れて遺跡探索に行くことを納得するまでに時間がかかってしまったため、昨日のうちに出発はできなかったのだ。


「はい、この場所自体はずいぶん昔から見つかっていたのですが、最近になって新しい道が発見されたんですよ。そこの調査をしようかと」


 穏やかな笑みを浮かべながらシエラさんが説明をしてくれる。本当に昨日の女性とは似ても似つかない。


 ……この人が昨日の人と同一人物だなんて、兄さんが狂言を言っているとしか思えなくなってきた自分がいる。


「広いと言っても一日かければ大丈夫だろ……。松明も豊富に用意してあるし、盗賊相手でも十分戦えるだろう。だが……」


 兄さんがチラリと一瞬だけシエラさんに視線を向ける。兄さんはどうやら彼女が本当に戦いになると性格が豹変すると思っているらしい。


 ……まあ、僕も兄さんが信じているのなら信じてみるか。


「ここで話していても仕方ないでしょ。ニーナ、この辺りに敵はいる?」


「……いいえ。シエラさんの言葉から鑑みるにここはつい最近調査の手があったばかり。付近のモンスターは全部駆除されているはずよ」


 なるほど、とニーナの説明にうなずき、僕たちは慣れた陣形を取る。


 兄さんが一番前。僕が真ん中。ニーナが一番後ろだ。兄さんが切り崩し、僕がトドメを刺し、ニーナは援護に徹する。二年前までは当たり前に取っていた陣形である。


「まあ、ニーナの索敵は確かだろうからあまり警戒する必要もないんだが……」


「あたしにも絶対はないわ。だからエクセの行動が正解。特に古代の遺跡なんて入り組んでいるから、気配を読み違える確率も高いわ」


 それでも僕と兄さんはいないと思っているけどね。事実、僕も念のため程度にしか思ってないし。


「……見えてきましたよ。あちらが今回探索する遺跡です」


 僕たちのさらに後ろにいたシエラさんがある方向を指差し、その方向には遠目で先ほどまで見ていた遺跡があった。


 苔が生い茂り、やたらと古めかしく神秘的な雰囲気を撒き散らすそれは荒し尽くされた形跡があった。


「……どこの遺跡も入口付近はこのようなものです。一応、どこの法律でも最初は私たちのような人たちが調査に入るのですが……、やはりその後の扱いはずさんで……」


 そう言うシエラさんの横顔には疲れがにじみ出ている。やはり盗賊やら僕たちのようなトレジャーハンター気取りの人間相手が大変なのだろう。僕たちも路銀に困った時には遺跡に入ったりしている。


「皆さんは旅人である以上、やはりこういったある種の宝の山とは無縁ではいられないでしょう? これを機に遺跡に負担をかけない探し方を覚えてくださいね」


「わかりました。ニーナ、入り口の罠は?」


「とっくに解除済み。あたしたちの役目はシエラさんの言っていた隠し部屋からだと思うわ。気配もほとんど小動物程度」


 ニーナは早くも警戒を解いているのだが、僕と兄さんはどうにも警戒が解けなかった。


「……エクセも何か感じてるのか?」


「……なんていうか、胸騒ぎがして」


「お前、本当にティアマトで何やってきたんだ? その手の勘は死線を何度もくぐらないと身につかないぞ?」


 実際何度も死線をくぐりました。ただ、ニーナがこう言った勘を持っていないのは意外だった。


「あいつはオレみたいに前線には出ないからな。そういう勝負勘は発達しないんだ。その点で言えばお前も魔導士のはずだから勝負勘なんて発達するはずないんだけどな……」


「あ、あはははは……」


 乾いた笑いを出してごまかすしかない。あそこで味わった戦いは基本的に兄さんと一緒にいてはまず巻き込まれないほど敵が強かった。しかも魔導研究都市であるため、僕が前に出ることが多かった。


「ニーナ、シエラさん、念のためオレが先行して少し敵がいないか調べてきます。エクセはここに残って二人の護衛を頼む」


「了解」


 シエラさんが僕の護衛を必要とするほど弱いのか疑問はあるが、それでも素直にうなずいておく。この人が暴走されたら遺跡ぐらい簡単に壊れる気がしてならない。


「何よ、あたしの勘が信用できないってわけ? 心外だわ」


「違うよ。信用してなかったら警戒の度合いが全然違う。物事に絶対がないって言ったのはニーナだよ」


 ニーナのことはもちろん信用している。だからこそ兄さんも気楽な気持ちで遺跡に入って行った。僕だって何かあるとは思っていない。


「うっ……」


 僕の言ったことが正論だと思ったようで、ニーナは言葉に詰まる。反論しようと何度か口をパクパクさせたが、結局上手い言葉が思いつかずにニーナはそっぽを向いてしまった。


「くすっ……、仲がよろしいんですね。三人とも」


「そう、ですね。どんな関係かと言われれば答えに困りますが……」


 シエラさんの言葉に僕はちょっと答えにくいものを感じながらも答える。


 実際、僕とニーナが兄さんと呼んでいる人との関係はかなりあやふやだ。兄貴分と言えば簡単かもしれないが、実際は父親のようにも思っている。


「きっとあの人は僕たちにとって、父であり兄なんですよ。そして恩人でもある」


「兄さんがいるからこそ、今のあたしたちがあるんだからね」


 などと話していると、兄さんが戻ってきた。


「あれ? 汚れてない?」


 その姿は妙に薄汚れており、内部で何かあったことを予測させた。


「ああ……、どうにもトラップがまだ残っててな。場所も中身も覚えたから何とかなるが、ちょっと気をつけた方がいい。あと、中に入るとわかる気配がチラホラと点在した。気配の薄さからして亡霊かスケルトンだろうな」


 亡霊までいるのか……。もしかしたらこの遺跡では昔、結構大きな争いでもあったのかもしれない。


「亡霊かあ……。確か兄さんの波切(なぎり)は斬魔コーティングされていたよね」


 実体のないモンスターは斬魔コーティングを施された武器を使うか、武器に《付与魔法(エンチャント)》をかけるか、はたまた魔力を微弱ながら常に放出する体――すなわち素手で戦わないと攻撃が透過してしまう。


「ああ。旅を始めた最初の頃にな。いや、あの頃のオレは何も知らなかった。霊体モンスターに対して、斬魔コーティングの有無があそこまで戦況に左右するとは……」


 何やら遠い目をし始めて回想にふける兄さんはさて置いて、僕たちはとりあえずシエラさんを危ない目に遭わせないために軽く方針を決めておく。


「んじゃ、ニーナには短剣の投擲で攻撃お願い。僕がシエラさんを守るから、兄さんはいつも通り先陣を切って」


 この役割分担が妥当だろう。特に僕はクリスタルが作れるから防御力高いし。


「では、よろしくお願いします」


 いえいえこちらこそ、と言って僕たちはシエラさんに頭を下げて遺跡の中に足を踏み入れる。




 その瞬間、シエラさんはダッシュを始めた。




『……え?』


 思わず三人で信じられないものを見たような顔をしてしまう。


「あはははははははは!! ほら、皆さん! あそこにいますよ! 敵が! 敵があああああァァァ!!」


 シエラさんの狂ったような笑い声が反響し、次々と亡霊の悲鳴と何やら軽いものが粉々になる音が響いてきた。どうやら素手で暴れまくっているらしい。


 ……あの人、剣じゃなくても戦えたんだな。


「ちょっ、遺跡壊されたらヤバイぞ!」


 そこで正気に戻った兄さんが真っ先に突っ込み、僕たちはワンテンポ遅れて事態の深刻さに気付く。


「暴れられたらマズイよね!?」


 遺跡が壊されたら仕事をこなすどころではなくなってしまう。というか依頼者本人が仕事の邪魔をしようとしているとはこれいかに。


「オレが先に行って止めてくる! お前らは罠を警戒しながら追いついて来い!」


「わかった!」


 兄さんの指示に従って僕とニーナは薄暗い遺跡の中を走り出す。


「エクセ! あんたの歩幅で二歩先のタイルにトラップ! あと右側からスケルトンが二体!」


 ニーナが驚異的な観察力と五感で敵の気配とトラップの位置を見抜く。こういった彼女の索敵には僕も絶対の信頼を置いている。


「了解!」


 ニーナが指定したタイルを踏まないように気をつけながら、右の方に杖の先端にクリスタルを纏わせた槍を構える。


(斧と剣の二体! 大した敵じゃない!)


 どうせこちらの行動に対して決まった行動しか取らないような奴だ。攻撃も大振りだし、受け流して返す刀で砕けば簡単に倒せる。


 斧が緩慢な動作で振り下ろされるが、僕はそれを軽々と避けて下段からの振り上げで一体目を砕く。


 僕が一体目を砕いている隙を狙った剣持ちのスケルトンが思いのほか鋭い突きを放ってくるが、反応が予測できていたため半身になることで避ける。


「っじゃっ!」


 そして気合の掛け声とともに二体目のスケルトンを砕く。ここで重要なのは首だけを飛ばすことではなく、ちゃんと両断することだ。すでに死んでいる体を使っているため、首を飛ばしても普通に動くのだ。


「ずいぶんと滑らかな動きで倒したわね……。あんた、本当にティアマトで魔法を学んでたの?」


「魔法"も”学んでたよ」


 他には色々なことに巻き込まれたから理不尽への順応性の高さと、並大抵のことには驚かない度胸を手に入れた。


「……ねえ、あんた本当に何しに行ったの? というかどうやって留学先でそんなに事件に巻き込まれることができるわけ?」


「僕に言われても……。それより兄さんを追いかけよう。シエラさんが不安過ぎる」


 兄さんが追いかけて行ったのだが、無事に捕まえられたのかどうか果てしなく不安だ。


「そうね。あたしもそれには同意するわ。じゃあいつも通りあたしがバックアップするからエクセが前衛をおねが――」




「あはははははははは!! 柔らかい! 柔らか過ぎますよあなたたち!!」


「うおおおぉぉっ!? 石人形(ストーンゴーレム)を素手で砕いた!? あんた本当に人間か!? というか遺跡調査が生業とかウソだろ!」




 ニーナの声を遮って兄さんとシエラさんの声が遺跡内に反響する。


「……はぁ」


「ふぅ……」


 僕とニーナは天井を見上げ、ため息を一つ。


「よし、嫌な気分は全部吐き出した! 急いで兄さんに追いつくよ! 放置したら本気でヤバい!」


「わかってるわよ! まさか石人形(ストーンゴーレム)を素手で砕くような規格外だとは思わなかったわ!」


 うん、僕もそれは思った。昨日兄さんが襲われていた時は見ているだけだったから、威力の高さまでは理解できなかったが、まさかそこまで高い威力を秘めていたとは予想外もいいとこだ。


「あははははははははははははは!! あら? これは何でしょう? このスイッチのようなものは……」


「押すな! 押すなよ!? あんたが正気に戻るまで絶対に押すなよ!?」


「……兄さん、苦労性なのも変わらずかあ……」


「あんたが帰ってきたからさらに苦労が増しているわよ……ご愁傷さま」


 僕は遠い目をして、ニーナは兄さんのいる方向に向かって両手を合わせる。


 そして先ほどから反響音がうるさい方向へ向かってもう一度走り出した。

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